第3話 ノイシュの警告

 翌日、二人はミルカの車で町に来ていた。

 フレンカの車を直すために業者を訪ねるためだ。


「いや~助手席っていうのもいいものだね」

「フレンカを助手席の乗せるのは初めてかもな」


 ミルカの家周辺は舗装されてない悪路ばかりだが、町が近づいてくるにつれて少しずつ道が整備されていく。それにより町が近づいていることも実感できる。


「その言い草だと、他の誰かは乗せたことがあるみたいじゃない? 誰を乗せたの吐きなさい」

「誰も乗せてないよ。言葉の綾だ」


 ミルカは車を所持しているが、使用頻度はあまり多くはない。客は向こうからやってくるし、遊びに出かけることなんて全くと言っていいほどないからだ。

 せいぜい、週に一回食材の買いだめに行くくらいだが、それすら最近はフレンカが通ってくれているため必要なくなってきている。


「なんだ、つまんない」

「お前は俺にどうして欲しいんだよ……」

「ドラマとかであるじゃん。車に乗ったときに自分のじゃない髪の毛を見つけて、どこの女を乗せたのよ! みたいな? あれやってみたいよね」

「仮に他の誰かを乗せていたとしても、別にフレンカと付き合っているわけでも結婚してるわけでもないんだから追求されるいわれはないけどな」

「いいのよそこは、雰囲気で」

「雰囲気って……」

「それより、今日はどこのお店に行くの? ミルカ、自動車修理屋さんなんて知ってたっけ?」

「ノイシュのところだ。あそこにいけばなんとかなるだろ」

「やっぱり? そうだと思った」


 ノイシュは何でも屋みたいなことをやっている男である。色んな町をのらりくらりと旅しながら商売をしているらしいが、この辺りに来てからは今で半年ほど滞在している。

 前にミルカがお世話になったのは、家の電気系統がおかしくなってしまったときだった。電気が通わなくなってしまい、まともに生活できなくなってしまった。

 そんなときにノイシュを頼ると、瞬く間に直してしまった。それ以来、困ったことがあったときはとりあえずノイシュを尋ねることにしている。


「まだいてくれればいいけど」

「私もあっち側に行くことは滅多にないからなー」


 そうこうしているうちに、ノイシュの住む建物が見えてきた。町の外れ、ミルカの家ほどではないが周辺に民家は少ない。

 家の前に軽トラが止まっているところを見ると、まだこの町には滞在しているみたいだ。

 軽トラの後ろに車を止めて降りる。


「ごめんくださーい」

「はいよー!」


 店の扉を開けて声をかけると、上の方から元気な返答が返ってきた。

 そして、全身つなぎに身を包んだ筋骨隆々の男が階段を降りてきた。かけていたゴーグルを外し、ミルカたちのほうを見る。


「おう、ミルカじゃねえか! それにフレンカちゃんも」

「お久しぶりです」


 フレンカはお辞儀をする。


「今日はどうした! 今度は水道管でも逝ったか? それとも人殺しの依頼か?」

「え、ミルカ、人殺しの依頼なんてしたことあるの?」

「あるわけねえだろ。というかそんなことまで請け負ってるのかよ」

「ははは! 何でも屋でやってるからな。俺にできることならなんでも請け負うぞ!」

「それは人を殺せるってことかよ……」


 ノイシュという人間のことを詳しく知っているわけではないが、ミルカが思っていた以上にやばいやつなのかもしれない。


「で? 結局今日はどうしたんだ?」

「ああ、そうだった。フレンカの車のバッテリーが上がっちゃったんだよ。うちにはその辺の道具がないからさ」

「そんなことならお安いご用だ。今からでいいか? ちょっと着替えるから待っててくれ」

「着替える? そのつなぎじゃダメなのか?」

「今日はこれの気分じゃないんだ。悪いな」


 そう言ってノイシュは階段を上がっていく。


「……違う色の作業着にでも着替えてくるのか?」

「どうだろ。シンプルに洗い立てのやつにするとか?」


 ミルカとフレンカは口々に予想を立て合うが、十分後に降りてきたノイシュの姿を見て閉口することになる。


「待たせたな! じゃあ行こうか!」

「マジか」


 降りてきたノイシュは、上下紺のスーツに身を包んでいた。赤いドットのネクタイを結び、ピカピカの革靴まで履いている。


「えっと……ノイシュさん? その格好は……」

「ん? これか? カッコいいだろ! 似合ってるか?」

「似合ってるとかじゃねえよ! いや似合ってるけどさ! そこじゃなくて!」


