第2話 聖女の幼馴染と話してたら、また死んだんだが

 今日も今日とて、城は平和だ。

 俺は大きく伸びをし、城内の広い庭園を歩いている。


 申し遅れたが、俺の名はレオ。

 正式名はレオンハイド・ジータ・ウィル・ハルバート・フェリックス。


 大丈夫、この長ったらしい名前を覚えるまで、俺も時間が掛かった。っていうか、ぶっちゃけ今でもたまに間違える。


 ちなみに転生者だ。


 生まれ変わって17年。今ではすっかりこっちの世界の住人ではあるものの、正直、城での生活はまだ微妙に慣れない。というのも――。


「レオー! レオレオっ」


 考えごとをしていたら、ふいに背後から名を呼ばれた。


「んー? アスティ?」

「だーれだっ!?」

「おわっ!?」


 振り向こうとした矢先、背中をばーんっと押された。ただの擬音だけではなく、本人も「ばーんっ!」と言っていた。


「おまっ、アスティ! いきなり背後から突撃してくるんじゃない! あと『だーれだっ』とか言ってたけど、俺、普通に『アスティ』って当ててたからな!」

「ふふふ、瞬時にあたしだと見抜くとは、さすがは幼馴染なのです」

「いや分かるわ。俺にこんなことしてくる奴、王国中捜しても一人しかいないからな」

「確かにねー。レオ王子♪」

「いやその王子っていうのはやめろって……」


 そうなのだ。


 俺の転生先、レオンハイドはこのフェリックス王国の第一王位継承者、つまりは王子である。でも俺は前世がごくごく普通の庶民なので、17年経ってもいまだに違和感が付きまとうというか、正直慣れずにいる。


 で、俺に突撃してきた少女はアスティ。

 正式名はアリスティア・ルナ・レインフォール。

 俺は愛称でアスティと呼んでいる。


 アスティの髪は黄金を溶かし込んだようなブロンド。青い瞳は宝石のように輝き、肌は雪のように白い。ぶっちゃけ超がつくほどの美少女だ。アスティは大神官の娘で、子供の頃から城に出入りしているので、俺とは幼馴染。王子とか関係なく、気安く接してくれるので、俺にとってはありがたい存在だ。


 ちなみに気安過ぎて、今も背中に引っ付いている。

 男子としてはちょっと困る距離感だったりする。


「あー、とりあえずそろそろ離れないか?」

「え、なんで?」

「なんでって、俺、もうアスティだって当てたし。『だーれだ?』は終わりだろ」

「んー、でもあたしさ、教会でのお祈りの時間が終わったばっかりなんだよね」


「? ほう、そりゃお疲れさん。だからなんだ?」

「疲れたからこのままおんぶしてくれていいよ?」

「おおい、なんでだよ!? 俺、一応王子だぞ!?」


 ツッコミの勢いで思わず自分から王子とか言ってしまった。


「えー、レオが王子ならあたしなんか未来の聖女だよ、聖女。預言者さんからそう言われたもん」

「まあ、その件は知ってるけれども!」


 王国にはお抱えの預言者がいる。

 だいたいは国の行く末を視るのが仕事だが、アスティはこの預言者から『将来、聖女になって世界を救う』と預言されている。


「はい、ここで問題。王子と聖女、どっちが偉い?」

「む……そりゃ難しい問題だな」

「ぶぶー、時間切れ。じゃあ、あたしが偉いってことで。レオはあたしをおんぶする馬になるってことでよろしく!」

「馬ぁ!? 王子からめちゃくちゃ格下げされてんじゃねえか!?」


 ってか、俺も一応、生まれた時に『剣の王』になるとか言われてるうだけども!


