第40話 ビュルルのツル

【前話までのあらすじ】


暴走するコラカに突き刺さる翠の矢。アシリアによりコラカの穢れた精霊は消え去った。チャカス族の心を取り戻したコラカは、息子ギガウに今の世の中を知れ、お前の眼で美しきルメーラを見るのだ。と伝える。そして地の精霊に愛されるチャカス族のギガウが仲間に加わった。

◇◇◇


【本編】


 翌朝、一晩眠りについたコラカは、思いのほか回復していた。


 ロスは昨夜起きた真実をコラカに知らせる責任があった。


 「コラカさん、実は私たちの仲間であるエルフ族のアシリアがあなたを矢で打ち抜いたのです。それは覚えていますか」


 「 ..そうか。 ルースの矢だね。どうりで私が死ななかったわけだ。私の精霊パシャは逝ってしまったのだね。パシャとわしは12歳の時、背中に刻まれたタトゥとともに出会ったのだ。私のせいで、パシャにはかわいそうなことをしてしまった」


 「そうでしたか。 どうかアシリアを恨まないで―」


 「いや、大丈夫だ。それに私も森と共に生きて来た身だ。『恥知らずの..』いや、『氷のアシリア』のことは知っているよ。そして私はアシリアが優しいエルフということもな」


 コラカはライスと同じ事を言っていた。


 コラカの言葉が聞こえたのか、ライスの機嫌が凄く良くなった。


 「父上、ひとりで大丈夫ですか?」


 「大丈夫だ。私のことは心配するな」


 ロスも老齢なコラカをひとり置いていくのに気が引けた。そしてロスは考えたのだ。

 

 「ギガウ、やはり君も親父さん一人を置いていくのは心配だろう」


 「なんだい、ロスさんまで。ギガウ、大丈夫だから行きなさい」


 コラカは、今になって水を差すロスの発言を突っぱねた。


 「いや、コラカさん、ここに私のメイド式紙をひとり置いて行こうと思います」


 ロスが懐から出した式紙を投げると、ペドゥル国でしばらく一緒にいたメイドのカミラが出て来た。


 「カミラ! ひさしぶり!」


 「はい、ライスさん、久しぶりですね」


 カミラはとてもスタイルが良い30手前の美人だった。


 「こ、これは! やったぁ! 私の末期は最高か!!」


 メイドのカミラを見ると、コラカは先ほどの精霊への悲しみがどこかへ吹っ飛ぶほど喜んでいた。


 「カミラ、お前はギガウがここに戻るまで、コラカさんの面倒をしっかりと見るのだぞ」


 「かしこまりました、ロス様」


 カミラを見ては、にやけ顔が止まらないコラカ。


 「うっほん。あのコラカさん、言っておきますが、カミラの役目は炊事、洗濯など家事であることをお忘れなきように。カミラは腕っぷし、強いですから」


 「わかっとる。わかっとるよ!」


 コラカは口を尖らせたが、カミラがにっこりと微笑むと鼻の下をだらしなく伸ばしていた。


 「どうだい? 安心したかい?」


 「はぁ、他の心配はありますが、これで旅には出られます」


 そしてロスたちは討伐隊094部隊が本拠を構えるミミス村に向けて出発した。



 天気は快晴、しかし山の天候は変わりやすい。


 ロスたちは太陽の陽射しが暖かいうちに進めるだけ進もうと休憩を短めに前に進んだ。


 「ギガウ、この地図にはミミス村の近くに人里がないのだが、実際に近くに人が住んでいるところはないのかい?」


 「そうですね.. ミミス村から1時間ほど離れた場所になりますが、この谷のすぐ近くに杣夫(そまふ)の小屋があります。今の季節は空き家です」


 「それはありがたい」


 「でも、094部隊を制圧すればミミス村に泊まれますよ」


 「ギガウ、094部隊の奴らはきっと『牢獄の魔道具』を持っている。戦闘になればミミス村が壊されてしまう。俺はワイズ救出を秘密裏に行いたいんだ」


 「わかりました。では、ミミス村へ行く前に小屋とその道を下見いたしましょう」


 そして北西のマロン山の麓に着いたのが午後を周ったころだった。


 道が分かれていた。ひとつはミミス村、もう片方が谷への道となりほぼ獣道のようなものだった。


 「ここから山の崖を周り込んだ場所にミミス村はあります。ここは丁度、村と小屋の中間地点です。では、まず小屋へ向かいましょう」


 ギガウが進んだ道は分岐した道ではなかった。森の木の間を跨いでいくのだった。


 「ロスさん、あの道は杣夫の罠ですよ。あの道をそのまま行けば谷に通じて小屋まで行く事は可能です。しかし途中に銀狼の縄張りと被っているんです。だから、杣夫や私たちのような山を知るものはこちらを通るのです。ほら」