 実際、ノイシュの鍛え上げられた身体にスーツという出で立ちは、身体のラインを強調しており非常にカッコよく見えた。だが、問題はそこじゃない。


「今から車をいじるんだぞ? それじゃあ動きにくいし汚れるだろ!」

「ん? そんなのは些細なことだ。俺の気分が、今日はこの格好だって言ってるんだからな! 安心しろ、動きにくかろうが汚れようが仕事は完璧にやってやる」

「いや、まあノイシュがいいならいいんだけどさ」


 ますますノイシュのことがわからなくなった。


「よし、気を取り直して現場に向かうぞ!」



 ミルカの家に到着するなりノイシュは早速作業にとりかかった。そしてものの数分でエンジンをかけてしまった。


「よし、これでいいな!」

「あっという間だったな」

「ありがとうございます! ノイシュさん!」

「言っただろ。これくらいお安いご用だ! でもそうだな、ケーブルくらい持ってたらどうだ? ミルカも車を持ってるし、それなら自分たちで直せるぞ」

「そうだな、検討しとく」


 こういった類いのものは、実際に必要になったときに気づかされる。


「ノイシュ、お礼にコーヒーでもどうだ?」

「いいのか? じゃあごちそうになろう」

「あ、私が淹れるよ」


 三人はミルカの家に入る。

 コーヒーの準備をして、みんなでテーブルについた。


「うん、相変わらずここは良い場所だな」

「そうだろ? ノイシュももうちょっとこっち側に引っ越せば良いじゃないか」

「そうしたい気持ちがないわけじゃない。だが俺の仕事の関係上、町で色々調達する必要があるからな。それに、町に近い方が依頼も来やすい」

「俺はここでも客は来るぞ?」

「それはミルカの能力が特殊すぎるからさ。それを求めようとしたらここに来るしかないからな。一方俺はさすらいの何でも屋。評判が定着するわけでもなし。必然的に客は減る」

「なるほどなあ」


 そうかんがえると、この場所で問題なく生活ができているのは運が良いことなのかもしれない。


「ところでノイシュさん、ノイシュさんはいつまでこの町にいてくれるんですか?」


 行きの車の中での話を思い出したのか、フレンカが尋ねる。


「そうだなあ。この町に来てもう半年か。そろそろ移ってもいいころか」

「もっといてくれよ。頼りにしてるんだ」

「ミルカにそう言って貰えると嬉しいな! まあ今日明日いきなりいなくなるということはないさ。この町は結構心地良い」

「次に行く町は決めてるのか?」

「それはそのときの気分だ。だから事前に目的地を決めることはあまりない。だが、西の方に温泉がたくさんある町があると聞いたな。そこなんかいいかもしれない」

「温泉かあ」


 温泉なんて久しく入っていない。引っ越すことは無いと思うが、距離次第では今度遊びに行っても良いかもしれない。


「そうだミルカ」


ノイシュが真面目な顔へと変わる。


「なんだ?」

「最近、三十歳前後の女性の客は来たか? 青髪で長髪の人だ」

「青髪で長髪……」


 ミルカの客は性別も年齢も様々だ。男女比率もほぼ同じかわずかに男性が多いくらい。

 最近も三十歳くらいの女性は客にいたが、青髪長髪というのは記憶にない。


「いや、たぶん来てないな」

「そうか……」

「その人がどうかしたのか?」

「いや、数日前に店に来てな、聞かれたんだよ。この辺りに夢を操れる人がいると聞いたのですが、どこにいるか知りませんか? ってな」


 どこかでミルカの噂を聞いたのだろうか。それとも、ミルカの施術を受けた人の知人かなにかだろうか。

 どちらにせよ、それだけだと特段気にすることでもない。


「なるほどな。まあいつも通り客が来たら施術するだけだよ」

「ただなあ……不穏な雰囲気を感じたんだよ」

「どういうことだ?」

「これは俺の勘だけど、あの人はただ者じゃない。それが良い方向か悪い方向か、それはわからない。だけど、一応頭に入れておいてくれ」

「わかった」


 それだけミルカに伝えると、仕事があるといってノイシュは帰っていった。


「ミルカ、さっきノイシュさんが言ってたことどう思う?」

「青髪長髪の女か……」


 正直、それだけでは判断のしようがない。だが、あの底が知れないノイシュがあんな風に言っていたのだ。無視することはできない。


「とりあえず、気にするだけしてみるよ」

「うん、それが良いと思う」


 ミルカの胸には、なんとなく嫌な予感が広がり始めていた。

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