第1話 あの頃の僕を殴りたいす

 外の冷たい風で、ガタガタと窓が叩かれる。

 身が凍る思いをしながらコタツに体を預けて、部屋の中でぬくぬくとだらけていた。


 屋敷を追い出されて、コタツに入って冷静になってみると、タケトの記憶が知識となって流れ込んできた。

 

 幼い子供がするイタズラから、こいつ性格悪いなって思う言葉で自分のこととして思い出されて、後悔するあまりにコタツ布団を被ってのたうちまわる。



 幼稚園の時からタケトは悪ガキだった。


 特に被害を受けたのは、


 メイドをしてくれた幼馴染

 幼い頃から親同士が決めた婚約者。

 義理の姉。


 この三人であることは間違いない。

 

 メイドの少女には……。


「お前は奴隷だ。なんでも僕の言うことを聞かなくてはいけないんだ」

「はい! タケト様!」


 幼い少女になんてことを言ってるんだこいつ。


 婚約者には……。


「お前は僕の婚約者なんだから、綺麗で頭がよくないとダメなんだからな。いつも綺麗でいろ。そして、ボクが恥ずかしくないように頭が良くなるように勉強だけしていろ」

「わかったわ。タケト様」


 う〜ん、言っていることは悪くないんだけど、どうして命令口調なんだろうな。


 義理の姉には……。


「お前は家族じゃない。他人だ! だからこそ、努力して家族として認められるんだな!」

「うん。わかったよ。タケト様」


 義理とはいえ姉にいう言葉じゃないな。


 良い家に生まれ、高貴な血筋だということを自慢して、自分も特別な人間だと思い続けていればこうなるのかな? 


 親からの愛情もなく、タケトなりに頑張っていたような記憶は流れている。

 習い事とか、礼儀作法はしっかりやるのに、人に対しては厳しいから誤解されるんだろうな。


 他にもたくさんのやらかしてきたことが記憶として思い出される。

 その度に恥ずかしさと後悔で、自分自身を殴ってやりたくなる。


 子供だから可愛くも見えるが、やられた相手のことを考えると心が痛む。


「どうして俺がこんな目に……」


 死んで第二の人生を歩ませてくれたのはありがたい。

 だけど、どうしてゲームのNTR野郎に転生しなくちゃいけないんだよ。


 ありがたいことにゲームのシナリオは、すでに破綻している。


 ここからは俺の人生として勝手にしても良さそうだからいいけどさ。

 

 俺としては豪邸に住んでいても落ち着かない。

 ボロいけど自分の家があるのは、なんだか安心する。


 六畳一間のボロアパートに引っ越しして、お風呂とトイレはユニットバス形式、押入れには布団と、炬燵が入っていた。


 部屋にエアコンはなく、朝晩の寒さはヤバい。

 炬燵をつけながら寝ていないと凍え死ぬ。


 一つだけ転生だったことで恩恵を受けられたのは、両親が共働きだった我が家では、妹のために料理や洗濯、掃除は俺がしていた。


 タケトの両親は、金銭感覚がおかしくて、やっぱりお金持ちなんだろうな。


 仕送りは毎月三十万。

 スマホ、電気、水道、ガスは使い放題。

 ここを三ヶ月で出なければいけないから、電化製品を買うことはないが、余裕で生活ができる。


 それでも昔の癖で、タッパーとジップロックが便利なので、初日に購入した。

 洗えば何回でも使えて便利だからね。

 

 生活の知恵を授けてくれた。

 NewTubeは現在、なくてはならない俺の師匠だ。

 スマホとNewTubeは、この世界でも使えるので本当によかった。


 しかも、前世に似た人物たちが登場して同じようなことをしているんだから、暇つぶしに見ていても面白い。


 とにかく、タケトの経由をまとめる意味でも、タケトが嫌われた理由と、断罪された内容を紙に書いてみた。


 ・否定的な言葉ばかり使う。


 タケトは、基本的に人との会話を否定から入る。


「違う。だからお前はダメなんだ!」


 高圧的に相手を強引な口調で論破してしまう。


 ・人の悪口や愚痴を言ったり、延々と自慢話をしたりする。


 両親の自慢話をして、人の悪口ばかりを言っていた。

 自分のことを持って誇れる人間であればよかったが、タケトはモデルをしている母のように優れた容姿をしているわけではない。


 不細工ではないが、どこか垢抜けない地味なイケメンだ。


 ・威圧的な話し方をする。


 これは間違いなくやっていた。

 誰に対しても偉そうにして、嫌われるのが当たり前だろと言いたくなる。


 ・口が軽い


 他人が言って欲しくない約束を言ってしまう節はあるな。


 ・一言多い


 他人に厳しいので、言わなくてもいいことまで言っていた。


 ・言い訳ばかりする


 自分と相手の違いに怒りをぶつけていたようだね。


 ・時間やお金にルーズ


 お金の使い方を知らないが正しいかな? 生活の金銭感覚がバグっている。


 ・仕事ができない


 生活の仕方すらタケトは知らなかった。


 こうして、タケトが嫌われるような人間だったんだとつくづく思える。


 本当にバカなことをしたと思っているが、子供とは純粋であるが故に恐れを知らない。


 だからこそ、バカなこともできたんだと言える。


「自分が嫌われ者だって知って、タケトはショックだったのかな?」


 今となってはわからない。


 ♢


 落ち込んでいても仕方ない。

 俺はタケトじゃないからね。

 それに、爺の配慮で俺は俺を誰もしらない街へ引っ越した。


 中学は高校が決まった時点で行かなくてもいいそうだ。


 だから引っ越して寮へ入るまでの三ヶ月は自由に過ごさせてもらう。

 

