第2話 うらない路地

 意を決して、娘は路地に足を踏み入れる。


 日当たりが良いとはいえない路地の両側には、間口の広くない建物が十数軒、並んでいた。

 そのうちの一軒。娘が立っている場所から一番近い店先では、店番らしき一人の女性が白い紐で何やら作っていた。


「おや、いらっしゃい。どれでも手に取って見てもらっていいからね」

 近づいた娘に気さくに声をかけて、女性が軽く伸びをする。左手に持った作りかけの紐たちがぶらぶらと揺れる。

「それは、何を?」

「これかい? こうやって、編んだ袋にこの石……もう少し小さめ……うん、これくらいかな?」

 目の粗い網のような袋に、女性は傍の籠から選り出したた丸い石を入れると、口をギュッと縛る。

 出来上がった物を、娘の目の高さに掲げて見せた。


 石の重みで下へと引っ張られた袋は、涙のような形をしていて。底の部分からは、複雑な編み込み模様を描く飾り紐が三本下がっていた。

 紐の白と石の黒の対比が、娘の目を惹く。


「ほら、きれいだろ? 幸運のお守りだよ」

 そう言って立ち上がった女性から、ほのかに香る匂いに、娘は目を見張る。


 懐かしい母の香り。


 母がまだ元気だった頃。お祭り用の晴れ着と一緒に仕舞っていた香袋の匂いだった。



 髪飾りやブローチといった雑貨を扱う店らしいが、うらない路地という場所柄だろう。街中で見かけるものとは、色合いや素材が異なっていて、娘は興味深々で店内を見せてもらう。

 合間に些細な会話を店番の女性と交わして。


「こういった小さいお守りは、ほら、こうやってベルトに通して使えるし、男性なら刀の鞘に付けても良いね」

 女性は、棚から外した小さめの商品を自分の腰の辺りに当てて見せながら、説明してくれる。彼女のベルトにも、母が持っていたような小さな香袋がゆれていた。


 大人になったら、私も作ってもらおう。お嫁に行く時には、自分で作るのかな……。

 子供心に、憧れた香袋。


「こっちの大きいのは、戸口や窓の側に吊るすんだ。日の光を浴びるような場所におくと、効果的だよ」

 思い出に浸りかけた娘を、女性の声が現実へと引き戻す。

「でも、窓とか戸口とかって、危なくない? 出入りする時に頭をぶつけそう……」

 如才なく答えた娘に、店番の女性は

「そうすりゃ、泥棒も入って来れないだろ?」

 と、いたずらっぽく片目を瞑ってみせた。


「そんなのって……」

 幸運のお守りじゃない。あまりに実力行使すぎる。

 お腹を抱えて笑う娘の声に呼ばれたように、一人の男性が店を覗いた。


「景気が良さそうじゃないか」

 店番の女性よりも、もう少し年嵩に見える男性が、親しげな様子で店に入ってくる。

「あら、主さま。主さまのおかげがあってこそ、ですよ」

「いやいや。私の方こそ、皆に支えてもらっているからね」

 “主さま”と呼ばれた男性は、どうやら うらない路地の取り纏め役らしい。


「お嬢さん、ここでの探し物は見つかったかい? 他の店にも、いっぱいお守りや呪いまじない物があるから、ゆっくり楽しんでいっておくれ」

 主さまに声を掛けられて、娘はここへ来た目的に立ち返る。

 つい、店番の女性のペースに乗せられて長居をしてしまった。

 思い出の香袋に惑わされた。



「で、どうだい? 何か、気になったお守りはあったかい?」

 女性に尋ねられた娘は、改めて店内を見渡す。

 主さまの手前、何も買わずに店を出るのも、心苦しい。

 惑わされた香袋も何かの縁だ。


「お守りも良いと思うんですけど……お姐さんが着けてるその香袋は、買えますか?」

 なんとなく、主さまの前では丁寧に話してしまう自分に戸惑いながら、娘が店番の女性に尋ねてみると

「香袋? ああ、これ? これなら半日……いや二日、時間をくれたら作ってあげるよ」

 あっさり手に入ることになった。



 店の奥から端切れの入った籠を抱えてきた女性は、娘に好きな生地を選ばせる間に、主さまを含めた三人分のお茶を淹れようとしていた。

 娘が見ている前で、片手鍋に一掴みの茶葉を入れたかと思うと、テーブルに置いてあったヤカンからお湯を注ぐ。

「熱いから、気をつけて」

 そんな言葉を添えて、差し出されたカップを受け取った娘は、ここでも懐かしい香りと再会した。

「これは薬草……?」

「おや、よく知ってるね。北の方で取れる薬草でね。毛布の虫除けに使うらしいよ」

「飲んでも、大丈夫?」

 毛布に絡んでいた葉っぱのかけらを、うっかり噛んでしまった日には、涙が止まらなくなる草だったはず。

 恐る恐るカップを覗く娘に、

「それは、お茶として私が精製してるから、大丈夫だよ。気に入ったら、買っていっておくれ」 

 と、主さままでが商売っけをみせる。



 主さま謹製のお茶は、意外なほど飲みやすく、娘は爽やかな後味が気に入った。

 だが、ここで香袋を作ってもらったうえに、お茶まで買うほどの小遣いは持ってきていない。

 さらに言えば、最初の目的である、天気師には会ってすらいないではないか。


 路地を眺めながらカップに口をつけている主さまの横顔を見ていた娘は、天気師に会うための鍵が、目の前に転がっていることに気づく。

「あの……主さま」

「うん?」

「この路地で、天気師に会ってみたいのですが。どこに行けば会えますか?」

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