 ギガウが指さす木の根元をよく見ると松ぼっくりを頭に持つ木人形が置かれている。注意深く見なければそれが人形だと気が付く者はいない。


 「しかし、ここには銀狼は来ないのか?」


 「彼らは縄張りを滅多なことでは侵しませんよ。それにここは私が縄張りを張っている場所なんです。以前に杣夫たちに頼まれたんです。見ていてください」


 ギガウが両手を地に付けるとタトゥが赤くなった。すると木々がぼんやりと赤色の光を発して、心なしか暖かく感じた。


 「これは私のタトゥに宿る地の精霊フラカによるものです。たいていの猛獣や低級の魔獣も入ることは許しません」


 「ギガウさん、もし入ったらどうなるの?」


 「はっは、ライスさん、許可なく入れば、その者は死ぬまで森を徘徊することになります。もちろん森は彼らに食を提供することはありません。空腹のうちに息絶えます」


 「それは最悪な死に際だね..」


 食いしん坊のライスの顔が青ざめた。


 森を進むと、途中から水の落ちる音が近づいてきた。


 「なに、なに?」


 興味を持ったライスが森を走った。


 「待ってください! ライスさん、危ないです!」

 

 「え?」


 その声に立ち止まったライスの足元はすぐに崖になっていた。


 ―ザァアアア という音を前に大きな滝が細かい水しぶきをあげていた。


 森は何かで削り取ったように急に崖になり、下は深い滝つぼになっていた。


 「ひやーっ」


 ライスはぴょんと跳ねてリジに抱き着いた。


 「一回落ちたらよかったんじゃない?」


 「ひどいよ、リジ!」


 「ははは、危なかったですね、ライスさん。落ちたら浮いて来られませんから」


 しばらく崖沿いを歩くとギガウが指をさして言った。


 「見てください、ロスさん。あれが小屋です」


 「この崖を降りていくのか?」


 崖は垂直に切り立っていて25m程の高さはあった。


 「そう、思うでしょ?」


 そういうとギガウは木に巻き付いているツルを一つ切って、それを握ると崖から飛び降りた。


 「キャッ! ギガウさん!」


 しかし、ツルはギガウの握ったところからゆっくりと伸びて、彼を安全に崖下まで降ろした。


 「お、おお!」


 「うわっ、面白そう!」


 『みなさんもそこらの木に巻き付いているツルで来てください』


 崖下に着いたギガウの声に、ロスが木のツルを切って2人に手渡した。


 「せーのっ!」


 3人は一緒に崖から飛び降りると、ツルは―びゅるるる という感触を手に伝えながら伸びていく。


 最初に着地したのはライスだった。


 「へへん! 一番!」


 「ふっ.. 重いからね。 ライス、少し節制した方がいいんじゃないかしら」


 ライスは膝をついて愕然とした..


 「いや、凄いツルだ。こんな植物知らなかった」


 「そうでしょ? このビュルルのツルはこの北の山脈の水場にしか生息していません。土地の人間でも知らない人がいるのですよ。まぁ、子供の遊具です」


 幼少のころから住むギガウにとってこの山麓は遊び場だったのだ。


 「で、どうやって戻るの?」


 「ライスさん、今度はそのツルを握って、一度思いきり引っ張ってみてください」


 「えっと、こうかな? きぁあああああ」


 ライスがグッとツルを引っ張ると、今度は―びょん とゴムが縮むようにライスを跳ね上げた。


 崖上に着いたライスが手を振っていた。


 「正規の道を進めば銀狼、地に精霊フラカの縄張り、そしてビュルルのツル。これならもしも追われたとしても逃げ切れる。ありがとう、ギガウ」


 自分が役に立てたことが嬉しく、その笑顔は厳格なギガウを子供のように映した。


 もうすでに太陽は森の奥へと姿を消してしまった。


 ロスたちは元の道に戻り、急ぎ足で094部隊の駐在地、ミミス村へ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る