第39話 地の精霊に愛されるギガウ
【前話のあらすじ】
ロスたちはワイズ・コーグレンを救うため094部隊が拠点を置くミミス村へ向かう。帳が降りる前に、一夜を過ごす宿を求めキズ村を訪れた。しかし突然、宿主とその息子の襲撃を受けてしまった。魔石からの高濃度の瘴気に疑いを掛けられたのだ。宿主コラカと息子ギガウはチャカス族の戦士だった。
◇◇◇
【本編】
ギガウはライスと握手をした後、わずかに頬を赤らめていた。
「ねぇ、何かあのギガウって人、ライス以外は眼中に入ってないよね?」
「なんだ、リジ君、やきもちでも焼いているのかい?」
「な、なんで私がやきもちなんか!」
「ははは。ごめん、ごめん」
リジは頬をふくらませて怒っていた。
さすがに年頃の娘には微妙な冗談だったとロスは反省した。
その時、一瞬、建物が上下し、壁が大きな軋み音を鳴らして歪みはじめた。
「危ない! 建物から出るんだ!」
—バキバキッ ダガン ドガン
地中から激しい振動と大きな音がした。
「父上があれを呼び出したんだ。我らチャカス族のお守り様を」
突然、地面に大きな穴が開くと、赤い炎を纏う巨大な手が出て来た。
それを見るとギガウが、急いで地面に両手をつき祈りを捧げた。
「どうか、我が一族のお守り様よ。今一度、鎮まりたまえ」
彼のタトゥが赤く染まると切り抜いたように宙に舞い、それが組み合わさるとひとつの呪文になった。
「くそ、貴様、鎮礼の呪文を.. そうはさせるか!」
父親であるコラカも地面に手をついて祈りをささげた。
「お守り様、我がチャカス一族に仇なすものから私をお守りください」
[ —何を差し出す— ]
地の底から声がした。
「ダメだ。父上。まさか命を..」
「馬鹿者が。わしとてまだまだ生きたいわ。わしが差し出すのはこれじゃ! お守り様よ、わしらの怒りを奴らに見せつけるのだ」
コラカが手に持っていたのは、宿代の支払いにした魔石だった。
「父上、ダメだ! その魔石は! お守り様が穢れてしまう! やめてくれ!」
もはや冷静さを失ったコラカの手は止まらなかった。
魔石を闇の底まで続くような穴に向けて投げつけた。
しかし、穴に落ちる前に魔石を掴み取ろうと、ライスが走った。
「無茶だ! ライス!」
ロスは即座に黒豹を召喚し走らせた!
ライスが魔石を掴むと同時に黒豹が追いつき、穴に落ちそうになったライスを突き飛ばした。
「いたたた。助かったよ」
ライスが黒豹の頭を撫でた。
穴から出ていた真っ赤な手は地中に戻って行った。
「私の仲間を傷つけようとしたあなた、許さないわよ」
リジがコラカの胸元に剣をあてた。
「待ってくれ、リジさん。どうか父上を許してほしい」
ギガウはコラカを庇いリジに懇願した。しかし..
「けっ、このわしを誰だと思っているんだ。ガキどもが」
コラカはそういうと大地に思いきり手を叩きつけた。
すると大きな振動と共に、巨大な蛇の咢が地面から顔を出し、ライスと黒豹を飲み込んで地面に引きずり込んだ。
「いやーっ! ライス!!」
リジが大きな声で叫んだ。
「くそっ!」
ライスと黒豹を飲み込んだ穴にロスはすぐに駆け寄った。
「黒豹の文字を詠唱しろ、ライスー!!」
ロスの声は大きな穴に虚しく響くのみだった。
「な、何てことを! 父上! 何てことをしたんだ」
「うるさいっ! 貴様、わしを低く見やがって! わしは一族で一番の精霊使いだ! ほら、再び現れるぞ! 破壊の巨人が」
大きな振動と共に再び巨大な手が現れ、そして地面が大きく盛り上がると灼熱の炎の中から巨人が体を持ち上げた。
穴から這い出ようとする巨人の顔は、血走る怒りに満ちた一つ目、歪んだ卑屈な笑みを浮かべる老人だった。
—ぐああぁ ぐあっ ぐあっ—
怒りの雄叫びか笑いなのかわからない叫び。
「よくも! よくもライスを!!」
悔し涙を浮かべるリジは剣を構えて突進するつもりだ。
「待つんだ、リジ君。今、真正面から行っては無駄死にだ」
ロスはリジを羽交い絞めにして止めた。
「放してよ! あいつ! ライスを!」
—ぐああぁあ ...あっ?—
巨人が突然、叫び声を止めた。
[ —カラキエティ・ローキ— ]
黒豹の咆哮とともに、ライスの声が夜闇に響いた。
すると、地底から真っ赤な薔薇より赤い業火が、凄まじい勢いで巻き上がった。
その炎のひとつひとつがまるで龍のようにうごめいている。
深紅の炎龍たちは巨人を囲むと、一斉に飛び掛かった。まるで、巨人を喰らうように。
巨人の頭上に黒豹に跨るライスの姿があった。
深紅の炎龍は巨人を喰いつくすと天に昇った。
巨人はボロボロと崩れ去りただの土へと変わり、地表に空いた穴を埋め尽くした。
全てを見届けるとライスは黒豹の背中で気を失った。
