第3話 私のご主人様

《side犬飼ナズナ》


 私にとっての竜王院タケト様は、憧れの存在でした。


 誰に対しても物怖じすることなく意見を述べられて、お父様やお母様に愛されるために勉学に励み、音楽や茶道などの習い事を頑張られ、礼儀作法も完璧に身につけた姿は美しさを感じさせるのです。


 ちょっぴり人に対して厳しいところがあり、性格も傲慢で我儘なところを持ち合わせておりました。


 それも子供ならば仕方ないことだと、母さんが言っていました。

 乳母をしていた母さんは、誰よりもタケト様を大切にしていたのです。


 だからこそ、私も最初はタケト様のいうことがわからなくても、タケト様が言うなら間違いないと思っておりました。


「ナズナ。お前は俺の奴隷だ!」

「奴隷ですか? メイドとは違うのですか?」

「そうだ。奴隷は、ご主人様の言うことを絶対に聞かなくちゃならないんだ。それと奴隷はずっとご主人様といないとダメなんだぞ」

「ご主人様とずっとに一緒にいなくちゃならないのですか? 私がタケト様とずっと一緒にいてもいいのですか?」


 かつての私は、両親が離婚していて、母さんのことは好きでしたが寂しくも感じていました。


 お屋敷にはタケト様以外の子供はおらず、幼稚園では母さんしかいないことで嫌な思いをしたことがあったからです。(私とタケト様は幼少事は別々でした)


 タケト様は、そんな私にずっと一緒にいればいいと言ってくださっているのです。


「そうだ。それから僕のことは今後タケト様ではなく、ご主人様と呼べ」

「はっ、はい! ご主人様! ありがとうございます」


 私はタケト様と一緒にいられることを喜びました。

 タケト様と一緒にいると嫌なことをいう人たちはいなくなりました。

 そして、私に何かしてくる人たちもいなくなりました。


 きっとタケト様は私のために色々と考えてくれているのですね。

 天邪鬼で恥ずかしがり屋な性格のため、奴隷という言葉を使ってくれたんだと思います。


 優しいタケト様。


 ちょっぴり言葉を選ぶのが下手で、人に嫌われるようなことを平気でしてしまう人ですが、私にとってはそんなタケト様が救いでした。


 私がタケト様のお側を離れなくてはいけなくなった時も、タケト様は……。


「そうか……ツヌギが……。大事に致せ。僕は……何もできない」


 自らの力の無さを悔やまれておられました。


 タケト様が家を追い出されたことも、きっとご両親なりにタケト様のことを考えての行動ではないかと私は思っております。


 お忙しいお二人ですが、決してタケト様を愛していないわけではないのです。

 それを表現することが下手なご家族なのです。

 母さんがいつも苦労していたのを私は知っています。


 タケト様と再会できたのは、《運命》でした。


 母さんが死んで困っていた私に爺やさんが父を見つけてくれて引き合わせてくれたのです。ですが、出会った父は母が捨てるだけの理由を持つ人でした。

 

 十五歳である私には保護者が必要で、父しか血縁者がいないため仕方なく共に暮らすことにしました。

 ですが、父から受ける視線は気持ち悪く、何度逃げ出したいと思ったのかわかりません。


 そんな絶望を味わっていた私の元へ、タケト様が舞い降りたのです。


 再開したタケト様はどこか怒気が抜け落ち、昔の我儘さを失っておられました。

 少し大人びた雰囲気になられて、美しく端正なお顔立ちに優しさだけを残すなんて……。


 完璧です!


 むしろ、今のタケト様は哀愁が漂うようになり、もう鼻血が出そうなほどカッコ良さしかありません。


「ご主人様、最高です!」

「おい! 聞いてんのか?!」


 私が先ほどタケト様に会った幸福を母さんにお礼に伝えていると、クズが声をかけてきました。


「ああ、いましたね。クズ」

「なっ! 実の父親をクズ呼ばわりだと!」

「そうです。私にはタケト様、いえ、ご主人様がいてくれたらいいのです。あなたのようなクズな男は、単なる血の繋がった存在というだけです。そうですね。私を産むための種になってくれたことは感謝します。ですが、この身、この心、全てはタケト様のためにあるのです。あの方が私を望んでくださった。一緒に学園に行きます! これほどの誉れはありません」


 運命だけでなく、タケト様が私を……。


 もしかしたら、私のこの身すら欲しいとお声をかけていただけるかもしれない。


「おっ、お前はさっきから何を言っているんだ。竜王院家の倅は家を追い出されたんだろ? もう竜王院じゃないってことだ。そんな無価値なやつにかけている時間はお前にはないんだ。お前は働いて俺の食い扶持を稼いで来い」


 グチグチと無駄口を叩くクズを思い切り蹴り上げた。


「グオッ!」

「黙れ! すでに竜王院家の方々が動いてくださって、私は東条大附属高等学園の入学と寮生活が決まったのだ。それもタケト様のお世話ができる立場でだ。あ〜これ以上の幸せはありません」

「おっ、お前の素行を……バラしてやる。父にした仕打ちを、そのタケト様ってやつに」

「ふふ、無駄です」

「何?」


 私は知っているのだ。


 タケト様は傲慢で我儘な優しい方。


 だが、それはあくまで女性に対してだけ……。


 男性に対して例外があるとすれば、お父上と執事の爺やさんだけ。

 それ以外は自分の味方になるものにだけお優しい。


 だから、敵になった時……タケト様は鬼にも悪魔になれる方なのだ。


「ねぇ、クズ」

「……」

「あなたの言葉と、私の言葉のどっちをタケト様が信じるかしら?」

「くっ」

「お前に割く時間は一分一秒すら惜しい。母さんの最後を見届けることができたのも竜王院家の方々が、これまで給金を私たちに渡してくれていたからです。それを貴様が父親という戸籍の関係を理由に奪い去り、使い果たしたことを一生忘れはしないからな」


 ドス黒い感情が芽生えそうになるが、こんなクズのために犯罪者になることも、タケト様といられなくなることも嫌だ。


 私は、タケト様の奴隷。


 身も心も、タケト様に全てを捧げるのだ。


 私の身長は153センチとそれほど大きくはない。

 だけど、胸だけはGカップにまで成長して、タケト様に喜んでもらえるはずなのだ。お尻は小さいけれど、女性としての魅力には自信があります。


「ずっと鍛えてきた体はタケト様に喜んでいただけるはずです」


 ふふふ、メイドとしての仕事だけでなく、夜の奴隷としてお呼びがかかるなら、いくらでもお相手いたします。


 

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