第42話 フクラクの木の布

【前話までのあらすじ】


ミミス村の討伐隊の施設に潜入したロスたちは、ワイズ氏がここに囚われていると推測した。そして隊員たちが眠りについたころに内部の探索を開始した。1階の馬小屋でライスが馬をなだめていると、藁の中に隠された扉を発見する。すぐにでも救出したいというリジの気持ちを抑え、その場は偵察としてロスたちは一旦退却した。

◇◇◇


【本編】


 神木を降りると、珍しくリジがロスに対して反抗的な態度を示した。


 「やっぱり、納得できない。ロスさんは.. ロスさんは慎重すぎだよ。敵はたった14人程度でしょ! そんなの私ひとりだって相手にできる」


 「君は今までひとりで闘っていたのか? 違うだろ? 君には仲間がいるだろ」


 「でも..」


 リジは指をギュッと握り締めた。


 「リジは強いよ。私もそう思う。でもさ、敵は『牢獄の魔道具』を何個持っているかわからない。それに中にはレキのような狂戦士だっているかもしれない。大きな戦いになったら、関係ない村人を巻き込んでしまうかもしれない。それがリジのやりたいこと?」


 「 わかったよ..」


 「では、杣夫の小屋に帰りましょう」


 小屋への道を歩いていると、その違和感にギガウが足を止めた。


 「ロスさん、どうやら私たちは..」


 「ああ、リジ君、すまない。俺たちは既に敵の罠にはまっていた」

 

 「どういうこと?」


 「私たちは奴らの地の精霊に惑わされたようです。ここは銀狼の縄張りの中です」


 「ギガウ、銀狼の縄張りを上書きできないか?」


 「それは出来ない。それは自然の掟を破ること。私は精霊フラカに穢れを強いることはできない」


 —ガルルル 


 複数の鼻息と威嚇の声がする。


 銀狼の群れが森の中から姿を現した。


 その数は30匹以上いる。


 一匹一匹が普通の狼の倍以上の大きさだ。


 むき出す牙はナイフのように、闇の中に鋭い光を放っている。


 そして、その中でもひときわ大きく、威風堂々とした個体がいる。


 月の光に煌めく体毛、踏みしめる足から伝わる力強さ。その片耳の狼が群れの頭であることは間違いない。


 「みなさん、動かないでください」ギガウが声を押さえて言った。


 「動くなって、このままじゃ殺られちゃうよ」リジは剣の柄に手を当てる。


 「リジさん、私を信じて動かないで。どんなことがあっても動いてはいけない。私を信じてくれますか?」


 ため息をつくと、リジは剣の柄から手をおろした。


 狼たちが一斉に襲ってきた。


 瞬く間に4人はなぎ倒され、狼の群れの中に埋もれてしまった。


 —ガウ ガウ ガウ ガルル と声をあげ餌に貪りつく銀狼たち。


 御頭である片耳の銀狼が咆哮すると、群れは森の中へと姿を消した。


 巨大な鹿でさえ強靭な顎で骨まで砕き、5分もたたぬうちに、全てを食べつくす銀狼たち。


 当然、ロスたち4人の姿かたちは無くなっていた。



 「何者か知らぬが、我らに気づかれぬまま潜入できるとでも思ったか、愚か者め」



 その凄惨な様子を確認すると、094部隊の隊長ゲルは隊員を引連れミスス村へ引き上げた。


 ・・・・・・

 ・・


 「うわわ、やめてよ、きゃはは」


 大きな舌で顔をベロベロと舐められるライス。リジは舐められまいと両手で顔を塞いでいた。


 「しかし、驚いた。銀狼は人を襲わないのか?」


 「いいえ、こいつらは人を襲い喰らいますよ。ただし自分の縄張りを荒らす人間だけです。しかし、地元の民は彼らを山神として崇め、絶対にこの地には足を踏み入れないのです」


