第50話 カシュー国のお膳立て

【前話までのあらすじ】


角人の解放、そして御三家からの報復回避のため、ワイズ・コーグレンはリヴェヴァリオ王国に書簡を送る手筈を取る。そして、ジュリス・ランを閉じ込めていた結界は、ギガウの能力、地の精霊の縄張りを上書きすることで効力が無くなった。453年間、ペドゥル国に繋がれていた鎖は砕かれ、ジュリス・ランは世界一美しい湖、ルメーラ湖へ帰って行った。

◇◇◇


【本編】


 ギガウが広範囲に精霊の縄張りをひいたため、西門の近くにはギガウの許可なき者は近寄る事が出来ない。


 悪意を持って侵入する者は、地の精霊の呪縛に飢え死にするまで街を彷徨うことになるのだ。


 「ワイズさん、しばらくはここに滞在してください。この店の中は何処よりも安全です。私たちは最後の掃除をしにヴァン国へ戻ります」


 「ハーゲル中央裁定所へいくのか....わかった。だが、気を付けるのだぞ」


 「はい」


 ロスはリジに向き合うと言った。


「リジ君、君もここに—」「嫌よ! 私も一緒に行く。だって私たちは仲間でしょ?」


 リジは言葉を遮り大きな声で返した。


 こうなっては、リジはテコでも意思を曲げることは無い。ロスはリジをここへ置いていくことを諦めた。


 「おじいさま、行ってまいります」


 真っすぐワイズの眼を見て言い放つその姿は、17歳にしては凛としていた。


 「ああ.. リジ、気を付けてな.... リジ、今まですまなかった。そしてライス君、ロス君、私は君たちに本当に申し訳ないことをした。許してくれ」


 ワイズ・コーグレンは家の名誉のためしたライスに対して行った全ての行為を謝罪した。


 その謝罪に対してライスは....


 「そうですねぇ。許せませんね。だからヴァン国に戻ったらとびっきりのご馳走してください」


 ライスはニカッと笑うのだった。


 「ああ、最高の料理人を呼んで君を招待しよう」


 ギガウはワイズを守るためにジュリスの店に残ることにした。


 店から出ると街は騒がしい事になっていた。


 「よう、久しぶりだな、ロスの旦那よ」


 西門の外でロスを待ち伏せしていた興信所のマイルが声をかけてきた。


 「やあ、マイルか。君の情報のおかげで助かったよ。ところで、この騒ぎはいったい何だ?」


 「ははは、あんたがそいつを俺に聞くのかよ? いよいよ、カシュー国が動き始めた。奴ら『094部隊が国家を転覆させる犯罪に手を染めていた』と御触れを出したのさ。今、イヴ家やそれに関わる者が連行されている最中だ」


 カシュー国によるペドゥル国を貶める陰謀はぬかりなかった。奴らは常にどこからかロスたちの動きを監視しながら、計画を進めていたのだ。


 ワイズの拉致、角人狩り、違法な人身売買、ありとあらゆる罪を、イヴ家に押し付けるつもりなのだろう。


 これによりバス家とガロル家の討伐隊も廃止せざるをえなくなるのだ。


 ペドゥル国はラクル地区の魔石やティアール鉄の採掘が出来なくなった上に、角人の「秘想石」も採取することが出来なくなる。


 つまりペドゥル国は『金の生る木』を全て失ってしまったのだ。この先、御三家は取りつぶされることになるであろう。


 ペドゥル国は、新たな国の長を民主的な方法、選挙によって決めることになるのだ。


 民主的な方法『選挙』を誰よりも熱望する人物がヴァン国にもいた。カシュー国は言葉巧みにその者の耳元で囁いた。

——君がこの計画にのってくれるだけで、ヴァン国は本当の民主国になるのだよ。領主国は王政ではない。民主国でなければならない。難しい事ではない、私たちの言う通りに動けばいいのだ——


 「マイル、俺たちは騒ぎがこれ以上大きくなる前にヴァン国に向かう。君に頼みたいことがあるんだ。チグルの店に行って、リジのメイド服を新調して欲しい。代金は弾むと言ってくれ」


 「わかった。でも俺は今のままでもいいと思うけどなぁ」


 メイド服は脇から胸元までぱっかりと開いて横乳がわずかに見えていた。


 リジが聖剣を振ると風刃がマイルのズボンのベルトを切った。


 「あら、はずしたわ。もう少し下を狙ったのに..」


 マイルはズボンを押さえて『バカヤロー』と叫んで走り去った。



 ヴァン国方面に通じる南門は開放されたままだ。いや、わざと閉じていないのだ。ロスたちの次の行動を予測してのことに違いない。


 ロスたちは急いで南門を通過すると直ぐに森の中へ身を隠した。


 森の中へ入ると、木の葉の陰からアシリアが姿を現した。


 「アシリア!」


 ライスがアシリアに抱き着いた。


 毎度毎度、ライスはなぜこうもアシリアが好きなのだろう。


 「ロス・ルーラ、森には誰も潜んでいないから大丈夫だ」


 だが、ロスはアシリアからする血の匂いを感じ取った。アシリアが誰かを殺したのは明白だった。だが、ロスはそれに触れることはしなかった。


 「あなたには感謝する」


 めずらしくアシリアがロスへお礼を言った。


 「前々から、ペドゥル国には精霊やエルフを縛り付ける結界を感じていた。あなたがその結界を壊したのだろう?」


 「いや、やったのはギガウだ」


 「そうか、あのチャカス族か..だが、あの男を連れて行ったのはあなただ。ありがとう」


 それだけを言うとアシリアは、再び木の葉の陰に隠れた。


 「たまには一緒に行動しないか?」


 「 ....」


 森を進んでいくと、リジが質問した。


 「そう言えば、私、094部隊の奴と闘った時、銀鴉(ぎんあ)が反応しなかったの。何でかわかる、ロスさん?」


 「銀鴉は防具としては伝説級の代物だ。君が後ろから襲われようと銀鴉は防いでくれる。ただひとつだけ欠点がある。それは君が経験したことがない攻撃には反応が遅れるということだ。だが、それは最初の1度だけだ。銀鴉は君の経験と同じだけ学習する」


 「そっか。あいつの風のブーメランは予想できなかったもんなぁ」


 「でも君はもう風のブーメランを知っているだろう? 銀鴉にはもう通じないよ」


 白虎と黒豹を召喚すると、ロスたちはそれらに跨った。アシリアが最短距離を案内してくれたおかげで西の三叉路に到着するのに、さほど時間はかからなかった。


 左に行けばキースのいるセレイ村、右に行けばヴァン国中央都市ハーゲル。

 

 白虎と黒豹は右の道の土煙を巻き上げながら疾走していく。

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