 特に嫌われてきたタケトを改善するために、好かれる人の行動をネットで調べて実践することにした。


 ・ 周りの意見をしっかり聞ける、聞き上手な性格。


 買い物に行くと、同じ道を通ってスーパーに行く。

 すると、たまに声をかけてくる店員さんが現れた。


「お兄さん、今日は肉が安いから買って行かない?」

「はい! 買います」

「今日は小松菜が安いよ」

「はい! 買います」

「あら、そうね。今日はお豆腐かしら」

「はい! 買います」


 俺を見つけると声をかけてくれるおばちゃんには、買わすことよりもお得情報を教えてくれるようになった。


「いつもありがとうございます」


 感謝して、同じ時間ぐらいに訪れて、店員の話を素直に聞くようにしているだけでだ。


「お兄さん。一人暮らしの学生さんかい? 頑張ってね」


 そう言って、こっそりと果物をもらったこともある。

 実は店長さんをされている女性で、俺ぐらいの子供がいるそうだ。

 

 素直に人の話を聞いていると、いいことがある。


 ・ 他人に対して思いやりをもつ。


 同じ道を通っていると、老人が多い街だということを知った。

 荷物を重そうに持って歩く人がいたので、少しだけ運んであげる。


「お持ちします」

「あら〜優しいねぇ〜」

「どこまで運びますか?」

「ちょっと、そこの角まで頼める?」


 数名の高齢者を助けていると、顔見知りが増えた。


「タケちゃん! お饅頭食べる?」

「あら〜タケちゃん! 蛍光灯変えてくれない?」

「タケちゃん、タケちゃん。おはよう」


 色々なお婆ちゃんたちに可愛がってもらった。


 ・ 別け隔てなく平等な態度で接する。


 店員さんや、高齢者に優しくしてもらうことが増えると。

 今度は、誰にでも挨拶をしなくちゃいけなくなり。


「おはようございます!」


 少し強面のおじさんにも挨拶をするようになった。

 最初に挨拶をした時は怪訝な顔をされたが、続けていると……。


「おう。おはようさん!」

「おはようございます」

「かぁ〜お前さんはいつも元気だね。最近のやつにしては珍しいタイプだ」


 と強面のおじさんたちとも話ができるようになった。


「タケト、学校を卒業したらウチで働くか?」

「おいおい、タケトはうちの娘と結婚させようと思ってるんだ」

「バカ言え、お前のとこの娘よりもうちの方がいいに決まってんだろ!」


 職人をされている少し見た目は怖いおじさん達とも話ができるようになった。


 ・ いつも笑顔で明るい性格


 人と話をして、挨拶をすることが増えたので、笑顔を綴ることにしている。

 そのほうが好印象を持ってもらえると知ったからだ。


「タケト君は優しそうね」

「タケちゃんは、いい子だね」

「タケトはいい男だな!」


 商店街から、家に帰るまでに大勢の人に声をかけられて褒められる。


 ・何事も努力をしている。


 家を追い出された以上は、いつ仕送りが終わるかもしれない。

 つまりは、いつか自分でお金を稼ぐ日が来るということだ。


 そのために無駄使いは減らして、勉強をして知識と資格を取る必要がある。


 学校で寮に入ったら、たくさんの資格を取ろう。

 その時間だけが、俺の将来を決める時間なんだ。


 ・自分に自信がある


 生まれ変わりで、タケトよりも少しだけ人生経験があるからこそ、生きて行くことはできるはずだ。


「あれ? 俺ってやれんじゃね?」


 ・どんな人にも感謝の心を持っている。


「ありがとうございます!」


 俺が挨拶をして、返した人に俺を伝えていると、笑顔になってくれる。


 これが俺が家を追い出されて培った処世術を完成させた。

  

 正月になって、いつもなら新年のパーティーで世界中を飛び回り、お父様やお母様と共にパーティーに参加していた日々だった。


 だけど、放逐された今年はお呼びがかかるはずもなく。


 寂しくコタツでみかんを食べる正月を迎えるはずだった。


 そんな我が家におせち料理が送られてきた。

 実家からだ。

 爺の手紙が送付されており。


「お坊っちゃまの仕送りの一貫です」


 と書かれていた。


 月々30万でも多いのに……。

 爺はタケトに甘いね。


 ただ、一人では食べきれない量で隣に分けることにした。


 隣は、汚いおっさんが一人いるだけだ。


 伊勢海老やファグラなどの食材なんて渡したら引かれるかな?

 

 チャイムを鳴らして、「は〜い」と女性の声がした。


「えっ?」

「あっ!」


 タケトの記憶がフラッシュバックして、犬飼ナズナの名前が浮かびあがる。


「ご主人様!!!」


 彼女は、俺が一番恥ずかしくて黒歴史だと思っている時代。

 歳が同じということで、メイドとして付き従っていた。


 俺が理不尽な要求をした幼馴染だった。

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