第5話なんか良い感じ
自宅に女性を連れてくるのは生まれて初めての経験だ。
特に自分の過去を間接的にでも知っている女性が俺の家に来るとは思いもしなかった。
何か裏でもあるのだろうかと勘ぐってしまったが南向日葵を自宅であるマンションへと招いてしまう。
「入って。人を招いたのなんて生まれて初めてだから…どの様なおもてなしをすれば良いのか全くわからないけれど…」
そんな女性慣れしていない俺の言葉をどう受け止めたのか南向日葵は軽く微笑んで自宅に足を踏み入れた。
ここから何かが変わっていくような不思議な感覚を覚えたが、もしかしたらただの気の所為だったのかもしれない。
と言うよりも初めて女性を家に招いてただ単に緊張しているのだろう。
そんな自分が可笑しく思えて軽く笑うように息を漏らして南向日葵よりも遅れて自宅に入っていった。
遅れてリビングに顔を出した俺はソファで無防備に座る南を見て軽く嘆息する。
「そういうものなのか?」
俺の言っている言葉の意味が理解できないのか南は首を傾げて応えた。
「いや…男性の家に来てすぐにソファに腰掛けるのは普通なのか?」
「え?そんなこと気になる?」
「まぁな。初めての来客なものでな。色々と気になってしまうんだ」
「本当に学生時代太っていていじめられてたんだ?」
「そうだな。元カレの言っていることは事実だよ」
「へぇ〜。珍しく話し盛らなかったんだ…」
「話を盛る?」
「あぁ…うん。元カレは話を盛るのが好きでさ。誰かの真似だったのかな?影響受けやすい男性だったから」
そんな他愛のない会話から夜は再び幕を開けようとしていた。
「昔の写真でも見るか?本当に太っていたんだ」
自虐では無いが目の前の女性に幻滅されたいような気持ちが少しだけ芽生えていた。
もしかしたら写真を見たらこのまま帰宅してくれるのではないだろうか。
そんな期待を込めた発言でもあっただろう。
だが南は首を左右に振って否定の言葉を口にした。
「過去がどんなであれ今はそんなに筋肉質なイケメンに変わっているんだから。頑張ったんでしょ?過去なんて気にしないよ」
「そうか…見くびってしまっていたな。申し訳ない」
「何で謝るの?悪い事してないじゃん」
「そう思うか?」
「うん。そんなことよりも隣に座れば?自分の家でしょ?何で立ってるの?」
帰宅してからソワソワとしていたのか俺はソファに座る南を見下ろすように傍で立っている状態だった。
「あぁ…座って良いのか?」
「ふふっ。変なの。イケメンならもう少しがっついても良いんじゃない?」
「そうはいかないだろ」
否定にも似た言葉を口にすると南の隣の席に腰掛けた。
「そうだ。気になっていたんだけど…恋人とかはいないの?」
「生まれてから一度も出来たこと無いな」
「へぇ〜。じゃあ私が立候補しても良いの?」
「………。好きにしたら良い」
「やった。もう少し飲みたい気分なんだけど…なにかある?無いならコンビニ行ってくるけど?」
「缶のアルコールならいくらかあったはずだよ。冷蔵庫に入っているから勝手に取っていいよ」
「わかった。ありがとう」
南は席を立ち上がるとキッチンの冷蔵庫へと向けて歩いていく。
流れるような手付きで扉を開けると缶チューハイを二本持って戻ってきた。
「どっちが良い?」
両手に持っている缶チューハイを顔のあたりまで掲げると小首をかしげて問いかけてくる。
「じゃあレモンで」
「はい」
片方のレモンチューハイを俺に手渡してくるとお互いにプルタブを開けた。
再びコツンと缶を合わせて乾杯をするとそこから深い時間まで飲み直すのであった。
夜深くまで飲んでおり気付いた時には眠りについていたらしい。
目覚めると時計は昼過ぎを指しており慌てて起き上がる。
ソファで眠っていた俺は自室に向けて歩き出す。
自室のドアを開けて昨夜の自分を思い出そうと必死だった。
何故なら自室のベッドでは南向日葵が眠っているからだ。
自分の体をあちこちと調べてみるが何かを致した形跡はまるでなかった。
ふぅっと一安心すると再びリビングへと戻っていく。
キッチンで昼食の準備を行う。
一人暮らしなのと身体と健康を気にして自炊をすることが殆どだった。
冷蔵庫には食材が多く存在しており二人分の昼食を作るのも困難ではなかった。
料理を始めて三十分程で南はリビングに顔を出す。
眠たそうに目を擦って欠伸や伸びをしながらリビングで挨拶を交わす南を見て少しだけ恋人が出来たような気分に陥ってしまう。
「おはよう。料理してるの?」
「おはよう。食べるでしょ?」
「良いの?じゃあいただきます」
「もう少し待っていて。もうすぐだから」
「うん。急かさないよ」
「ありがとう」
そこから数分で昼食が出来上がると二人揃って休日ののんびりとした時間を過ごしていくのであった。
南向日葵が帰宅したのは十五時過ぎだっただろうか。
一緒に遅い昼食を取った南は片付けをしてくれると感謝を告げて帰路に就いたのだ。
「ありがとうね。また来てもいいかな?」
「あぁ。また連絡して」
「じゃあ。またね」
「下まで送るよ」
「良いの?」
それに頷くと俺は南と共にエレベーターに乗り込んで一階へと向かう。
マンションのエントランスを抜けて外まで見送ると南は俺に手を振って帰路に就いたのであった。
私はその信じられない光景を見てしまった。
七瀬博己には恋人らしき人物がいたのだ。
マンションの前で別れた彼らを目にした私は動揺を隠せずに電信柱の影に隠れた。
再びマンションの中へと入っていく七瀬博己を見て私はどちらを追うべきかを考えていた。
「いや…まずは女の方からだよね…」
夜のお店に顔を出さなくなったのは恋人が出来たからだろう。
そんなことは許されない。
私が初めに彼に目をつけたのだ。
そんなことを思うと女の後をつけるのであった。
次話予告。
南向日葵に迫る影…。
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