第52話 何かの前触れ

【前話までのあらすじ】


ハーゲル中央裁定所のトレンは自白した。ヴァン国を本当の民主国にしたいという強い理想が彼を犯行におよばせたのだ。そして彼が息絶える前に残した黒幕の名前。ロス・ルーラはいったいどうするのであろうか?

◇◇◇


【本編】


 ハーゲル中央裁定所の最高裁定人にて責任者、トレンの死は大きな騒ぎとなった。


 だが、日々多くの申請書が舞い込む中央裁定所は機能し続けなくてはならない。


 すぐに評定室にて次期責任者が認定された。



 「数時間もすれば、また元の落ち着きを取り戻すだろうさ」


 まだ、慌ただしい中央裁定所を見ながらロスは言った。


 「うん。でも、そういうのって、ちょっと寂しいね..」


 「ああ.. でも、そうやって時は進んでいくんだ」


 ロスたちは衛兵に事情聴取を受けたが参考程度で身柄拘束されることもなかった。


 それはリジ・コーグレンを拘束するわけにはいかないからでもあった。


 ロスたちは自由なうちに早々とハーゲルを脱出することにした。


 そしてワイズ・コーグレンを迎えにペドゥル国へ向かうのだった。


 ハーゲルの街をでると、リジはつぶやいた。



 「まただ。また私は特別扱いされたんだ.. トレンが言っていたことは事実だ」



 「リジ君。トレンには現在の領主国が間違っているように思えただろう。でも、今、この瞬間に自分の幸せをかみしめて生きている人もいる。大きな大義のために小さな幸せを壊すようなことは、きっと間違ってるんだよ」


 ロスがそう言うと、リジはしばらくの間、黙っていた。


 きっと、この先の答えは彼女自身が見つけていくものだとロスは思っていた。


 西の分岐路に来るとロスはセレイ村まで足を延ばそうと提案した。


 どうせ、早くペドゥル国に着いても、あちらはあちらで大騒ぎになっているに違いない。


 ロスはライスとリジに少しでも休める時間を与えてあげたかった。


村が見えて来るとライスとリジに気が付いた子供たちが笑顔で駆け寄って来た。


 最初に来た時は警戒していた村人たち、一度受け入れたライスとリジを家族同様に迎えてくれた。


 甘いハイゼの実で作ったパイやセイブロンのお茶などがテーブルに運ばれ、さっそく歓迎会を開いてくれた。


 思わぬ歓迎に、はにかむリジに大きな口をあけて笑うライス。


 そんな二人を見て、ロスの心も少しだけ軽くなった気がした。


 「どうだ、ロス。あの魔法使いの子は」


 キース・レックが背後からグラスを差し向ける。

 

 「ああ、あの子は俺の思ったとおりの子だよ。だけどそれだけじゃない。あの子を中心に自然に仲間が集まってくる」


 「..勇者ソルトのパーティのようにか?」


 「わからない..だが、そうだとしたら同時に何かの前触れかもしれない」


 「そうか、ならば、この情報もそのひとつかもしれないな」


 「なんだ? もったいぶって。お前らしくないな」


 「『形のない宝石』の目撃情報だ」


 「なんだと! 本当か!」


 ロスは興奮した様子で声を大きくした。


「確証はない。だが今回は具体的だ。80年前のガセとは違う」


 ロスの大きな声にライスはしばらく2人の様子を見ていた。


 ロスとキースは2人で店の中へ入っていった。


 ・・・・・・

 ・・


 歓迎会で腹いっぱい、ごちそうを食べるとライスとリジは、近所のルルさんの家で数時間の仮眠をとった。


 「ふぁ~、よく眠った」


 眠りから覚めたリジは少しスッキリした顔をしていた。


 やっぱり思いつめた時にはおいしい食事と睡眠は効果的だ。


 リジは我の事ながらそう思っていた。


 ライスはまだのんきな顔して眠っていた。


 そんなライスを見てると自然と笑みがこぼれる。


 窓から外を見ると、キース・レックの店のポーチの椅子にロスが座っていた。


 リジはロスのもとにいくと隣に腰かけた。


 「ロスさん、私、さっきロスさんが言ったこと少しわかった。ライスの寝顔を見て、私、ひとりで笑ってたんだ。 ..もし領主を民衆の投票で選ぶというならば、私はそれに反対はしない。それがいつになるかはわからないけど、それまでは私は私のできることを精一杯やろうと思う」


 「そうか」


 「うん」


 「君ならきっと何でもできるよ」


 言葉少なくそう返事すると、ロスはこれ以上危険な旅にリジを巻き込むべきではないのかもしれないと考えていた。


 ・・

 ・・・・・・


 ロスたちがセレイ村を旅立ち、再びペドゥル国に着いたのは深夜だった。


 ペドゥル国の正門には既にカシュー国の衛兵が門番として立っていた。


 『凡貴族証明証』を見せると意外にも普通に入国することはできた。この門番の役目は入国者にではなく出国者への見張りなのだ。御三家に関わるものを国外に逃がさないための見張りだ。


 カシュー国の王アジムは、長きにわたるカシュー国とペドゥル国の対立に終止符を打つつもりなのだ。


 ロスたちにとってそんな国同士の関係などどうでもいいことだった。


 街は深夜という事もあり、静まり返っている。


 西門のジュリスの店に入るとワイズ・コーグレンの寝息が聞こえた。壁際の椅子にはギガウが座っていた。もちろん、起きている。西門中心に広範囲にわたって縄張りが敷かれているため、彼はロスたちが帰って来たことを早々に気が付いていた。


 「みなさん、お帰りなさい。どうでしたか? ヴァン国へは帰国できそうですか?」


 「ああ、決着がついたよ」


 「そうですか。詳しい話は明日にしましょう。今日はもう眠りましょう」


 ギガウは店の奥から敷布を持ってくるとそれを床に引き横になった。彼はロスたちが帰るまで、椅子に座り気を張り続けていてくれたのだ。


 その夜はライスもリジも静かに眠りについた。


 ロスは天井に揺れる小さな火のゆらぎを見つめながら、キース・レックからの情報を思い返していた。


 「『形のない宝石』.. 待っていろ、今度こそ、手に入れてやる」

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