第2話 幼馴染のメイドは忠犬。
幼馴染で、タケトの専属メイドをしていた犬飼ナズナ。
彼女の母である犬飼ツヌギは長年、竜王院家のメイドとして務めてくれた人物だ。
父と母が結婚してからは、母のメイドとして、そしてタケトが生まれてからは乳母としてタケトの母親代わりになってくれた人でもある。
竜王院家への貢献が認められ、ツヌギの娘として生まれたナズナを、タケトの専属メイドとして幼い頃から雇って、二人分の給金を出していた。
なぜ二人分の給与をだしたかと言えば。
ツヌギは結婚こそしたが、旦那のギャンブルや借金を知らずに結婚したため、すぐさま別れたそうだ。
そのような経緯で、竜王院家で住み込みメイドをしていた。
しかし、ある病気が発覚して、タケトが中等部に入学する頃からツヌギは病院へ。
ナズナもその看病ができるように近くの中学に転校してメイドを休職していた。
ナズナがいない中等部で、盾宮によるタケト断罪が行われた。
タケトとしては、三年ほどナズナと顔を合わせていないことになる。
「母は三ヶ月前に亡くなり。竜王院家には辞職を伝えました。保護者が父になりましたので、ご迷惑をかけてはいけないと思ったのです。父にはお金がなくて、高校には上がらずに私が働かなくてはいけなくて」
久しぶりに会うナズナは頬がコケて、隠しているが腕にはアザができていた。
ツヌギが別れた理由は、ギャンブルや借金以外にもありそうだ。
「……そうか」
「ご主人様! 申し訳ありません! 奴隷の分際で、勝手に家を空けた挙句に、ご主人様の元へ戻ることもできなくなりました。どこまでもダメなメイドです」
ナズナは、よくも悪くもタケトの一番の被害者だ。
幼い頃から、タケトは自分が選ばれた人間であり、ナズナを奴隷として教育していた。
その結果、ナズナは歪んだ思想の元でタケトを見ている。
主従の関係が窺える不思議な信頼を感じるのだ。
「あ〜それは気にしなくてもいい。俺も家を追い出された身だ。もう、お前の主人ではない」
「そっ、そんな! タケト様はどんなことがあろうとナズナのご主人様です! どうか私を捨てないでください!」
どうして俺がナズナを捨てるような言い方なのだろうか? むしろ、解放されて良いと思うんだけど……。
うーん、悪逆非道の被害者であるはずのナズナの方が、グイグイと俺に迫って来るのは何故なんだ? まるで捨てられた犬のような瞳で見つめてくる。
その瞳に物凄く罪悪感が込み上げてくる。
「おっ、俺はもう何も持っていない。断罪され、追放された敗北者だ。東条大附属高等学園の寮に入って、大学を卒業するまで大人しくしていないといけない。お前にしてやれることは何もないんだ」
「そうだったのですね。私がお側にいればそんなことには……、申し訳ありません」
「お前は何も悪くないだろ」
情けなくも、タケトとしてやらかした現状で生きていかなければならない。
学歴は必要だと思うから高校には入学するが、大人しく卒業して人生をやり直すつもりでいる。
だけど、彼女はタケトの被害者で、キッパリと主人になれないことを告げなければいけない。
「……それでも、ナズナの心はご主人様の物でございます」
「うっ! お前は……! ハァ〜」
切り捨てなければいけないのはわかっているのに、それが言えないのは、彼女の姿が生前の妹に似ているからだろうか? それにアザがあるナズナを放っておけない気持ちになる。
「ナズナに問う」
「はい? 何なりと」
「もしも、俺がお前に東条学園に従者としてついて来いと言えば、お前は来てくれるのか?」
「それがタケト様の望みであれば喜んでお供します!」
ナズナの答えは即答だった。
「親父はどうするんだ?」
「あのようなクズはどうでも良いのです!」
クズって、ナズナの親父さんだよね?
えっと、この子結構やばくない?
なんとなくわかってきたけど、タケトに毒されているんだ。
だから、彼女の主人はタケト。
それ以外は敵で、自分の親父さんすらクズって、思想を変えるって、どれだけやらかしてんだよ。
「そうか、ちょっと爺に聞いてから報告するから時間をくれるか?」
「もちろんです。その間に、クズを切り捨てて学園に行ける準備を致しますね」
「あっ、ああ」
それはもう来るってことだよね? 俺は来てって言ってないけど……。
まぁボッチよりかはいいかな。
ナズナは小柄で可愛い。
ゲームの世界だからか、前世ではあまり見ないオレンジ色の髪をボブカットに切り揃え、小柄ながらも出るところは出ている体は目のやり場に困るほど成長している。
もしも父親が変なことを考えて、ナズナが苦労する仕事に就けさせられるのではないかと心配にもなる。
ナズナがしたいことを見つけるまで一緒にいてもらうのもありかな?
自分の家に帰って、スマホに新たなナズナの番号が刻まれたことに喜びを感じる。
「ご主人様の番号をいただけるなんて……。これでいつでも呼び出していただけますね! 私は朝でも、昼でも、夜でも、夜中でも呼ばれれば参上しますので!」
「いや、夜はちゃんと寝てくれ」
圧倒されっぱなしだった。
本当にタケトの洗脳が悪かったのか? 正直わからなくなってきた。
とりあえず、ナズナの現状を爺に伝えて、両親に聞いてもらうことにした。
「そうでしたか……ツヌギは逝ってしまったのですね。奥様にお伝えします。その上でナズナ嬢のことは承諾しただけると思います」
爺がどのように報告したのか知らないが、電話をして数時間後にはナズナを寮に入れる手続きや、学園に通って良いなどの承諾を得られた。
ただ、一つだけ。
俺の従者ではなく一般の生徒として入学することだと伝えられた。
いや、むしろその方が俺的にはいいですけどね。
「と言うわけなんだ」
「くっ! タケト様の従者ではないなんて悲しいです。ですが、それが竜王院家のやり方であるなら仕方ありませんね。せっかくの竜王院家のご好意を受けさせていただけるのですから」
「お父さんは反対しなかったの?」
「はい。急所を蹴り上げて物理的に黙らせましたので大丈夫です」
「そっ、そうか」
ナズナのことは被害者で申し訳ないと思っていた。
だけど、幼馴染の犬飼ナズナは俺が思っている人物よりも逞しく見えるので、意外にタケトの行いは大したことなかったのかと思えてしまう。
学園に入学を決めて、とうとう三ヶ月の一人暮らし生活が終わりを告げた。
商店街や工場区で俺によくしてくれた人々に学園に入学するため別れを告げる。
「そうなの! 悲しくなるわね。これは餞別だよ」
「なんだい! 悲しくなるねぇ〜。餞別を持っていきな」
「おいおい! ちくしょう悲しいぜ。餞別だ!」
たくさんの餞別を渡されて、たった三ヶ月だったけど、大勢の人たちに愛されて過ごした。
この日々は、俺にとっても懐かしい光景で、タケトにとっては初めての出来事だったはずだ。
タケトとしては、もう心はないかもしれない。
だけど、少しでも愛を知って報われてくれれば嬉しいな。
「ご主人様。そろそろ」
「ああ、よろしく。だけど、その格好をしなくてもいいんじゃないか?」
「ダメです。私はタケト様のメイドですから」
ナズナは制服ではなく、竜王院家で着ていたメイド服に身を包んでいた。
ボクと一緒に寮に行って掃除をするためだ。
ボクが連れている従者のようで、気が引けるけど。
本来のタケトはそれが当たり前なんだろうなぁ〜。
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