第6話 なぜ俺はアスティとベッドで寝てるんだ……?

 前略。

 父上、母上、俺は連行されてしまいました。


「じぃー……」

「えーと、あのさ、アスティ」

「じぃー……」

「見られてるとどうにも落ち着かないんだが」

「じぃー……」

「ってか、なんなんだ、この状況?」


 宿舎や倉庫でスキルを使い、アスティに連行された後。俺は自室に連れて来られ、強制的にベッドに寝かされた。それはまあいいんだが……なぜかアスティも隣で一緒に寝ている。


 俺は仰向けで微動だにできず、ベッドの天蓋を見上げていて、アスティは真横にいて、ずっと俺を見続けている状態だ。


 考えても見てほしい。

 好きな子と一緒にベッドのなか。

 もちろん手を出したりは絶対できない。

 一種の拷問だぞ、これ?


「だってレオのことだから間近で見張ってないと、またどこに行っちゃうかわからないでしょ?」

「間近って言ったって限度があるだろ、限度が。一応、俺たち年頃の男女だぞ?」

「それは……」


 アスティは言い返そうとした。しかし適当な言葉が思い浮かばなかったらしい。勢いを失くして、薄い毛布のなかへと顔を沈み込ませていく。


「……そうだけども」

「だろ?」

「うん……」

「…………」

「…………」


 いやなんだ、この沈黙!?


 お互い変に意識してしまい、なんとも言えない空気が流れていた。どうすればいいんだ、と戸惑っていると、すぐ隣で毛布がもぞもぞ動く。


「……でもさ、レオはあたしに変なことしないでしょ?」

「そりゃ……アスティが嫌がるようなことはしないけれども」

「ちょ、ちょっと! なにその『嫌がらなかったら話は別』みたいな言い方っ」


 もちろん変なことをするつもりはない。だが素直にうなづいてしまうのも男として見られていないようで悔しい。男子の心は複雑なのだ。


「ダ、ダメだからね!? あたし、未来の聖女だから! だから恋人とか作れないのっ。いつも言ってるでしょ!?」

「ふと思ったんだが……恋人は作れなくてもエロいことはできるのでは?」

「で、ででで、できるわけないでしょー! むしろ一番できないやつ! 恋人作るっていうのはそれの暗喩! なんでわからないのよーっ!?」

「すまん。わかってるけど、わかってないフリをした」

「知ってるし! どうしてそういういじわる言うのーっ!?」


 アスティに頬っぺたをつねられた。別に痛くはないが、彼女のお怒り具合は伝わってくる。


「本当にもう! レオってばすぐ部屋を抜け出すし、すぐヤラしい感じだすし、あたしはお怒りなのです」

「いや、ヤラしい感じを出してるつもりはないぞ」

「どうだか。だっていっつもあたしの胸チラチラ見てくるし」

「た、たまにだろ? たまに」

「たまになら良いってもんでもないしょー!」

「それはごもっとも!」


 はぁ、とため息をつき、アスティはぽすっと枕に沈み込む。


「とにかく、ちゃんと寝てて。ね? 良い子だから」


 子供に諭すように言い、ふに、と指先で頬を押された。や、だからベッドのなかでそういうことをされるとだな……。


 アスティはアスティで俺に対して無防備すぎると思う。しかしそれを言うと水掛け論になるので黙っておいた。一方、アスティはお説教モードだ。


「いい? 『フェリックス王国の第一王位継承者レオ王子は事故で大けがを負って、全治1年。今は城のなかで療養中』って、まわりの国にももう伝わっちゃってるんだから、一応それらしくしてなきゃ」

「まあな……。でもせめて城のなかくらいはいいんじゃないか?」

「いけません。どこから噂が漏れるかわからないんだから。さっきの宮廷大工の人たちにもあとであたしが『レオが元気にしてたことは黙ってて下さい』って頼んどくからね」


「ちょっと思ったんだが、スキルで治ったって正直に言うとかどうだ?」

「レオ、わかってて言ってるでしょ? スキルは普通、生まれた時から持ってるもの。お城の人たちの回復スキルや治癒魔術でも致命傷からの完全回復なんてできないし、そんなすごいスキルをレオが持ってたら普通に国中に知れ渡ってないとおかしいの」

