ギャルゲーのNTR悪役転生は色々やらかした後だった。

イコ

プロローグ

序章

 ゆっくりと時間が流れているのに、落下速度はグングンと増していく。


 走馬灯の中では妹の笑顔と最後に悲しそうな泣き顔が浮かぶ。


 何とか助かろうと目を開ければ、景色が一瞬で過ぎ去っていく。


 ああ、そうか。


 俺、もう助からないんだ。


 山にきて遭難した。

 なんとか自力で崖を登って助かろうと努力した結果。


 気付けば落下していた。


 昨日の雨で、柔らかくなっていたところを掴んでしまったんだ。

 崖から手が離れて、終わったと気づいた時には遅かった。


 地面にある石に強く頭を打ちつけて、意識がだんだんと薄らいでいく。

 こんなことなら妹の言う通り、誰かと一緒に来るんだったな。


 つい、一人で行動をするのが好きで……。


 悪い……。


 次があるなら、必ず誰かと……。



「ーーはっ!」


 息を思い切り吐き出して、意識が覚醒する。

 

「うわあああああああ!!!」


 死ぬ寸前には出なかった声が今になって出た。


 えっ? 生きている? 嘘だろ? 大量に頭から血が出た記憶はある。

 痛みも感じていた。それなのにどうやって?


「お坊っちゃま!!!! 目を覚まされましたか?!」


 勢いよく扉が開かれて、年配の男性が部屋へと飛び込んできた。


 お坊っちゃま? 俺は平凡な家庭で生まれ、両親と妹と四人家族だ。


 お坊ちゃんなんて呼ばれるような人間じゃない。

 もしかしてお金持ちに助けてもらったのかな? 凄く心配そうにちらを見る年配の男性は優しそうだ。


 その瞳には親しそうに、こちらを慈しむ瞳で俺を見ている。

 だけど、この人に見覚えがない。

 頭を打った衝撃で、混乱しているのか?


「えっ? えっ?」

「よくぞお目覚めに……相当にショックだったのですね。お話を聞いて卒倒されましたから! その挙げ句、ソファーの手すりで頭を打ち付け、血が出ていなかったのでベッドに寝かせましたが、後1時間目が覚めなければお医者様を呼ぶところでした」


 卒倒して、ソファーで打った?

 いや、俺は崖から落ちて……。


「わかります。爺も悲しくございます。ですが、これはご両親が決めたことでございます」


 何を言われているのか全くわからない。


 この人は誰で、ここはどこだ?


「ですが、先ほどのお手紙は全てが事実でございます。本日を持ってタケト様は竜王院家より放逐されます」


 放逐? 確か追放とか、追い出すって意味だったよな。

 

 竜王院リュウオウイン家? 俺の名前は……あれ? 思い出せない。


「竜王院の名前を出すことは今後一切禁じられ、母方の姓である剣城ミツルギタケト様として、新たな姓に変更されます。申し訳ありません。全てはこの爺がタケト様のご教育を失敗してしまったばかりに」


 大号泣して、放逐を告げる爺さん。


 名前も分からなくて、自分のことを爺と呼ぶので、もうそういう呼び方でいいや。


「爺、おっ、僕はこれからどうなるんだ?」

「うっうっうっ、はい。三ヶ月後の東条大附属高等学園の寮へお引越しになります。名前はミツルギ・タケト様として、学費などはご両親が大学卒業まで出してくださるそうですが、問題を起こせば、即刻打ち切り。後がない状況です」


 爺は泣き顔を納めて状況を教えてくれる。


「初等部、中等部でタケト様が行った数々の悪行が、ご両親の耳に入ってしまい、愛想を尽かされたとお手紙が届きました。親としての義務として、学費は出してくださるそうですが、寮に入るまでの三ヶ月はアパートに引越しして、自分のことをできる訓練をしたのち、学園へ入学するようにと言われています」


