第8話許すことのほうが難しいよ
モニターに映り沢山の人々に注目されていた先輩からいきなり連絡が届いた。
「たかしだけど。七瀬博己の連絡先知っているやつっている?」
先輩からの突然の連絡に俺はどの様に返事をすれば良いのか分からずにいた。
だが俺もそろそろ自分の過去に向き合わなければならない。
そんなことを重く捉えて感じると返事をする。
「久しぶりです。この間の格ゲーの大会見ていましたよ。凄い活躍でしたね。実は俺も七瀬さんに会いたいんです。勝手だけど謝りたくて。たかしさんもそんな感じですか?」
ヒヤヒヤとした冷たい汗が背中を辿るのを感じると返事を心待ちにする。
「あぁ。俺もそういう感じだ。実は大学生になってすぐに仲間外れにあってな。俺はもう外に出るのも怖くなって大学もやめたんだ。そんな時に高校時代を思い出して…七瀬を一番に思い出したんだ。あいつ…凄いよな。今では普通に尊敬できる男性だって思うよ。今、どんな容姿だろうと俺はもう馬鹿にしない。ちゃんと謝りたいんだ」
中田は勝手なことを言っているようだが、もしかしたら当時の学生たちは皆七瀬に謝りたい気持ちを少なからず抱いているのだろう。
それを感じた俺は中田に返事を送る。
「俺も探してみます。どちらかが見つけられたらお互いに連絡し合いましょう」
「あぁ。ありがとうな。じゃあまた」
そんな簡素なやり取りで過去の先輩とチャットを終えて俺も過去の友人たちの伝手を使って七瀬博己を探そうと思うのであった。
「貫地が言っていた七瀬博己って人に会ったよ。今はめっちゃイケメンになっていて。私も今狙っているところなんだ。謝りたいって言ってたって伝えたら許すって言ってたよ。それだけ」
私は元カレに一応連絡だけ入れておくと仕事の準備に取り掛かる。
身支度を整えていると着信音が鳴り響いてスマホの画面を確認した。
「何?」
相手は佐藤貫地。
個人事業主でSEをしている私の元カレだ。
「七瀬博己に会ったって本当か?」
「うん。合コンで会ったよ」
「連絡先交換した?」
「したけど。貫地には教えないでって言われた」
「そこをなんとか教えてくれ。俺たちも七瀬に謝りたいんだ」
「勝手すぎない?それに俺たちって他にも居るの?」
「あぁ。そこは話すと長いから良いとして。とにかく教えて欲しい。直接謝る必要があるんだ。そうじゃないと俺たちは…」
「もう…わかったけど…また傷つけるようなことしたら…」
「そんなことは絶対にしない。ちゃんと謝りたいだけだから」
「わかった。じゃあ送っておくね」
「ありがとう」
そこで通話が切れると私は元カレに七瀬博己の連絡先を送る。
感謝のチャットが届くと私は既読だけを付けて身支度を整えるために再び鏡と向き合うのであった。
仕事を終えた俺はスマホを手に持って画面ロックを解除した。
数件のチャットが届いており一つずつ確認する。
夜の店で出会った同級生、
合コンで出会った南向日葵からも連絡が来ておりそれにも返事をした。
そして残された見ず知らずのグループからのチャットを一応確認した。
何かしらのいたずらだった場合はすぐにブロックするつもりだった。
だが…。
グループに招待してきた人物は過去の同級生と後輩らしき人物だと思われた。
チャット履歴を確認すると彼らは確実に俺に向けて謝罪したいとのことだった。
後日、直接謝罪したい。
そんな都合のいい内容に俺はどう反応すべきか頭を悩ませる。
けれど、誰かを恨んだ記憶はまるでない。
いじめを受けていたが俺は誰にも負けなかった。
それを自分自身が理解している。
今更謝罪など必要ない。
心は傷付いてなどいないのだ。
そんなことを思考していたが…。
もしかしたら彼らは過去のことが気がかりで前に進めないのかもしれない。
いい気味だと思うのは簡単だ。
けれど、彼らのことを許して謝罪を受け止めるのは酷く難しいことかもしれない。
簡単なことよりも難しいことを率先できる人間に俺はなりたい。
いつでもどんなときでも前向きな自分で有りたいのだ。
他人を救うわけではなく、俺は俺のために前向きで居たいのだ。
それなので俺は彼らに返事をする。
そして後日、直接会うことが決定するのであった。
七瀬博己から連絡が来た。
俺と後輩の佐藤貫地はそれぞれ彼と会う約束を取り付ける。
先に会う約束を取り付けた俺は公園で七瀬を待っていた。
筋肉質なイケメンが俺の前で止まると少しだけ苦しそうに口を開いた。
「中田くん?」
首を傾げる目の前の男性に俺は頷いて応えた。
「七瀬博己だけど…」
「うそ…だろ?」
目の前の筋肉質なイケメンを上から下まで眺めるが昔の面影など何処にも存在しなかった。
「あ…っと…撮影していいか?実は…」
そうして俺は富士から提案された条件を七瀬に言って聞かせると彼は否定することもなく頷いてくれる。
「プロになれそうなんだ。おめでとう」
そんな労いの言葉まで投げかけてくれる目の前の男性に俺は敵う気がしなかった。
そこから謝罪の動画を回すと本心から深く頭を下げる。
「もう良いよ。過去のことだろ?中田くんも前を向いて今を生きてよ。じゃあ」
七瀬はそれだけ言い残して帰路に就いてしまう。
俺は何処かスッキリとした気分を感じていたが…。
過去はどうしたって変わらない。
俺たちが彼をいじめていた過去は拭えないのだ。
一生の傷を与えてしまったであろう俺たちは許されるわけがない。
本人が許してくれても…。
俺たちの過ちは一生拭えるものではないのである。
それを感じながら俺は富士に動画を送るのであった。
俺と七瀬博己が顔を合わせて数分が経過していた。
「元カノとよりも戻しなよ。話を聞いたけど彼女は同棲したかったんじゃない?」
七瀬博己は筋肉質なイケメンへと変貌しており俺は言葉に詰まる。
「えっと…そう思いますか?」
「うん。君の話を多くしていたから。今でも想っていると思うな。ちゃんと向き合って話をしてあげなよ。今は手頃な俺を標的にしているけど。ちゃんと話せば分かってもらえるよ」
「はい。それで…」
俺はそこから長いこと過去のことを深く反省していると七瀬に伝えた。
彼はウンウンと頷くと返事をくれる。
「少しでもそう感じた君は普通の大人になれたんじゃないかな?過去に過ちを犯すのは悪いことじゃないだろ?まだ子供だったんだから善悪の判断も曖昧だったはずだ。それに学校全体がそういう雰囲気だったのもあるだろ?それに抗うのは大変だよ。君も流された人間の一人でしか無い。気にしていないからもう前を見な」
謝罪しようと思っていたはずが慰められてしまう始末で人間としての器の大きさを痛感させられる。
自分を惨めに感じると俺は深く頭を下げてその場から逃げるように帰路に就くのであった。
帰宅すると元カノである南向日葵に連絡を取る。
後日、しっかりと話し合いを行うとよりを戻し同棲を開始することは決定した。
俺も中田たかしもこれでようやく前に進めるであろう。
区切りをつけると過去を十字架の様に背負って前を向くのであった。
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