村一番の天気師

園田樹乃

第1話 都へ

 娘は、村で一番の天気師だった。

 年寄りたちが『あの山に雲傘が掛かったら雨になる』とか、『川向こうに黒い雲が見えるから雪になりそうだ』とか、好き勝手な予惻をしているのを尻目に、風の匂いや肌に触れる湿気を感じ取って、的確に翌日から五日先までの天気を当てることができた。


 しかし、酒飲みの父が早く死に、女手一つで兄と彼女を育てていた母が病に伏せてから数年後。

 野菜を届けに来た親戚と言い争いになった彼女は、相手に怪我をさせてしまった。

 非は相手にあったものの、有る事無い事を言いふらされた彼女は、村に居づらくなってしまった。


「兄ちゃん。私。村から出ていくよ」

「でも、どこへ?」

「街でも、天気師の仕事はあると思うんだ。きっと」

 洗濯の都合とか、旅の予定とか。

 天気に左右される事柄なんて、人の多い街ならきっと、山のようにあるはず。


 若者に特有の楽観で、彼女は村から出て行った。



 近くの街で天気師として、働くこと十年足らずで、娘の評判は街で知らぬ者のないほどになった。

 僅かずつではあるものの、家族に仕送りもできている。

 そうなると、次第に欲が出てくるのが、人間というもので。


 更なる名誉と収入を目指して、娘は都へと向かった。



 都の外れの安い宿に住み込みで働きながら、旅人相手にこれからの天気を伝える。

 やり方は、今までと同じく風や湿気を感じとるだけ……のはずなのだが。


「おい、今日は晴れるんじゃなかったのか⁈」

 夕立にあって、びしょ濡れになった行商人が苦笑いをしながら帰ってくる。

「市で、降られてよ。酷い目にあったぜ」

「すみません。荷物は大丈夫ですか?」

「これから、部屋で乾かさないと。はぁ、参った、参った」

 彼女が差し出した手拭き布を頭に被って、階段を上っていく後ろ姿に頭を下げる。


 おかしい。

 都に来てから、天気が当たらない。

 全て外れるなら逆張りもできるが、そういうわけでもない。

 良くて……一か月の勝率が、七割をきるくらいか。


 今日だって、雨が降るような湿気は感じ取れなかった。 

 なのに、お城の向こう側からいきなり雲が湧き出してきたのだ。

 そして、半刻あまりシトシトと街を濡らして、忽然と消えてしまった。

 あとに残った風は、雨の後とは思えない肌触りで。

 娘にとっては、幻覚を見せられたかのようだった。



 困った。これでは、とても天気師で食べていくことは無理そうではないか。

 悩みつつも、娘は日々の生活に追われる。

 その生活にしても、天気が当たらないとなると、なにかと差し障りが出てくることに、娘は気付く。


 『今日は大丈夫なはず』と、洗濯物を中庭に広げて干したまま、皿洗いをしていたら、通り雨に濡らされた、とか。

 『雨が降るのは朝のうちだから、買い出しは雨が上ってから』と算段しているのに、実際に雨が降ったのが、夕方近くだったとか。


 宿の女将さんや、顔馴染みになった客たちは

「お城でお抱えの天気師じゃあるまいし。ちょっと外すのくらいは、ご愛嬌だよ」

と慰めてくれるのだが。

 お抱え天気師レベルを目指す娘としては、そんなことは言ってられない。


 ここはひとつ、初心に帰ろうと、村の年寄りたちが言っていたように、雲の形や風の様子なんかも気をつけて観るようにした。



 仕事の合間に空を眺め、自分の感覚と照らし合わせる。そんな生活を半年ほど続けた彼女は、予測が外れるのではなく、半日から一日半程度、ずれていることに気づいた。

 そして、晴れるはずの空を、お城の向こうから湧いてきた雨雲が覆い尽くす様を何度も目にして。

 天気師の勘で、お城の向こうに何かが在ると察した。



「お城の向こう、つったらあれだろ? うらない路地じゃないか?」

 出入りの粉屋に尋ねると、彼女が聞いたことのない言葉が返ってくる。

「うらない路地? うらないって、何を売らないの?」

「ああ、都育ちじゃないと、知らないか。占いってのは、未来を見てくれたり、願いが叶うように祈ってくれたりする人達のことだな」

「未来を見るってことは、天気師もその仲間?」

 住む場所を間違えたか……と、反省している娘を、炊事場から呼ぶ声がする。


 仕事への戻りぎわ、『今度、詳しく教えて』と、頼んだものの、しばらく粉屋と顔を合わせるチャンスに恵まれなかった娘は、自分で調べることにした。



 とはいえ、街の噂を集めた程度のことなので、分かったことといえば、人前で魔法を使うことが禁じられているこの国では触法スレスレのちょっと怪しげな路地だが、昼間に行くなら問題なさそう、というくらいの内容だった。

 そもそも、魔法が存在することすら知らなかった娘は、『さすがに都は色々な事が在る』と関心すらしていた。

 


 そんな路地へと、娘は休日に一人で向かった。

 乗り合い馬車に揺られて、近くはない距離を歩く。

 人目を避けるようにたどり着いた一角には、気のせいか薄く霧が漂っているように見えた。

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