第51話 真の平等を願う人

【前話までのあらすじ】

ペドゥル国西門のジュリス・ランの店にワイズ・コーグレンとギガウを残して、ロス・ルーラ、ライズ・レイシャ、リズ・コーグレンは最後の大掃除にヴァン国ハーゲル中央裁定所へ向かう。これでヴァン国、ペドゥル国、カシュー国の3国の思惑が交差する陰謀は終わるのだろうか。

◇◇◇


【本編】


 ペドゥル国の立派な城壁と比べると5m弱のハーゲルの防壁は可愛いものに見えてしまう。


 ロスは白虎と黒豹を紙に戻して、ハーゲルの街へ入っていく。


 そしてワイズ・コーグレンの屋敷に寄ることなく、そのままハーゲル中央裁定所へ向かった。


 一応、総合受付に最高裁定人トレンに面会したい旨を伝えた。


 案の定の応えが返ってくる。


 『お約束をお取り付けのうえ、後日、ご来訪ください』


 全く取り合う気のない言葉だった。


 「あなた、私をよく見なさいよ。私がいったい誰だかわかってるの? あなたね、ちゃんと仕事しないと酷い目に合うわよ」


 リジ・コーグレンが昔のわがまま娘のテンションで受付に詰め寄った。


 「んん? ..はっ! リジ様! 申し訳ございません。すぐに確認してまいります」


 受け付けは裸足のまま最高裁定人執務室へ走って行った。


 「ちょっと脅しにしてはやりすぎな感じだったね?」


 「そうかな? 昔はあんな感じが普通だったよ」


 スパイスの効いたライスの返答に頭を抱えるリジだった。


 3分ほど待つと、受付自ら案内をし、執務室の扉をたたいた。


 重い扉が湿った軋み音を立てた。


 ロスたちの姿を見るとトレンはスッと立ち上がり、まっさきにリジを抱擁した。


 「失礼しました。つい感極まってしまいました。お許しください」


 「 ....」


 トレンはロスに向かうと手を取って言った。


 「ロスさん、よくぞリジ様を無事に守ってくださいました。ありがとうございます」


 「はい。私は私の役目を果たしただけです」


 ロスが通常の受け答えをしたあと、ライスがぼそりと言った。



 『よもや守り通すとは思っていなかった。余計な事をしてくれたな』スパイスライスは継続中だった。



 それを聞いてロスは笑いをこらえることが出来なかった。ひとしきり笑うとトレンに言った。


 「ははは.. はぁ、はぁ。まったくライスの言う通りだな。トレンさん、もう猿芝居はやめにしよう。もうわかっているんだ。あなたの最終目的は『リジを殺すこと』だったんだろ」


 そのロスの発言に、リジだけでなく、トレンも驚いていた。


 「な、何を馬鹿なことを! めったなことを言うのはやめてください、ロスさん! 侮辱罪にあたりますよ!」


 それでもロスはやめなかった。


 「俺たちは、今回の騒動の裏でカシュー国が糸を引いていることは知っているんだ。そして何も知らなかったのは、ペドゥル国の御三家だったってこともね。なぜなら、この一連の騒ぎは『御三家の凋落』と『リジ・コーグレンの暗殺』だったからだ。ワイズ・コーグレンはリジ君をおびき出すためのパンくずだったんだ」


 「いい加減にしなさい! なぜ私がそんなことを」


 「世襲制度をやめさせるためさ。あなたはリジ君を亡き者にしたあと、ワイズさんには正式な書面でヴァン国領主を辞任してもらうつもりだった。 もしくは権利の譲渡かな?」


 トレンは眼鏡をはずし、机の上の眼鏡置きに乗せた。


 「証拠は.. 証拠はないのだろう?」


 「ああ、ないさ」


 トレンは窓から見える街を見ながら言った。


 「この街は平和だ。それはこの中央裁定所が公平に治安を守ってくれるという民の安心があるからだ。貧富の差はあれど、街の人々はお互いに助け合い暮らしている。ただひとつの存在を除いて」


