第53話 季節は流れゆく

【前話までのあらすじ】

ヴァン国ハーゲルを出発し、セレイ村に立ち寄るロスたち。ご馳走と笑顔の歓迎は、まだ17歳のライスとリジにひと時の休息を与えてくれた。一方、キース・レックから「形のない宝石」の情報を得るロス・ルーラ。いったい「形のない宝石」とは何なのだろうか?

◇◇◇


【本編】


 「そ、そんな.. トレンが死んだだと」


 トレンの死を知ったワイズ・コーグレンは意外なほど彼の死に落胆していた。


 きっとトレンはワイズにとって掛け替えのない相談役、いや、もしかしたらワイズの本音を聞いてくれる数少ない人物だったのかもしれない。


 その彼が孫娘のリジの殺害を企てていたことなど微塵も想像していなかっただろう。


 ロスは、トレンがカシュー国にそそのかされ苦悩の末にしてしまったことだと伝えた。


 通常、ワイズの立場の人間ならば、その事実だけで怒り心頭であろうが、ワイズは怒りよりも悲しみを滲ませていた。


 「なぜ..そんなことを..トレン、お前の言葉ならば私は耳を傾けたのに」


 「ワイズさん、彼はこの国に本当の民主化を望んでいたのです」


 「民主化?」


 「はい。誰もが公平であり国民の意思が国を動かす。そんな国を彼は願っていたのです。それを心に留めてあげてください」


 ワイズはうつむきながらもしっかりと頷いた。


 「ところで、トレンをそそのかしたカシュー国の者とは誰なのだ?」


 「さぁ、それを聞く間もなく彼は殺されてしまいました」


 ロスは嘘をついた。


 事件はこのまま沈静化させるのが一番いい。


 カシュー国はペドゥル国の財を手に入れ、鬱陶しい御三家を従属させることができたのだ。さぞやアジム王はご満悦であろう。


 これ以上ヴァン国が犯人探しをするのは、政治的に得策ではない。


 それに『礼精の使長』。


 もしも、この者の正体が『闇』に関係する者ならば..今はまだ動くべきではない とロスは思っていた。


 その朝、『チグルの服』の店主自らジュリスの店まで出向いてきた。取り敢えずワイズ・コーグレンの身なりを整えてもらった。


 そしてリジには新調したメイドの服が届けられた。


 コーグレン家の孫娘がメイド服を着ることにワイズは複雑な心境であったが、リジには頭が上がらないのが実情である。


 『どうですか、おじい様! 似合うでしょ?』という問いに、ワイズは若干ひきつった笑顔で頷くほかなかった。


 そしてジュリスの店をでるとヴァン国領主の威厳ある顔つきで、堂々とペドゥル国をあとにした。


 ハーゲルの街につくとワイズはリヴェヴァリオ国のサルド王への書簡をハーゲル中央裁定所経由の正式な形で発送した。


 ロスは保険としてワイズにもう一通、同じ書簡を書いてもらい、それをキース・レックの商売上の裏ルートでリヴェヴァリオ国へ送った。


 この手紙が届けば、即座にリヴェヴァリオ国から調査団が派遣され、ラクル地区にはペドゥル国はおろかカシュー国でさえ侵害は許されなくなるのだ。


 そしてラクル地区の鉱山で強制労働させられている角人たちは解放されるだろう。


 結局、このワイズ・コーグレンの拉致事件でカシュー国が得たものは、ペドゥル国との長きにわたる因縁の決着、それだけであった。そしてヴァン国はハーゲル中央裁定所責任者でありワイズの相談役トレン・トリニットを失う悲しみだけが残った。


 その後、ワイズはトレンの心を汲んで、中央裁定所に民衆の意見や要望を包み隠さずにコーグレン家へ届けるように通達をした。


 リジはブレンの街、ギガウは父親コラカの待つ村へ帰ることにした。


 そして、ライスはしばらくの間『ロスのすごい果樹園』の手伝いをしながら、ロスから魔法使いとしての指導をしてもらうことにした。


 氷のアシリアは、『牢獄の魔道具』に関係する水の国リキルスの調査を開始した。


 それから4カ月の月日がたつと季節は寒い冬から土がふくらむ初春へ移り変わった。


   【 果樹園の魔法使い~形のない宝石を求めて 1巻 完 】


       ・・・引き続き2巻をお楽しみください。

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