第3話少しずつ進みゆく物語

夜の店に現れた筋肉質なイケメンを見て私のセンサーは働いた。

俗に言うビビッときたといえば分かりやすい表現だろうか。

「お名前なんて言うんですか〜?」

席についてすぐに名刺を渡して相手の情報を探ろうと余裕そうな笑みを浮かべる。

「七瀬博己。なぁ…俺、こういう店に慣れてないんだよ…」

七瀬博己と名乗ったイケメン男性は一緒に来た後輩らしき人物に耳打ちする。

「七瀬博己って…。そんな理由無いよね…。お仕事は何をしているんですか〜?」

太っていたが故に全校生徒からいじめを受けていた人物と同姓同名の目の前の男性をもう少し知りたいと思った。

「建設業」

「だからそんなにムキムキなんですか?」

「そうかもね」

「お酒は飲まれますか?私も飲んでいいですか?」

「お好きにどうぞ」

「ありがとうございます。では作らせていただきますね」

慣れた手付きでテーブルの上に置かれているお酒の水割りを二つ作ると相手に渡す。

「では。かんぱ〜い」

コツンとグラスを合わせるとそのまま口に運んでいった。

「七瀬さんはおいくつですか?」

「二十二歳」

「えぇ〜!タメですね〜!偶然!」

「そう。何処出身?」

「えっと…」

出身地を話すと彼はウンウンと相槌を打って、

「俺も同じ場所だ」

なんて言ってポケットの中を探り出した。

きっとタバコを吸うのだろうと思うと私はすぐさまにライターの準備をした。

ポケットからタバコを取り出した彼はそのまま一本取り出して口に咥える。

ここがタイミングとばかりにジュッとライターを擦ると彼の口元に運んでいく。

彼は無言でそれを受け入れてタバコを一口吸うと感謝を告げてくる。

「ありがとう」

クールでミステリアスな彼に私の心は徐々に惹かれていく。

「出身高校って聞いてもいいですか?」

「過去はあまり知られたくないんだ。君は?」

「えっと…」

そうして私は出身校を口にする。

彼は何食わぬ顔でそれを聞いておりなんでも無いようにタバコの煙を吸っては吐いていた。

「そうなんだ。結構有名なマンモス校だね」

「そうなんです。生徒の数が多くて…同じ学年の生徒でも名前を知らない人も多かったですよ」

「そっか。そうだよな」

何気ない会話で探りを入れたが彼は、あのいじめられていた七瀬博己では無いと思われた。

それもそのはずだ。

あんな太っていた人間が四年やそこらでこんなに変わるわけがない。

目の前の男性はあの時の奴とは似ても似つかないのだ。

私は確信のようなものを覚えると個人のスマホを取り出す。

「これ。私のプライベート用のスマホなんですけど…連絡先交換してくれませんか?」

甘えたような態度でそんな言葉を口にすると彼は適当にスマホを取り出して連絡先を交換してくれる。

「いつでも連絡していいですか?」

「あぁ。仕事中は返せないけど」

「はい。ありがとうございます」

甘い時間が過ぎるのは早いものでボーイのアルバイトが席にやって来る。

「お時間十分前です。延長の方はどういたしましょうか?」

問いかけてくるボーイに彼は首を左右に振って応える。

「お会計で」

そんな言葉を口にした彼は会計を済ませて後輩の肩を叩いていた。

「ほら。もう帰るぞ。明日も仕事だろ」

「先輩…!もう一軒行きましょうよぉ〜!」

完全に酔っている後輩の肩を持った彼はそのまま出口へと向かう。

「仕事が終わったら連絡するね♡」

そんな甘い言葉を投げかけても彼はニヒルに笑って適当に受け流すだけだった。

私の美貌が効かない相手に久しぶりに出会った気がして心の中の恋心は本気モードへと変化していくのであった。



帰ってきて俺は冷や汗をかいていたことに気付く。

夜の店で働いていた女性は確実に同級生だったからだ。

過去の俺をいじめていた人物の一人だ。

他人を容姿だけでしか判断できない。

当時からそういう女性だった。

仲の良い女子生徒は皆メイクやファッションに詳しい人物だったし、取り巻きのような男子は当時イケメンと言われていた生徒たちだけだった。

そんな女性と偶然にも出会ってしまい俺は言葉を失っていた。

少しの恐怖のような感情が胸を覆い尽くしていたのも嘘じゃない。

けれど負けるわけにはいかないのだ。

だから俺は心を強く持ってこれからも生きる必要があるのであった。



「たかしくん。いい加減部屋から出てきなさい。お母さんだって毎食ご飯を運ぶの大変なんだよ?働けなんて無理は言わないから。ご飯の時ぐらいは家族に顔を合わせて?」

部屋のドアの向こうで母親の説教のような言葉が耳に飛び込んでくる。

ウザったく感じるとヘッドホンを付けて本日も格闘ゲームで憂さを晴らしていく。

いつものようにゲームに集中していると唐突に知らない人からチャットが届いた。

「大会に出る気は有りませんか?」

丁寧な前置きの文章や締めの文章を省くと内容は概ねこのようなものだった。

憂さ晴らしの為に食事の時と眠る時以外はずっとプレイしていた格闘ゲームの大会主催者からのオファーに俺の心は少なからず踊っていた。

どの様に返事をすれば良いのか迷っていたが、なるようになれと思って返事をする。

「是非」

そんな簡素な文字を打つのに数分を要した俺はかなり動揺していると思われた。

そこから大会の内容や日時などのスケジュールが送られてきて俺はまた動揺を深くする。

何故ならば大会はオンラインではなかったからだ。

大きな会場でオフラインで対戦する形式らしい。

それを配信するということらしかった。

多くの人の前に出る恐怖と家から出られるか心配に思う感情がごちゃ混ぜになっていた。

俺はこれを期に家から一歩でも出られるのか。

再び自信を取り戻すことが出来るかもしれない。

そんなことを思うとヘッドホンを外して部屋の外へと出るのであった。



SEとして起業したは良いが思うように休みが取れないのがネックだった。

付き合っていた恋人と同棲の話が出ていたのだが、俺のわがままでそれは断った。

自宅で仕事をしている時に構って欲しいと言わんばかりのアピールをされるのは鬱陶しかった。

だからかは分からないが恋人は俺から離れていく。

仕方ないと割り切って仕事に集中し続けて…。

一体これから俺に何が残ると言うのだろうか。

お金だけが徐々に溜まっていく中で俺は大事な何かを失っていく気がしてならなかった。

独りというのがこんなにも寂しくて辛いとは…。

この状況にならないと理解できないとは思いもしなかった。

いいや、俺は本当に知らなかったのだろう。

高校時代にいつも独りだった奴の気持ちを当時は一ミリも理解していなかったのだから。

今になって奴のハートの強さを思い知らされる。

いつか会った時に謝ろう。

そんな事をここ最近はずっと考えている。

何故だろうか。

過去の過ちに区切りを付けたいのだろう。

勝手な自分の思いを奴にしっかりと伝えてすっきりしたいのだ。

俺は何処までも自分勝手だと痛感すると本日も仕事だけに集中するのであった。

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