 「ワイズ・コーグレン、いいや、コーグレン家のことですね?」


 「ふんっ。ロスさん、あなたはライスの逮捕に異議申し立てをした時、この中央裁定所がどういうものか知ったはずだ」


 「ああ、民衆に公平だと思わせる機関だったな」


 「そうさ、この国の民主制そのものさ。見せかけさ。実はすべてがコーグレン家の為にあるんだ」


 「これからは、私がおじい様を説得してもっと公平な機関にしてみせる」


 リジがトレンを見据えて自分の覚悟を伝えた。


 「ははは。これは傑作だな、リジ・コーグレン。 ほんの少し髪が焦げた程度で、そこのライスを斬首刑にしようとした君がか?」


 「で、でも、最終的にリジは私を助けようとしてくれたよ」


 ライスがリジをかばった。


 「君はばかだなぁ..私の母と同じだ.. そこのリジは自分の罪に耐えられなくて君を助けようとしただけだ。自分の為だ。君の為なんかじゃない。そもそも、彼女が『腹いせ』に君を訴えなければ、こんなことにはならなかったんだ。悪の根源は彼女だ」


 トレンの話しぶりはまるで『ライスに考えを改めてほしい』、『自分の考えに賛同して欲しい』、そんな風に見えた。


 「だから、あなたが変わってヴァン国を収めようとしたのか? この数日間のように」


 「ロス・ルーラ。君もわかっていないな..確かに領主不在の間は私が代行を務めることになっている。だが、もしワイズに『失踪宣告』がなされれば、領主の権利はコーグレン家へ戻ってしまう。必要なのは『真の民主化』だ。民衆の中から投票で領主を選ぶことだ。それこそが平等の世界。私はそれを成す国民の手伝いをしたかったのだ....」


 「トレン、それは君の自白ととらえていいのだな」


 「何ととらえてもらおうと結構。君たちには廃人になってもらうのだから」


 トレンがカフスボタンを撫でると一瞬で部屋が闇に包まれた。


 「まずいっ! こいつは闇の魔法だ!」


 トレンが扱う闇の魔法は、ロスが闘った闇の従者クラムよりも強力だった。


 既にリジは夢の中に連れ込まれていた。


 そしてロスも深い夢の中へ引きずり込まれそうになる。


 ロスは思った。


 (ライスとリジを助けなければ.. やれやれ..使うしかない..か..)


 [ —ライズ・ケ・・・ ]


 ロスが詠唱を唱えようとすると、空から白いものが降って来た。


 ( 雪か? )


 ロスの手の平に乗ったのは純白の羽だった。


 それが雪のように降って来る。


 [ —ライズ・ラクチュア— ]


 女性の澄んだ声が響き渡ると羽に闇が吸い込まれていく。


 それは、闇を女神の羽に封印する高位魔法だ。


 全ての闇が取り払われると、ライスが膝を着いて倒れた。


 「ライス!」


 ロスはライスに駆け寄った。


 「な、なんだ! どうした! 闇の精霊!!」


 トレンがカフスボタンを叩いていた。


 「無駄だよ、トレン。闇は封印され、精霊も既に『牢獄の魔道具』から解放されている」


 ロスはトレンに言いながら、倒れたライスを介抱する。


 「こ、この! 計画を邪魔しやがって! 計画を.. 貴様、私をどうするつもりだ?」


 「あなたにはリヴェヴァリオ国に行ってもらう。そこであなたは『闇』について厳しい尋問を受けることになるだろう」


 「 ....そうか.. 潮時か—」


 —シュ


 その時、トレンの胸に3本、翠の矢が刺さった。


 「馬鹿な! アシリア! なぜだ!!」


 [ — 私は、『牢獄の魔道具』を使う者を決して許さない — ]


 アシリアの強い思念が伝わった。


 「 ..悪人の最期とは.. こん..なものだな。 ロス..ル..カシュー..礼精の..使長..」


 そのままトレンは息絶えた。


 「トレン! カシュー国、礼精の使長が今回の黒幕か?」


 しかし返事が返ってくることはなかった。


 ・・・・・・

 ・・


 トレンの死は御三家の手を離れた「山の民討伐隊」の報復によるものとなった。


 トレンの遺体は丁重に埋葬された。


 やがて、中央裁定所の広場に、彼の銅像が建てられることとなる。


 そこにはこう刻まれた『真の平等と平和を願った最高裁定人』

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