第6話少しずつ這い上がれ

七瀬博己の女と思われる人物を尾行してから数十分が経過しようとしていた。

ただ少しだけ疑問に思うのはその女の行動だった。

来た道を行ったり来たりして明らかに尾行されていることに気付いているようだと思われた。

私はまずいと思い素知らぬ顔でその女を追い越して通り過ぎていく。

顔はバッチリと覚えた。

本日は何もせずにただ帰宅していくのであった。



確実に尾行されている。

七瀬の家を出てからだ。

明らかに一人の女性が私の後をつけていた。

尾行を撒くというよりも、

「気付いていますよ」

という意志を表現するために同じ道を行ったり来たりを繰り返した。

数回そんな行動を取ると相手も流石に諦めたらしく私の先を追い抜いていった。

顔はバッチリと覚えた。

もしかしたら七瀬を狙っている女性の一人かもしれない。

そんなことだけを記憶にとどめて帰宅するのであった。



やっと部屋から出られるようになった。

食事の時間は昔のように家族と顔を合わせることができるようになる。

「あのさ。ゲームの大会に招待されたんだ」

家族にそんな言葉を口にすると理解が出来ないようで首を傾げている。

「えっと…プロも集まるゲームの大会にアマチュア枠で呼ばれていて。行こうと思っているんだけど…俺にできるかな…」

そんな自信のない言葉を口にすると家族は微笑んで迎えてくれる。

「出来なくてもいいじゃない。少しでも何かにやる気が出たのなら…母さん嬉しいわ。頑張って」

「あぁ。行って来い。優勝なんてだいそれたことは考えないで目一杯楽しんでこいよ」

両親はそんな言葉を口にするとそれ以上、この話題を深掘りしなかった。

食事を終えると再び自室でゲームの練習に励むのであった。



そう言えばと過去の先輩のことを思い出していた。

偉そうにふんぞり返っていた中田たかしは今何をしているだろうか。

一人で仕事をしている俺は過去の先輩が現在どの様な存在になっているのか、ふっと気になったのだ。

仕事が一段落した夕方のこと動画配信サービスアプリを使用して現在放送されている話題のライブを検索していた。

「ん?格ゲーの大会?プロの大会かな?」

知識が少なかった俺だが格ゲーは高校生の頃に軽く齧っていた。

何となしに吸い込まれるようにその渦に巻き込まれると再生ボタンを押していた。

「アマチュア枠 中田たかし」

その名前と写真を見て俺は言葉を失う。

過去の先輩は現在、プロの各ゲーマーと混じって大会に出ている。

同時視聴者数は数十万人と世界中の人達に注目されている大会だった。

試合が行われていき、中田たかしは一回戦をどうにか勝ち進んでいた。

「プロに勝てるほどの実力なのかよ…」

かなりのジェラシーを覚えた俺は現実から目を背けたくて配信を見るのをやめる。

もしかしたら彼がこてんぱんにやられる姿を見たかったのかもしれない。

過去に偉ぶっていた彼がプロの世界では通用しないところを見たかったのだろう。

そうして自分の弱い心を奮い立たせて慰めたかったのだ。

そんな自分に気付くと恥ずかしくて涙が出そうだった。

悔しくて仕方がないが、ここで目を背けたら俺は一生逃げ続ける人生を歩む気がしてならなかった。

だから、俺は再び再生ボタンを押すのであった。



久しぶりに外に出て他人の目に監視されている気分だった。

電車の中でも他人の目に恐怖に感じてブルブルと震えてしまう。

別に他人は俺になんて興味はない。

それはわかっているのだが…。

どうしようもない不安が胸を襲った。

どうにか大会の会場までたどり着くとその時には既に疲労感を感じていた。

前日は無理やり沢山眠ったのだが、緊張で身体が強張っているのか疲労感は異常だった。

大会の会場の控室には今まで見てきたプロの人達が精神統一をしている。

俺もそれに倣って心を落ち着かせた。

今だけはミーハーな心を静めて同じ人間としてゲームを通して戦うのだと自分に言い聞かせる。

彼らは同じ人間であり、別の惑星からきた宇宙人ではない。

俺と同じ様に緊張しており、相手を全く見くびらない。

全力をぶつけてくることが理解できると俺も今までやってきたことを反芻するだけだと割り切ることができる。

ここで結果が出なくても、俺は一歩を踏み出せたと思う。

そんなことを思うと緊張感は何処かに飛んでいってしまう。

世間からの評価など関係ないと割り切った気持ちが顔を出した時、試合はそろそろ始まろうとしていた。

結果的には三回戦でボコボコに伸されてしまい優勝など夢のまた夢だった。

だが優勝したのが三回戦で当たった相手であったため自分を慰めるには十分な材料だった。

もうここには来ないだろうと感じると大きな会場で試合を出来たことに喜びを感じてその場を後にしようとした。

「おい。帰っちゃうの?」

優勝した有名プレイヤーは何故かいの一番に俺に声を掛けてくれる。

「えっと…?」

小首をかしげてその続きを聞こうとしていると彼は何でも無いように口を開いた。

「打ち上げあるよ?皆も中田を誘おうって言ってるし。同じ大会に出た仲間だろ?一緒に行こうぜ」

「良いんですか…?」

「遠慮すんなよ。優勝賞金出たし。俺が奢ってやるよ」

「ありがとうございます…」

「偉いさんとかスポンサーも来ると思うけど?」

「はい…?」

「いや、だから。プロになりたくないか?自分を売り込めよ。今無職なんだろ?こんだけやり込める人間なんだからプロになって他の仕事が入ってもゲームに夢中でいられるだろ?」

「はい…」

「まぁ。後で考えな。とりあえずついてこいよ」

そんな心強い言葉に引かれて俺は彼らの後をついていくのであった。

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