 「それにしても、俺たちを助けてくれるとは」


 「ロスさん、実はこいつらは俺の兄弟なのです。そして、こいつの名前はラモックです」


 ギガウは片耳の銀狼の首を捕まえてワシャワシャとじゃれ合っている。


 そしてギガウは姿勢を正すと、ラモックに対して頭を下げた。


 「すまない、もう足を踏み入れることはしないと誓ったのに」


 そういうギガウの顔をラモックは『ガウガウ』といいながら舌でなめた。


 「ロスさん、こいつの耳が片耳なのは俺のせいなんです」


 —あれは俺が幼い頃..


 生まれながらに地の精霊を宿すタトゥを持った俺は、この銀狼の縄張りに入っても決して襲われることはなかった。


 それどころか当時の群れの御頭エルに俺は可愛がられていた。


 母親のいない俺は銀狼のエルに母親の温もりを感じていた。


 温かいエルの懐に包まれて昼寝するのが大好きだった。


 「エル、これさ.. 僕からの贈り物だ。いつもありがとう。お、お母さん」


 家から持ってきた綺麗な布をエルの尻尾に結びつけた。


 エルは嫌がることもせず、布を付けた尻尾を振ってくれた。


 やがてエルは子供を産んだ。それがラモックだ。


 銀狼は生まれて一日で大きな体に急成長する。


 俺はよくラモックの背に乗って2人でよく遊んだ。


 ある日、俺はエルへのお土産に崖の近くに生息するフクラクの実を取ろうと木に登ったんだ。


 ラモックは下で心配そうに鼻を鳴らしていた。


 「大丈夫だよ。ひとつ落とすね。それはエルの分だ。今、ラモックの分も..」


 ひとつ高い枝の実を取ろうとした時、足もとの枝が折れ、俺は崖下まで落ちてしまった。


 ラモックは俺を崖下から拾い上げると、血だらけの俺を咥えて、キズ村まで全力で走った。


 野良仕事をしていた父は、瀕死の俺を咥えた銀狼を見て激高した。そして、手に持った鎌でラモックを思いきり切り付けた。


 ラモックの耳は引きちぎれたが鳴き声ひとつ立てず、その場に俺を置いて去って行ったんだ。


 その後、意識を戻した俺は父に事情を話すと『父はラモックに済まない事をした』と反省していた。


 そして俺に言い聞かせたんだ。


 『人は自然を愛してもいい。だが無暗に入り込めば、人はその愛するものを傷つけてしまうこともある。よく覚えておくのだ』


 数日後、俺は父の眼を盗み、足を引きずりながら、銀狼の縄張りの境界線に行き、そして叫んだ。


 『ごめん、ごめんよ! ラモック! ごめんよ、エル! 僕は.. 僕はもうここに来ない。でも、僕はいつまでも君たちの友達だ! 大好きだよ、エル! ラモック!』

 

 俺がそこを立ち去ろうと背を向けると、後ろから遠吠えが聞こえた——


 「あれから15年。ラモック、会いたかったよ」


 ギガウはラモックの首に抱き着いた。


 リジはギガウの話に感動して涙ぐんでいた。


 その隙をついて、大きな銀狼の舌がリジの顔をベロンと舐めた。


 「そうか.. エルはもう死んでしまったのだね。今は君が御頭なのか」


 ―ガウゥ ラモックはギガウの手を軽く噛んで引っ張った。


 ラモックがギガウを連れて行った先にはフクラクの木があった。


 上を見上げると枝に布がぶら下がっていた。


 それはギガウがエルの尻尾に付けた布だった。


 「お、お母さん、ただいま」


 エルはギガウが採ってくれたフクラクの実を食べてくれたのだ。その実の種は芽を出して育った。死期が近づいた時、エルは尾に付けた大切な布を木の枝に掛けたのだろう。


 いつかまた訪れるであろう我が子へ愛を伝えるために。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る