第41話 潜入と下見

【前話までのあらすじ】


ミミス村への分岐点まで到着したロスは、極力、戦闘を避けた方法でワイズを助けようと考えていた。そして土地勘のあるギガウから山小屋を教えてもらうと逃走経路の準備も整えるのだった。いよいよミミス村でのワイズ奪還作戦が始まろうとしていた


【本編】


 陽が沈み森の色が無くなり始めた頃、ロスたちはミミス村に到着した。


 草むらから村を覗き見たギガウは、思わず声をあげてしまった。


 「あいつらいつの間にこんな壁を作ったんだ」


 その壁は石と泥を混ぜた固い壁だった。


 門番はいないが、壁の上には弓を持つ2人の見張りが置かれていた。


 「どうするの、ロスさん」


 「ねぇ、あの壁の下を掘って入るのはどうかな?」


 「ダメです、ライスさん。あの壁自体に地の精霊の縄張りがかけられています。下を潜ろうとすれば、間違いなく敵に知られてしまいます」


 「そっかぁ。どうしたらいいのかな..」


 するとギガウは天を指さした。


 見上げると村の遥か上空に何かが覆いかぶさっているのが見えた。


 それは村の端と端にある巨木からの枝でできた天然の屋根であった。


 「ふぇ~、あまりに巨大すぎて気が付かなかった。何あの巨大な木は?」


 あれはこの山麓で最も古く巨大な木です。樹齢は5000年とも1億年とも言われています。


 いわゆる、神木と呼ばれているものです。


 あの枝を伝って村に侵入しましょう。


 「しかし、上空の枝、奴らも警戒しているのではないか? そもそも、奴らはなぜ、枝を切り払わないんだ? 無警戒過ぎるだろ」


 「ロスさん、奴らは切ることが出来ないのです。この山深い村には絶えず山瀬が吹き降ろします。ですが、あの枝が村を風害や寒さから守ってくれているのです。それにあの神木は人を嫌います」


 「嫌う?」


 再び森に入ると、神木がそびえたつ根元まで移動した。


 「みなさん、少し離れてください」


 そう言うとギガウは神木に軽く触れ、素早く手を引いた。


 触れた幹の部分から勢いよく高温の水蒸気が噴射された。


 「ね、神木が人を嫌っているでしょ?」


 「でも、それならどうやってこの木を登って、上空の枝まで行くの? それにどうやってあんな高さから村に降りていくの」


 リジが質問すると、ギガウは腰に巻いたビュルルのツルを指さした。


 「ああ、そっか! このツルで!」


 ギガウはこの便利なツルをみんなの腰に巻かせていたのだ。


 「それと、ロスさん、森の中で出した白虎の式紙はあと何匹出せるのですか?」


 「白虎は2匹、黒豹が1匹だ」


 「わかりました。私とロスさんは白虎の背中に乗って、お二人は黒豹に乗って上まで登りましょう」


 ロスが式紙で白虎と黒豹を出すと、それぞれは2匹の背中にまたがった。


 巨木は物凄い高さだが、幹はなだらかな傾斜をしている。


 幹に直接、人が触れない限り高温の水蒸気は出ないようだ。


 途中、幹にポッカリと開いた穴からベルリスが顔を出していた。


 ベルリスは離れた場所の仲間にリンリンと綺麗な声で会話をし始めていた。


 60m程の高さまで登ると、幹から平べったい枝が張り出し、幾重にも分岐していた。


 「今の場所で、この木のどれくらいの高さなの?」


 「そうですね、ここで1/3くらいですね」


 「ひゃ~、すごい!」


 「でも、世界には空まで届く木があるとも言われています。見た人はいないらしいですが」


 「ロスさんは知ってますか?」


 「ん、んん.. 昔の古文書に書いてあるのを見たことはあるな」


 「さすが、ロスさん、物知りだね」


 そんな会話をしていると村の中心まで来ていた。


 「あの建物の屋上に降りましょう。あそこなら目撃を避けられます」


 「あの建物ってどれ? ギガウ、目が良すぎだよ」


 「 ..皆さん、私についてきてください」


 いよいよ降りる段階になって、リジが決定的な疑問をぶつけた。


 「ところで、このツルをどうやって木に結び付けるの?」


 「あっ!?」


 どうやら、ギガウの計画には穴があったようだ。


 「私が、結んでみるよ」


 「だめだよ、ライス。私たちが木に触れた瞬間に、高温の水蒸気で吹き飛ばされちゃうよ」


 「ううん。たぶん、私もリジも降りることが出来るよ」


 「なんで?」


 「リジには聞こえない? 私には、このブーツの声が聞こえたよ。『大丈夫』だって」


 「う~ん.. わからない..」


 ライスは黒豹の背中から降りようとする。


 「やめろ、ライス! 危険だ! 違う案を考えよう」


 ロスはライスを止めようと声を張り上げた。


 「待ってください。彼女のブーツの素材は、もしかしてネイルコーデンではないですか?」


 「そうよ、ギガウ」


 「それなら、大丈夫かもしれない。ネイルコーデンはこの地にも生息している。古くからネイルコーデンの道具は魂が宿ると言われています。彼女のブーツが声を出すというのなら、もしかして..」