 アスティの手首をがしっと掴み、俺は彼女を背中からパージする。実際のところ、体力的にはおぶってやるぐらいのことはなんでもない。王族の義務として、よく騎士団に混じって訓練しているから体力には自信がある。だが男子としては困るのだ。


 というのも、なんだその……アスティは可愛い上に発育が大変よろしい。こんなふうに無邪気にからんでくるくせに、神官のローブに包まれた胸はなんともその……。


「レオ、目つきがヤラらしい」

「なっ!?」

「あたし、未来の聖女だよ? 今だって一応、神官見習いだよ? 幼馴染だからあえて正面から叱ってあげるけど、聖職者をヤラしい目で見るのはやめなさい」


 アスティは豊かな胸を両手で隠し、ちょっと照れくさそうに頬を染めて俺にジト目を向けてくる。


「いや! しょ、しょうがないだろ!? アスティが無防備に引っ付いてくるから!」

「あっ、やっぱり見てたんだ!?」

「ちょお!? 誘導尋問かよ!? ずりぃぞ!?」

「レオのばかっ、サイテー! このオオカミさんめっ」

「ぬう……!」


 俺が二の句を告げずにいると、アスティは「もー」と腰に手を当てる。


「いつも言ってるでしょ? あたし、未来の聖女だから恋人とか作れないの。だから自重しなさい。いくらあたしが可愛いからって、レオのお嫁さんにはなってあげられないんだからね?」

「いや、アスティ、あのな、そのだな……っ」


 言いたいことはたくさんあるが、上手く口が回らない。そもそも『お嫁さんになってあげられない』とか、まるで俺がアスティに気があるような物言いもどうなんだ?


 ………………。

 …………。

 ……。


 ま、実際、あるんだけどな!

 正直に言うと、俺はアスティが好きだ。子供の頃からずっと好きだ。だからこうして釘を刺されると、どうにも言い返せない。


 しょうがない。

 今日も言い返せそうにないので、ここはもう話を逸らそう。


「んで、こんなところでどうしたんだ? 騎士団の訓練場の近くなんて、神殿絡みの仕事はないだろ?」

「ん? あー、お仕事はないよ。今はお昼の休憩中。王様からレオが騎士団のとこで訓練してる、って聞いたから見に来たの。レオが剣振ってるところ、格好良いから久しぶりに見たいなーって思って」

「…………」


 これである。

 恋人にはなれないとか言いながら、笑顔で普通にこんなことを言うのである。


 ……こんなのを17年も浴びてたら、好きになっちゃうだろ!


 無言で頭を抱える、俺。

 不思議そうに首をかしげる、アスティ。

 

「レオー?」

「……あー、法律変えたらなんとかなんねえかなぁ。教会と貴族議会を丸め込んだらどうにか出来るか? よし、即位したら即効でやってみよう」

「なんか不穏なこと言ってるーっ!?」


 目を丸くするアスティを「なんでもない。こっちの話だ」と制し、俺は気持ちを切り替える。


 アスティの言う通り、今日は朝から騎士団と訓練をしていた。それが終わって王宮に帰ろうとしていたところに、アスティの『だーれだ?』と食らった感じだ。


「見に来てくれたのは嬉しいけど、この辺をあんまり一人で行動しちゃ駄目だぞ。また城んなかで迷っても困るし」

「失礼な。それは子供の頃のことでしょー?」

「そうだけどさ。ほらここら辺、いま宿舎や倉庫の増築とかやってるんだよ。危険な場所もあるから――」


 俺は頭上を指差す。青空が広がるなか、宿舎の屋根には工夫たちがいて、モニュメントの石像なんかを運んでいる。こうした現場には大きな事故がつきものだ。だから用のない者は極力近寄らないように言ってあるんだが、


「――は?」


 今まさにその事故が起きようとしていた。

 フェリックス王国を守護する、女神の像。それが工夫たちの手から滑り落ち、轟音を上げて屋根の上を転がってくる。重さのせいで屋根の一部も崩壊し、大量の瓦礫と女神像が俺たちの上へ降ってきた。


 ――ああ、死んだな、これは。


 感情がついていかず、まるで他人事のようにそう思った。死ぬのも2度目なので頭は冷静だ。おかげで最善の行動を取ることができた。


「アスティ!」

「あっ、あっ……レオ!? きゃあ……っ!?」


 瓦礫の雨を前にして呆然としているアスティの上に俺は覆いかぶさった。俺はどうなってもいい。だけど彼女だけは死なせない。


 鉄の意志でそう誓った直後、無数の瓦礫が俺たちを埋め尽くした――。

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