「くそ! くそ! くそ! わしは誰にも負けない。わしは劣ってなどいないんだ。貴様が妬ましい。 貴様の若い屈強な体と才能がわしは、わしは妬ましい!」
まるで人間の醜い部分をそのまま口にするコラカには哀れさしかなかった。
「ち、父上.. なぜ、こんなに。かつての父上は誇り高く..」
「う、うるさ——」
その時、コラカの胸に翠の矢が突き刺さった。
すると、コラカの背中に刻まれたタトゥが剥がれ落ち、宙に舞い上がる。
さらに3本の矢がタトゥに突き刺さった。耳をつくような高い叫び声とともにタトゥは粉になって消えた。
月明かりに照らされた木の葉からアシリアが姿を現した。
「穢れだ。この老人のタトゥに住んでいた地の精霊は酷く穢れていた。だから私が精霊を殺した。もう、その老人は何も無いただの老いぼれだ」
そう言い残すとアシリアは姿を消した。
・・・・・・
・・
コラカとライスは気を失ったまま布団に寝ていた。
「昔はあんな人ではなかったのだ。誰よりも優しく誇り高い戦士だった。父は私の誇りだった」
「コラカさんが変わったのは、いつ頃からですか?」
「父に変化が起き始めたのは8年ほど前です。この地に討伐隊が入り始めたころです。父が変わったのは、討伐隊が大地を穢したからだと思っていました。しかし、そんなことでタトゥに住まう精霊まで穢れるものだろうかとも思っていました。なぜなら私たちの精霊は上位精霊だからです」
「あなたたちのタトゥって?」
「はい。私たちのタトゥは精霊の隠れ家みたいな場所です。リジさんの聖剣に似たようなものです。タトゥで書かれた文字は特殊な文字で、一族の先祖が女神レイスより教わった文字だと伝えられています」
「なるほど..」
「 ..お守り様は本来、自分の魂を捧げて召喚する精霊の従者なのです。お守り様の怒りは闇の者へ向けるものでした。私たちの故郷を破壊した者にお守り様の怒りはあるのです」
そういうとギガウはライスを見つめた。
「しかし、その怒りをも超えたのですね、ライスさんの想いは。仲間を守ったのは、彼女の勇気ですね」
「でも、それでいつも冷や冷やしますよ」
ロスの言葉に2人は静かに笑った。
「ロスさん、ひとつ聞いていいですか。ライスさんの背に大きな男の影をみたのですが、あの影はなんでしょう?」
「そうですか? 私には見えませんでした」
「そうですか.. あれはまるで神間者の伝わる地神のようで—」
その時、暖炉前から囁くようなコラカの声が聞こえた。
「ギガウ、ギガウはいるか?」
「はい、父上、ここに」
コラカは震える手で近寄ったギガウの手を取る。
「お助けしてあげなさい。あの方たちといくのだ」
その声は今までのコラカとは違っていた。声は小さかったがその声には心の強さを感じた。
「そんな、父上をこのままには..」
「お前は、世界を見なさい。今の世界を見るのだよ。本当の神間者の仕事はお前も知っているだろう」
そういうとコラカは身を起こした。
「父上、ダメです。寝ていてください」
「まだ私が寝るには早すぎる。お前が旅から帰るまでは起きているよ」
そういうとコラカはロスに目線をうつした。
「旅のお方、すまなかった。こんなこと頼める筋合いではないのだが、しばらく息子を末席に加えてもらえないだろうか.. 息子はとても素晴らしい力を持っています。何よりも心が強い」
そして再びギガウに言うのだった。
「お前はルメールを見るのだ。良いか。私の代りにあの美しいルメールをその瞳に映すのだよ」
「わかりました。父上」
ギガウの涙がコラカの手に落ちた。
「馬鹿者。今生の別れではないのだ。泣く奴がいるか。私はまだ生きるよ、かわいい息子よ」
そういうとコラカは横になり眠りについた。
「父はあのようなことを言っていたが、いいのだろうか」
考えるギガウをロスはただ黙って見ていた。
「いや、行こう。ロスさん、私を旅に同行させてほしい」
「わかった。こちらこそよろしく頼むよ」
ロスはギガウの手を握った。
いつの間にか、リジが手を乗せた。
「ギガウ、よろしくね」
「はい、リジ姉さん、よろしくお願いします」
「ちょっと、私の方がずっと年下なんだから」
「いえ、私はこのパーティの末席にいるものです。リジさんもライスさんも私の先輩です」
「あ、あのさ、ここには先輩も後輩もないんだから、仲間よ、仲間でいいじゃない。だから、私のこともライスのことも呼び捨てでいいよ」
「..わかりました。よろしく、リジ.. さん」
こうして地の精霊に愛されるチャカス族のギガウが仲間に加わった。
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