 数々の悪行と言われて、やっと俺は気持ちを落ち着けることができた。


 少しづつ竜王院タケトの記憶が、頭の中に情報として流れ始めた。

 俺だって、ゲームをやったり、小説を読んだりする。


 今の状況が魂が転生して、竜王院タケトの体に入ってしまったんだ。


 ただ、彼は初等部では、数々のイタズラを。

 そして、中等部では男子生徒と対立をして、親御さんから見放されたようだ。


 ご両親は、彼を更生するようなことはしていないようだが、この親にして、この子ありと言う感じなのかな? まだ竜王院タケトについて全てを理解できていない。


「わかったよ。ありがとう。爺」

「なっ! タケト様が私めにお礼を!!! 爺は一生分の幸福を味わっております!!!」


 大袈裟だよ。お爺さん。


 だって、俺はタケトじゃないからね。


「それで? 僕はどこに行けばいいのかな?」

「まだ、お身体が本調子ではないので、すぐに出て行かれなくても良いのですよ」

「いいや、もうここは僕の家じゃないからね。ずっとはいられないよ」


 爺以外の使用人は誰も来ない。

 タケトがそれだけ嫌われていたと言うことだろう。


「お荷物はどうされますか?」

「何か大きなカバンをもらってもいいかな?」

「もちろんでございます! この部屋にある物は全て好きにしても良いと、ご両親から許可をもらっております」

「ありがとう。布団とかはあるのかな?」

「その辺は爺の一存で最低限の物はご用意させていただきました」

「ありがとう」

「何度もお礼を……。独り立ち前になって、ご立派になられて、ウッウッ」


 大袈裟なお爺さんが感動している間に、俺は学校に行くために必要になりそうな書類を探した。


 東条大附属高等学園の入学案内パンフレット。


 それを見た瞬間。


 俺が山で事故に遭った記憶の前に、見たことのある記憶を思い出される。


 一つの答えが出た。


「あっ、ここギャルゲーの世界だ」


 ふと、俺の方の記憶から竜王院タケトという自分の記憶が呼び覚まされる。

 

「おお、ギャルゲーのNTR悪役キャラじゃねぇか!」


 俺が入学するはずの東条学園は、主人公が女子を攻略して恋愛をしていくギャルゲーと呼ばれる恋愛ゲームの世界だ。


 それに出てくる竜王院タケトは、主人公のライバルとして、主人公が落とそうとするヒロインを横取りして奪っていく悪役キャラとして登場する。


「そのはずなのに、竜王院タケトが家から追放される?」


 そんな話はなかったはずだ。


「爺、僕は中等部で何をしたんだ?」

「お痛わしい……ですが、ここは心を鬼にして言わせていただきます。タケト様は、敗北したのです」

「敗北?」

「はい! ある男子生徒に敗北して、フィアンセの虎ノトラノモン家の御令嬢を奪われ、数々の悪行を暴露されてしまったのです。忌々しい奴です」

「その男の名前は?」


 俺の頭に浮かぶ、主人公の名前。


 本来、高校で行われるはずの出来事が中学で行われていたとしたら?


盾宮タテミヤユウシのやつですよ!」


 ズキっと発する痛みと共に浮かぶ名前と同じだった。


「そうか」


 理解した。


 初等部から色々とやらかしていた竜王院タケトは、外部入学してきたゲームの主人公、盾宮ユウシによって断罪された後だったんだ。


 だから家から追放されることが決まっているのか、それにショックを受けたタケトの体に俺が入ったと言うわけか……。


 

 これはもう詰んでんじゃね? やらかした後じゃん。



 納得した俺は寮への入室方法などの書類を見つけて、大きなキャリーケースに詰めていく。


 あとは制服や、私服、あまり趣味が良くない服が多かったので、シンプルなデザインの服とコートに下着を詰めて、財布を探した。


「爺、僕の財布は?」

「お財布など持ったことがありませんでしたな」

「えっ?」


 あ〜お金持ちって財布を持たないんだな。

 そんなことも知らなかったよ。


「こちらは私からのプレゼントです」


 茶色い革財布を渡される。

 少し古びて見えるが、こういう味のある品物は結構好きだ。


「ありがとう。爺はセンスがいいね」

「ほっ! フォフォフォ! ありがとうございますじゃ! お坊っちゃまとこのようなやりとりができる日が来るなど思いもしませんでした。今日をもってお坊っちゃまの教育係を解任されます。ですから、私からの餞別でお小遣いを入れさせていただきました」

「ありがとう助かるよ」


 仕送りが送られる銀行のカード。

 身分証を表すカード。

 保険証。

 そして、爺からもらったお小遣いを入れてもらった財布を渡される。


 竜王院家を出て一人で暮らすアパートへ向かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あとがき


どうも作者のイコです。


新作カクヨムコンテスト作品、第二弾です。

悪役転生ラブコメなので、楽しんでもらえた嬉しいです。

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