第7話ここが人生の分岐点

打ち上げ会場で俺は身を縮めていた。

一人で居場所がないわけではない。

こんなにも有名プロプレイヤーと同じ空間にいることに少なからず遠慮のような感覚を抱いていた。

「なんだ。そんな端っこいるなよ」

優勝した有名プロは俺のもとまでやってくるとそのまま肩を組んで俺を立たせた。

「スポンサーがお前の話ししてたぞ。チャンスだからちゃんと話聞いてこい」

どうしてこんな俺を世話しようとしてくれるのか謎だったが頷いて後をついていった。

「中田を連れてきましたよ。話したいって言ってましたよね?」

「あぁ〜。ありがとう」

スポンサーのお偉いさんだと思われる男性は俺を対面に座るようにと指示をした。

「失礼します。中田たかしです」

「本名だったんだ。勇気あるね。プロプレイヤー担当の富士です」

富士と名乗る男性は俺に名刺を渡してくる。

「頂戴致します。ですが申し訳有りません。俺はただの無職で…名刺なんて大層なものを持っていないんです…」

「ははっ。良いよ良いよ。連絡先だけ交換しておこうか」

「はい」

そう言うとお互いがスマホを取り出して連絡先の交換をする。

「中田くんの人となりが知りたいな。どういう学生だった?一日どれぐらいゲームしてる?練習の内容は?いつから格ゲー始めたの?聞きたいことはこんな感じだね」

富士の話を一つずつ回答するために思考を回転させていた。

「えっと…まずは、一日の殆どをゲームに費やしています。無職で殆ど引きこもり状態だったので時間はたっぷりありました…。内容としてはプロの上手な選手の動画を参考にしてコンボ練習をしたり…インプットとアウトプットを意識して練習しています。格ゲーを始めたのは高校生ぐらいからですかね…。当時の友人とゲーセンに行って色んな人と対戦するのが楽しくてバイト代を費やしていました。学生時代は…悪い人間だったと思います…」

そんな懺悔のような言葉を口にして富士の反応を待っていると彼は目を細めた。

「犯罪歴があるとか?」

「いえ。そういうものはないです。そうじゃなくて…一人を沢山の生徒で寄ってたかっていじめていました…。今思えば…本当に悪い人間だと思います…」

「そう。それで?もしもプロになったらどうしたい?」

「どうしたいとは?」

「ん?君の懺悔は聞き遂げるよ。それでプロになった君を今いじめられている人が見たとしよう。どんな言葉をかける?先に言っておくけどプロになった途端に過去を勝手にカミングアウトしてくる人間はいくらでもいるよ?君が過去にいじめを行っていたことが公になった場合。君はどういう行動に出るんだい?」

そんな難しい禅問答の様な言葉を投げかけられて俺はどうしたら良いのか分からずに口を噤んだ。

けれど思考を停めてはいけないと直感で感じる。

ここで答えられないと俺に与えられた人生で最初で最後のビックチャンスを掌から溢すことになる。

「まずは…自らカミングアウトします。その人物が見ていなくてもちゃんと謝罪したいです。そして、現在いじめを行っている人物には確実に将来後悔すると配信でも…もしも俺が凄く有名になったら公演をしたいです。今いじめられている人には…当時いじめの対象になっていた人物の凄さや心の持ちようを勝手ながら伝えていきたいです。俺はもしもプロになったら…いじめ撲滅…そしていじめに苦しんでいる人に手を差し伸べ続けます」

富士は俺の夢見がちにも思える言葉に軽く苦笑すると鼻を鳴らした。

「随分都合がいいこと言うんだね。自分がプロになれそうだからかな?」

「いいえ。そうじゃないんです。俺たちがいじめていた人物は学校の全校生徒にいじめられていました。それなのにそいつは三年間一度も休むこと無く学校に通い続けて…唯一皆勤賞を貰った生徒なんです。いじめられていたのにですよ?そんな彼を笑いものにしていた自分が許せなくて情けないんです。だからプロになれなくてもちゃんと謝りたいんです…」

富士は俺の言葉をどの様に受け止めたのかウンウンと頷くと条件を差し出してくる。

「じゃあ。ちゃんと謝罪をしてきた動画を取ってきてよ。ヤラセはダメだよ?ちゃんと証拠となる動画を取ってきて。そうしたら君をスポンサードするよ。君の誠意や気持ちに応えると約束するよ」

「はい。わかりました」

そこで会話は終わりらしく俺は深く頭を下げて再び端の席へと向う。

「どうだった?」

優勝したプロプレイヤーは俺の元へ訪れると笑顔で迎えてくれる。

「どうにかなりそうです」

「そうか。富士さん意地悪だから。変な条件つけられただろ?」

「まぁ…はい…」

「でも約束を破る人じゃないから。中田が自分自身を乗り越えられる存在なのか確かめているんだよ。だってそうだろ?厳しい練習の末に大会があって。相手に勝つのも大切だけど自分をコントロールして自分自身にも打ち勝たなければいけない。勝負の世界に目の前の問題から逃げ出すような奴は存在しないよ。無茶なことを吹っ掛けられたかもしれないけど。頑張れよ。無事にプロになれたら連絡くれ。練習会しよう」

そう言うと優勝プロプレイヤーは俺と連絡先を交換して席を離れていく。

打ち上げは二次会も行われるようだったが俺は申し訳なく感じて帰宅した。

帰宅した俺はすぐにSNSを開き過去の友人たちに手当たり次第に連絡をするのであった。

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