第5話 女神のスキルを使ってみるテスト
はてさて、いざスキルを使えるようになると、色々試してみたくなるのが人情である。
生き返ってから三日が経った。
俺は自室をそっと抜け出して、騎士たちの宿舎を目指して歩いている。
「えーと……どれどれ? あー、ここかー」
足を止めたのは俺とアスティが瓦礫に潰され掛けた、事故現場。まだ片付けは終わっていないらしく、あちこちに瓦礫が横たわっている。見てみると、粉々になった女神像の残骸もあった。
「よしよし、ここでスキルを使ってみるか」
俺のスキル『
「たとえばこの女神像とかを聖剣にしたらどうなるんだろうな?」
感覚的にはぱっと答えが浮かばない。
だったら試してみるのが吉だ。
「
俺は女神像に向けて手をかざした。すると魔力の光が輝き、女神像が形を失い、俺の手のなかで剣の形に再構成されていく。
ちなみにスキルは魔力を消費することで使うことができる。これは一般的な魔術も同様だ。俺の魔力によってスキルが発動し、現れたのは――精緻な意匠が施された聖剣。
「なるほど、彫刻の聖剣ってところか」
剣の形になると同時に、頭のなかに聖剣の概要が流れ込んできた。俺は納得し、きょろきょろと周囲を見回す。
すると隣の倉庫の屋根の上に工夫たちの姿があった。事故のあった宿舎は後回しにし、先に倉庫の増築をしているらしい。
「おーい、仕事中にすまない。ちょっといいかー?」
「ん? 下で誰か叫んでるぞ? へいへーい、一体なんでしょ――か!?」
答えようとしてくれた工夫がこっちを見て、なぜか両目を見開く。
「レオ王子!? あの事故で死んじまったって話だったんじゃ!?」
「馬鹿、違うよ! 奇跡的に助かって全治1年って俺は聞いたぞ!?」
「じゃあ、なんであんなとこでのんびり手を振るってんだ!? おわっ!?」
工夫の一人が足を滑らせ、まわりが慌てて掴まえた。俺も一瞬ヒヤッとしたが、どうやら落ちずに済んだようなので、改めて声を張り上げる。
「いきなり声掛けて悪かった! ちょっとこっちの宿舎の屋根をいじってもいいか? 実験してみたいことがあるんだ!」
「実験……? はあまあ、この城の建物は王族の方々のもんですからお好きなようにして頂いて結構ですが……それより王子、体の方は?」
「ありがとなー!」
俺が元気なことは見てもらえば分かるはずだ。それよりも今はスキルを試してみたい。俺は彫刻の聖剣を下段に構え、上空に向かって鋭く斬り上げる。
キン――ッと澄んだ音が響き、宿舎の壁に斬撃が走った。
途端、魔力の光が迸って、聖剣の斬撃をなぞるように壁が姿を変えていく。平坦だった石の壁が様変わりし、細かな堀細工の入った荘厳な壁へと変化した。それだけではなく斬撃の波は宿舎の上部まで及び、禿げ上がっていた屋根が一瞬にして伝統的なフェリックス様式の美しい屋根に生まれ変わった。
工夫たちがまた落ちそうになりながら驚く。
「ええええっ!? な、なんスか、こりゃああああっ!?」
「お、俺らが3年掛かりでやる工事が一瞬で完成しちまったぞ!?」
「魔術か!? いやこんなすげえ魔術、宮廷大工の儂だって見たことないが……っ!」
俺は彫刻の聖剣に目を向ける。
どうやらこのスキルは森羅万象そのものというより、それらの概念を聖剣化するもののようだ。今のは女神像のなかから『彫刻』という概念を抜き出して、聖剣にしたのだろう。
この聖剣で建物や石や煉瓦などを斬ると、それらに精緻な意匠が彫り込まれる。対象が欠損していた場合、補修までしてくれるので、その辺りはとても便利だ。しかし逆に人間や動植物を斬っても何も起こらない。つまりあくまで『彫刻』の聖剣である。
屋根がフェリックス様式になったのは、もとの女神像がその様式で掘られていたからだろう。
「あとはどういう基準で『概念』を抜き出してるのかだな……やっぱり俺の物の見方とかが関係してるのか?」
たとえば女神像の残骸を俺が『ゴミ』と認識していたら『ゴミの聖剣』になっていたのかもしれない。この辺はまだまだ検証が必要だな。
……などと考えていたら、工夫たちが困った様子で声を張り上げてきた。
「お、おーい……レ、レオ王子?」
「あっ、わるいわるい! どうだー? これでもう危ない工事もしなくていいだろー?」
今回、俺とアスティは奇跡的に助かったが、またいつあんな事故が起きないとも限らない。せっかく女神からスキルをもらったので、どうにか役立てられないかと思ったのだ。
しかし工夫たちは倉庫の屋根で顔を見合わせる。
「ありがたいッスけど、でも俺らの仕事が無くなっちまいますー!」
「あ、確かに」
それはいけない。働いてくれてるみんなの仕事を奪うのはよくないことだ。
「うーむ、そうだな……」
あご先に手を当て、俺は長考。
結果を言うと、スキルで建物のまわりに足場を作ることにした。俺が補修してしまった宿舎もスキルを操作して元に戻し、周辺に彫刻の柱を縦横に通す。そこを足場にして作業してもらえば、危険もだいぶ減るだろう。端的に言うと、前世の工事現場を再現した感じだ。
「おおっ、こりゃいいや!」
「今まではデコボコな屋根の上で作業してたからなぁ。こうして外側に足場があれば、やりやすさが段違いですわ」
「レオ王子、助かりましたわ。ありがとうございます!」
「やー、喜んでもらえて良かったよ」
工夫たちにお礼を言われ、俺の頬もついつい緩む。
「……でも結局、怪我は大丈夫なんですかい?」
「そうだそうだっ。死んだとか全治1年とか言われてたじゃねえですか」
「儂ら、首をくくってお詫びせにゃならんと話してたところなんです。……結局、王様に止められてしまいましたが」
ううむ、そうだな。
これはちょっと説明が難しい。
女神のおかげで生き返って、スキルの力で全回復した――と言っても信じるのは簡単ではないだろう。ただ他に説明のしようもないしなぁ、と迷っていたら、城の方から何やら誰かの怒った声が聞こえてきた。
「こーらー! レーオーッ!」
ぎくっと俺の両肩が跳ねる。
振り返ると、アスティが完全なお怒り顔で走ってきていた。
「まーたベッドから抜け出して! ちゃんと寝てなきゃダメって言ったでしょー!」
「や、ほらもう治ったんだって。アスティも納得してくれたろ?」
「だーかーらー! あたしは納得したけど、城のみんなには説明できないでしょ? だから1年は療養生活のフリをするって決めたじゃない。なのにちょっと目を離した隙にベッドからいなくなっちゃうんだから……っ」
「やー、ちょっとスキルを試してみたくってさ。ほら、また事故起きないようにする必要もあったし」
しどろもどろで言い訳をする。しかしまったく聞く耳持たず、アスティがずいっと顔を寄せてきた。可愛い顔が目の前にきて、俺は思わず動揺してしまう。
「ちょ……っ」
「レオ」
アスティは少しだけ涙目になっていた。
「レオがいなくなると、心配になるの。お願いだから言うことを聞いて」
「う……っ」
これは言い返せない。
俺は肩を落としてうな垂れる。
「すみませんでした……」
「分かればよろしい。はい、れんこー!」
アスティに腕を掴まれ、大人しく連行される、俺。
その背中を工夫たちが『な、なんだったんだ……?』という顔で見送っていた。
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