第49話 国家間の問題の解決方法

【前話までのあらすじ】


094部隊ゲルの「牢獄の魔道具」に入っていたのは精霊ではなかった。彼を想う森の友達、小鹿のリミであった。ゲルは小鹿のリミの魂とともに大好きな森に帰った。そしてヴァン国ハーゲル中央裁定所責任者トレンもこの決闘裁定からワイズ・コーグレン拉致に関与していることが明らかになった。

◇◇◇


【本編】


 ロスたちはぺドゥル国の東門前についた。ワイズ・コーグレンを白虎の背にのせて。その様子は行き交う冒険者たちの目を引いていた。


 客観的に見て、確かに異様なパーティだ。どこにでもいそうな農夫に黒ドレスの魔法使い、メイドは剣を携え、白虎に乗るじいさん。


 そんな異様なパーティを衛兵が遠くから警戒をしていた。


 門の前で当然、止められる。


 「貴様ら、何者だ?」


 「あぁ、俺はこう見えてもこの国の凡貴族だよ」


 怪訝そうな表情の兵に、身分証明書を見せようとロスが鞄をまさぐっていると、大きな声と共に謝罪の声がする。


 「これは、大変な御無礼を。申し訳ございませんでした」


 初老の兵がワイズの正体に気がついて走って来た。


 衣服は汚れ、髭が伸び、髪もボサボサの姿。逆にヴァン国の領主だと気が付く者がいたことに驚きだ。


 ワイズはバツが悪そうに顔を背けていた。


 「よい、よい、気にするな」


 その様子がやたら滑稽でロスは吹いてしまった。


 「ロスさん、本当におじいさまはもう襲われることはないの?」


 「あぁ、それは保証するよ。むしろ、衛兵に知られたことは好都合だ」


 ロスたちはぺドゥル国でも一番機密が保持できる場所を目指した。


 西門の仲介屋ジュリス・ランの店だ。


 門番はロスの顔をみるや、扉を開いた。


 「やぁ、ありがとう、セラ」


 「あの筋肉門番、名前あったんだ!?」


 「こら、リジ君」


 店の中に入るとジュリスが貫禄マダムに目配せをする。


 客は問答無用に追い出された。


 ジュリス・ランは目を細めながらそこにいる顔ぶれを見やった。


 感心しながらも警戒心の強い彼女は隙を見せようとはしない。


  「ほぉ、さすがはロス・ルーラ。有言実行の男だ。次の駒をどう動かすのか興味深いねぇ」


 「ジュリス、突然押しかけて申し訳ない」


 「別にいいよ。お前らは特別だ。この場の話は決して外部に漏れない。好きなだけ使うといいさ」


 ジュリスはロスがここに来た理由をわかっていた。


 「ねぇ、ロスさん。角族の人達は助けないの? 今、この間にも他の討伐隊が角族に酷いことしているのでしょ?」


 「そうだよ、ロスさん。ラクル地区では今もどこかで角人が強制的に働かされている。それを助け出さないと」


 ライスとリジはラクル地区の採掘場の角人を力づくでも解放させようと思っているようだった。


 しかし、ロスには事を慎重にする必要があった。


 それはこの問題には政治的な意図があること、そしてカシュー国の要人の中に「闇の従者」が紛れ込んでいる気がしたからだった。


 奴らの目的は『混沌』だ。


 人が人を疑い、争いが生まれる様を眺めるのが好きなのだ。


 「ワイズさん、正直に答えて欲しい。これはリジ君の命に係わる問題だ。あなたは角人のことを知っていましたね」


 「..ああ、知っていた」


 「知っていたの!? まさか、おじいさんも!?」


 リジがワイズに詰め寄った。


 「リジ君、君のおじいさんは否定派の立場をとっていたんだよ。そうですよね」


 「リジ、お前の母に誓って言う。私は『秘想石』や『魔石』の取引には反対の立場だった」


 「本当に? 私、信じてもいいの?」


 リジは決闘裁定において、ワイズが見せた特権への執着心に、彼の言葉を信じることができないでいた。


 「リジ君、ワイズさんのいう事は本当だ。むしろ、ワイズさんは何も知らない」


 続けてロスはワイズへ質問を続けた。


 「ワイズさん、あなたは今のラクル地区、いや旧ルメーラ国の大地が蘇りつつあることを知らないですよね」


 「なに! あいつらそんなことはひと言も言わなかったぞ」


 「やはり..あなたはペドゥル国御三家のラクル地区における採掘を非公式に認めていた。それは交易の国であるヴァン国にティアール鉄の好条件な取引を約束されていたからですね」


 「ああ、そのとおりだ。我々にとってラクル地区は危険な場所だった。何度も調査団を派遣してもことごとく魔獣に壊滅させられ、ラクル地区の実情さえ知ることはできなかったんだ」


 「ライス、闇の従者モノクルが森で言った言葉を覚えているかい?」


 「えっと『関係者以外が入って来たな』だったかな」


 「そうだ。あいつは誰かの命令であそこにいたんだ。ラクル地区を『滅びの地区』と思い込ませるために。そして御三家は放置している地であるならばと、採掘権の拡大を迫ったに違いない」