 「そんな賭けにライスを危険には—」


 ロスが言った時には、すでにライスは枝の上に立っていた。


 「ごめん、ロスさん。でも大丈夫みたい」


 ライスの屈託のない笑顔にロスは呆れながらもほっと安心していた。


 「まったく、君という奴は..」


 ライスは手が触れることがないように、みんなのツルを枝に結び付けた。


 そしてツルの端を手渡した。


 「じゃ、みんな、行くぞ! せーのっ!」


 一斉に枝から飛び降りると、ツルは—びゅるるる と下まで伸びていった


 ツルで下降中に全員、気が付いた。


 今から降りる屋上は094部隊の施設であることを。


 奴らは村の半分を取り壊して、この大きな施設を作ったのだ。


 素材は防御壁と同じ泥と石を固めた頑丈な素材だ。


 屋上に降りるとツルを柵に結びつけ、村の様子を見た。


 建物は村のほぼ中心にあった。


 ワイズが閉じ込められていそうな建物を探す。


 見張り役用の宿舎、馬車の納屋、むき出しではあったが祭壇らしきものも備わっていた。


 他は使用していないような小屋が3つほどあった。


 討伐隊の施設に対して、村人の家は朽ち果てた様子だった。


 それはペドゥル国の西側にある貧民街と雰囲気が良く似ていた。


 ロスは考えた。


 —ワイズ・コーグレンは利用価値があって生かされている。それならば環境の良い場所にいるはずだ。


 「リジ君、きっとワイズさんはこの施設の中だ」


 リジは頷いた。


 ロスたちは屋上で隊員が寝静まるのを待った。


 ライスとリジは隊員が朝方まで酒盛りをしているのでは?と心配していた。


 しかし、どんな荒くれ者だろうと何にもない山麓で同じ生活を繰り返していれば、自然と就寝が早くなるものだ。


 案の定3時間ほど経過すると、施設は静まり返った。


 屋上からの階段を月明かり頼りに下りていく。


 下の階は明かりひとつついていない暗闇だった。


 「ライス、頼む」


 ライスの魔法はかなり精度が上がり、小さな炎を自由に浮遊させることもできるようになっていた。


 人の気配はなく、大小の空き部屋。おそらくは会議室であろう。


 階を下へ降りていくと、足元の位置にランプが灯してある。


 ドア付きの部屋が2つ、その先にはカーテンに遮られた大部屋があった。


 間違いなく、ここの階は指揮官と一般兵の寝室だ。


 カーテンを指先で開け、用心深く部屋をのぞく。


 左右の壁際には、ベッドが5個ずつ並び、その上から寝息が聞こえた。


 指揮官の部屋が2つで大部屋に10人、そして見張りが2人。


 この094部隊は少なくとも14人はいる。


 ロスたちは足早にその階を抜け、下の階へ進んだ。


 —ブルルゥ 馬の鼻を鳴らす音が聞こえた。


 馬が興奮して鳴き声をあげてしまえば、戦闘になってしまう。


 馬はロスたちの気配にますます鼻息を荒くしていく。


 「私に任せてください」


 「—我はチャカス族の戦士、ギガウ。地の精霊よ。今、ここに安らぎを刻もう—」


 ギガウは自分の指先を歯で傷をつけると、その血で顔に模様を描いた。


 何故かギガウの体から草原の香りが漂うと、彼はそのまま馬へ近づいて首すじを撫でた。


 馬は鼻先でギガウの顔を撫でるように甘え始めた。


 「もう大丈夫です。降りてきてください」


 好奇心旺盛なライスが馬を撫でたがっていた。


 「ライスさん、撫でてみますか?」


 「うん」


 ライスのことを気に入ったのか、馬も彼女の首に顔を摺り寄せていた。


 そんな折、ライスがあることに気が付いた。


 「ロスさん、あれ、何かの扉じゃない?」


 積まれた藁の隙間から扉の取っ手が見えていた。


 リジが柵の中へ飛び込み、急いでその扉を開けようとした。


 「待つんだ、リジ君」


 「なんで? ここまで来たんだから助けて逃げようよ」


 「いや、今日は下見だ。もしも今、戦闘になれば数的に不利だ。明日、奴らが山へ出かけている間に助けるんだ」


 リジは唇を噛みながら渋々ロスのいうことをきいた。


 屋上へ戻ると垂れ下がったツルに捕まり神木の枝上に戻った。


 待っていた白虎と黒豹の背に乗るとロスたちはミミス村を後にした。

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