第2話 フレンカの災難
「それで、特に変わりはない?」
夕食のカレーを食べ終えたミルカとフレンカは、テレビを見ながらソファでくつろいでいた。
テレビでは、芸能人たちがクイズに興じている。特に見たいわけでもなかったが、ついていないと空気が少しだけ寂しいものだ。
「ん? 何がだ?」
「何って……気分とか、体調とか?」
「どうした急に」
「別に急ってわけじゃないでしょ。前に言ってたじゃん。力を使いすぎると体調がわるくなるときがあるって」
ミルカは自分の能力をむやみに言いふらすようなことはしない。知っているのは客とその客から聞いた人、あとはごく一部の人間だけだ。フレンカも数少ない一人である。
「問題ないよ。今はもうむやみやたらに使ってるわけじゃない。今日だって客も二人だけだ」
「ならいいけど」
「そういうフレンカこそ、毎日のようにここに来たら大変じゃないか? 仕事だってあるんだろ?」
「ちゃんと仕事終わらせてから来てるから大丈夫だよ」
「仕事終わりは疲れてるんじゃないのかって言ってるんだ」
「家に帰っても一人だもん。こっち来た方が楽しいし。それとも、来たら迷惑?」
「そうは言ってない」
「じゃあ問題ないね」
フレンカは嬉しそうに笑う。
時計を見ると、時刻は二十一時を回っていた。
「時間は大丈夫なのか?」
「うーん、そうだね。そろそろ帰ろうかな」
そう言ってフレンカは立ち上がる。
「そうか。今日はありがとな」
「何よ今さら。私だって感謝してるんだから」
「ん?」
「こっちの話―」
「そうか?」
さっき、こっちに来た方が楽しいって言っていたことか。
「ちなみに、泊めてくれてもいいんだよ? 明日は休みだし」
「帰りなさい」
「はーい。帰りますよー」
フレンカは荷物を持ち、玄関へと向かう。ミルカも見送るために後へと続いた。外へ出ると、空には満天の星空が広がっていた。
「いやー相変わらずいい星空ですなー」
「ド田舎の数少ない利点だな。ここまで綺麗なのはそうそうない。周りに民家が無いから、明かりなんて一つも──」
と言いかけたところで、ミルカは視界の端に何かの光が飛び込んできていることに気が付いた。そちらに目を向けると、フレンカの車のヘッドライトが点いていた。
「おいフレンカ、お前車のライト……」
「え? あーーーー!!!」
フレンカは慌てたように車へと走る。ドアを開けてエンジンをかけようとするが、虚しい空回りの音だけがこだまする。
「……バッテリー上がっちゃった」
「まじか。この時間だと店はどこも開いてないぞ」
「そうだよね。うわーやらかした。どうしようかな」
するとフレンカは、何かを思いついたようにジーっとミルカの顔を見つめる。
そして顔の前で両手を合わせた。
「ごめん、やっぱり今日泊めて?」
「はあ~~しょうがないか」
この時間になるとさすがに冷えてくる。外に放置するわけにはいかなかった。
△
「ふぅ~お風呂ありがと~」
身体から湯気を立ち昇らせながら、フレンカが風呂から出てきた。
来ているのはミルカが貸した上下のスウェットである。
「服もありがとね」
「そんなのしかなくて悪いな」
「寝るときなんてこれくらいが丁度いいんだから」
そう言ってフレンカはスウェットのにおいを嗅ぐ仕草を見せる。
「やめろ、嗅ぐな嗅ぐな」
「えー? 洗剤の匂いしかしないよ?」
「じゃあなおさら嗅ぐ必要ないだろ」
「いやーもしかしたらミルカのことだから、自分が着てたのを渡してきたかもなって」
「さすがの俺もそこまで非常識じゃないぞ」
確かに洗濯物は溜め込むタイプではあるが、フレンカに渡したのはちゃんと押し入れから出してきたやつだ。
「なーんだつまんない」
「お前は何を求めてるんだ」
「別にー? ただ、そういうのもありかなって。ふわぁ~」
フレンカの口からあくびがこぼれる。
「そろそろ寝るか?」
「そうだね。さすがに眠くなってきちゃった」
「じゃあベッドは使っていいぞ。俺はここで寝るから」
そういってミルカはソファへと横たわる。
「えー一緒に寝ようよ」
「そういうわけにはいかないだろ」
「寂しいじゃん」
「子どもか」
「ほら、修学旅行の夜みたいな感じのことやろうよー。電気消して真っ暗な中で恋バナとかする青春てきなやつ」
「わかったわかった」
「やった」
ミルカは折れて二人で寝室に入ることにする。
「でも、俺は床で寝る。これは譲れないぞ」
「別に私は気にしないのに」
「俺が気にするんだ」
電気を消してフレンカはベッドに、ミルカは床に寝て毛布にくるまった。
「こうしてると思い出すなあ」
「何をだ?」
「前にミルカの家に泊まったときのこと」
「ああ、あのときか」
あれは半年くらい前だろうか。今日と同じように家に来たフレンカが体調を崩したことがあった。そこそこの高熱が出ていたので帰すわけにはいかず、今と同じようにベッドに寝かせてミルカが看病していた。
「結構うなされてたもんな」
「うん。確か悪い夢を見てたんだよね。どんな夢だったかは忘れちゃったけど。あのときもミルカが力を使ってくれたんでしょ?」
「ああ。それが俺にできる一番の看病だからな」
それまで顔を歪めていたフレンカの表情が穏やかになったのを見ただけで、力を持っていて良かったと思ったのを覚えている。
「ミルカが体調崩したときは私が看病するから安心してね」
「頼んだ」
「頼まれた」
はぁーと、フレンカからため息がひとつ。
「どうした?」
「いや、私もミルカと同じ能力使えるようにならないかなって」
「やめとけ。いいことなんて何もない」
「でも、ミルカが悪い夢を見てるときに助けられるよ」
「それだけだ。おすすめはできない」
ミルカにとってこの能力は忌むべきものだ。こんな能力なんて手に入らなければ良かったと思っている。
「さて、もう寝ようぜ」
「そうだね~。ねえ、ほんとにこっち来なくていいの?」
「何度も言わせるな」
「真面目だなあ。まあいいや、おやすみ」
「おやすみ」
数分で、フレンカの寝息が聞こえてきた。その寝つきの良さは羨ましい。
ミルカも目を閉じて、頭の中を空っぽにしていく。いつの間にか意識は夢の中にいざなわれていった。
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