「じゃあ、女神からもらったって正直に言うとか……?」

「……すっごい美人な女神様だっけ?」


 突然、ギンッと睨まれた。

 一瞬でアスティのご機嫌なナナメになったのが伝わってくる。


 え、なに怖い……っ。


 夢で女神に会ったことはアスティには話してある。スキルの詳しい内容も同様だ。ただ女神が妙にアスティに似ていたことだけはなんとなく話していない。とくに理由はないが……なんとなく話してはいけないような気がしたのだ。


「女神様ってあたしより可愛かった?」

「へ?」

「……ごめん。なんでもない」


 アスティは小さく咳払い。

 あれ? これはもしや……。


「ヤキモチ妬いてるのか?」

「レオ、夜ご飯は泥のスープと毒のリゾット、どっちがいい?」

「オーケー。すまなかった。なんでもない」

 

 真顔で言われ、俺は即効で白旗を上げた。

 アスティはコホンとまた咳払い。


「話を戻すけど、女神様からスキルをもらった、なんて言うのは論外だよ? フェリックスの女神様はこの国……っていうか、この土地の守り神様なの。レオも知ってるでしょ?」


 言い伝えによれば、かつてこの地は荒れ果てた不毛の大地だった。

 そこに女神が降臨し、天から数多の聖なる剣を降らせた。剣は草木に変わり、生命に変わり、自然の循環に変わり、この地を肥沃なものへと生まれ変わらせた。


 女神がくれたスキルが万物の聖剣化なのもこの辺りが関係しているのだろう。ちなみにアスティが所属している教会も女神を祀ったものである。フェリックス王国の民にとって女神はとても大きな存在だ。


「レオ王子が女神様に会って、スキルをもらって蘇ったなんて国民が知ったら大騒ぎだよ。国中がもう大混乱。信じるとか信じないとかって話ならまだしも『なんで王子はそんなデマ流すの?』って王族を疑う人も出てくるかもしれない。そんなの困るでしょ?」


 ごもっともな話である。


「あたしは幼馴染だからレオが嘘を言ってないのはわかるし、何よりスキルで元気になったところを見てる。だから女神様の話も信じられるけど、たぶん多くの人はそうじゃないよ。お城のなかの人だって戸惑っちゃうかも」


 重ねてごもっともな話だ。

 俺が女神に会ってスキルをもらったことを話したのは、アスティ、両親である国王と王妃、あとはわずかな臣下と騎士たちだけだ。


 俺が全治1年の大ケガを負ったことは国の内外に知れ渡っているから、今さらその話を覆すことはできない。よって1年は自室にこもっておこうと話がまとまり、毎日の食事などもメイドではなく、アスティが運んでくれている。


「というわけで、レオは絶対どこにも行かせないからね」


 薄い毛布の下でアスティが俺の腕を掴む。ついでに体を寄せてきたので、ふわりと髪の匂いが鼻先をくすぐった。


「……っ」

「ちょ、ちょっとレオ、照れないでよ。あ、あたしだって恥ずかしんだからねっ」

「えっ!? アスティも恥ずかしいのか!?」

「あ、当たり前でしょー! あ、あたしだって女の子だもん。レオと一緒にベッドにいたら……」


 アスティは頬を赤らめ、顔の下半分を毛布に隠す。

 そして俺の腕を掴んだまま、吹けば消えるような声で囁いた。


「……ドキドキしちゃうもん」


 ドキドキしちゃうのかよ!?

 あとそれ言っちゃうのかよ!?


 そして訪れるのは、また変な沈黙の時間。


「えと……」

「あー……」


 アスティも『やっちゃった……』という顔をしている。一方、俺も上手く切り返すことができず、お互いを意識し合って何とも言えない空気が流れ続けるのだった。

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