 「ああ、そうだ。我々は奴らの手の上で踊らされていたのか..だが、我々も脳無しではない。このペドゥル国での魔石の交易状況、そして角族の迫害を知ったのだ」


 「じゃ、なぜ止めさせなかったの? おじいさまがラクル地区の採掘を中止させればよかったじゃない!」


 「リジ君、君のおじいさんワイズ・コーグレンはヴァン国の長として最大限の仕事をしていたよ。国家間の政治と国益を守りながらね。だから、ワイズさんはこれ以上の採掘権の譲渡に応じなかった。その結果、3つの思惑が交錯する事件になったんだ。あの俺たちの決闘裁定を切っ掛けに」


 「3つの思惑? えっと、ひとつはペドゥル国。それとカシュー国? もうひとつって何?」


 「まぁ、まずはワイズさんには、書簡を書いていただこう」


 「いったい誰に?」


 「リヴェヴァリオ王国宛にです。そして私たちが実際に見たラクル地区の様子をそのまま書いてください」


 「そうか! なるほど!」


 「どういうことなの、おじいさま?」


 「ラクル地区が旧ルメーラ国だったことはもう知っているな。1王国1領主である我が国の祖国だ。大昔に闇の従者に穢され封印された『滅びのラクル地区』。しかし、ラクルに復活の兆しを訴えれば、リヴェヴァリオ国の監査のもとルメーラ国の再建を行うという取り決めになっているのだ。つまり御三家は採掘をやめざるを得ないのだ」


 「え! じゃ、角人は強制労働から解放されるのね!」


 「「やったー!」」リジとライスは手を合わせて大喜びした。


 「でも、ペドゥル国の報復はないのか?」


 黙って聞いていたギガウが質問した。


 「ああ、御三家は悔しいだろう。だが、それどころじゃないさ。ギガウ、北の山の採掘場は動いていたかい?」


 「いいや、もうあの土地の鉱脈は枯れ果てている。それは私がよく知っている」


 「そうさ、御三家、いいやペドゥル国の『金の成る木』は根元から枯れたのさ。そして、奇しくもこれこそがカシュー国が望んだ結果につながったんだ」


 「カシュー国の目的はなんだっていうのよ?」


 「リジ君、前にも話したがカシュー国とペドゥル国は国の成り立ちからして友好ではなかった。その上、ペドゥル家には商才があり莫大な財を成したんだ。やがて財こそは力。ペドゥル国の莫大な財はカシュー国の政治にも大きな影響を与えていた。カシュー国は王国でありながらペドゥル国に頭が上がらないのさ。カシュー国の望むもの。それは王国としての尊厳だ。ペドゥル国が凋落することだ」


 「恐ろしい国だ..カシュー国」


 「ワイズさん、リヴェヴァリオ国に全てを訴える事も出来ますが、どうしますか?」


 「..いや、私はカシュー国の陰謀には気が付かなかったことにしよう。私は血を望まない」


 「賢明です。カシュー国はもうこの事件からは手を引くでしょう。あなたもリジ君ももう狙われることはない」


 ワイズは卓上に押し当てた手を震わせていたが、やがて力をおさめた。


 「ふふん、ロス・ルーラよ。お前は最初から全て計算して動いていたのか? もしや私の『水泡の腕輪』も知っていたのではないだろうな?」


 「ジュリス、それは買いかぶりだ。君の『水泡の腕輪』を探しに行く事も、この場にギガウが来たことも全てが偶然..いや運命だったんだ」


 「....?」


 ジュリスはロスの言葉の意味が分からず思考を停止した。


 「ギガウ、この場のワイズさんの身の安全を完璧にしたい。この周辺を君の縄張りにしてくれないか」


 「ああ、わかった。私はさっきからこの場の精霊を閉じ込める結界が気に入らなかった」


 『我が友、地の精霊フラカよ。この地に縄張りを引いてくれ』


 両手を地に付けるギガウのタトゥが赤く光ると、赤い光の網が四方に拡散していった。


 「ジュリス・ラン、いいや、ジュリアンヌ・ラセルト。これで君は自由だ。この地の富を招くための犠神は終わりだよ、ジュリアンヌ」


 「え..」


 ジュリアンヌの両目からポロポロと留めなく涙がこぼれた。


 「453年.. 453年だった。私はもういいのだな」


 「ああ、自由だ」


 「ワイズ・コーグレン。これをお前の書簡とともに送るのだ。これはルメーラ湖の畔にしか生息しないリリラスの花の腕輪だ。お前の書簡の信憑性があがる」


 ジュリアンヌは自分の腕に付けていたリリラスの腕輪をワイズの目の前に置いた。


 「いいのか、ジュリアンヌ?」


 「ああ、いいんだ、ロス・ルーラ。私の為に作ってくれたライスには悪いが許してくれ」


 「いいよ、ジュリアンヌ。今度はルメーラ湖で作りっこしよう」


 ライスはジュリアンヌに笑顔で答えると、ジュリアンヌは幼女のような純粋な微笑みを返した。


 ジュリアンヌがリリラスの花びらを一枚だけ宙に浮かせると、その陰に消えて行った。


 『私は人間が嫌いだ。だが、わが友の声があらば、私はいつでも、その呼びかけに応えよう』


 言葉を残すとジュリアンヌの気配は完全に消えた。


 「どこに行ったのかな?」


 リジのつぶやきにライスが元気よく答えた。


 「決まってる! 彼女の大好きなルメーラ湖だよ!」

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