第38話 チャカス族の男

【前話までのあらすじ】


ロスは仮説を建てた。山の民討伐隊とは角人狩りだったのではないか。そして、角人の美しい角を採取し、さらに用済みとなった角人を危険なラクル地区にて強制的に働かせているのではないかと。憤りを隠せないライス、そして祖父ワイズの関わりに複雑な心境のリジ。3人の眼前に北の山脈が姿を現した。

◇◇◇


【本編】


—北の山麓—


 高い山から吹き降ろす風が冷たい。


 もう季節は晩秋だ。


 討伐隊員も山にある拠点から自分の家族の元へ帰る準備を始めるころだ。


 いったい彼らはどういう心境でその準備をするのだろう。家では良い亭主であり、父親なのだろうか。


 自分たちが山の民、いいや角人の家族をばらばらにしておいて。


 「ねぇ、ロスさん094部隊のいるミミス村ってどの辺?」


 リジが風の音に負けないように声を張り上げて言った。


 ロスは『レッテの本屋』で購入した地図を開いた。


 購入した時、レッテから皮版の地図を進められた。紙版の3倍の値段がついていたが、彼の勧めは間違っていなかった。この風の中、紙版の地図を開くことなどできないからだ。


 「マロン山麓はもっと西側だ。今日はこれ以上進むのは危険だ。あっちに集落がある。そこで宿を借りよう」


 宿は借りれるうちに借りておくのが冒険者の鉄則だ。


 もしも、夜になって宿を借りることが出来なければ、最悪 野宿となってしまう。見知らぬ人を親切に泊めてくれる家、旅道沿いにそんなお人好しなど住んではいないのだ。


 風に混じって氷に近い粉雪が顔にあたった。


 「リジィ! 寒くない? 私のケープ貸すよ」


 ライスの服は魔法使い仕様で作った特別製、火の精霊と契約しているライスの服はその恩恵に預かり常に暖かいのだ。


 リジはライスからケープを受け取ると自分の身体に纏った。


 「あたたかい.. ありがとう、ライス」


 「え? 何? 聞こえない!」


 「あ・り・が・と・う!!」


 ライスは笑顔で頷いた。


 ・・・・・・

 ・・


 集落の入口の案内板は風に飛ばされてしまっていた。


 しかし地図に記された名前はキズ村と書いてあった。


 「ねぇ、ここって本当に人いるの?」


 まばらな家の空き地には雑草が伸びきり、若木までもが無造作に育っていた。


 宿屋と書かれた家を見つけたが、とても大人数が泊まれるような建物ではなかった。


 「ねぇ、ロスさん。本当にここ宿屋なの?」


 「う~ん。しかし、この寒さだ、野宿するわけにもいかないだろ?」


 玄関の横に切り株の板と小槌が置いてあった。


 「これって何かな?」


 リジがそう言うと、ライスが小槌を手にとった。


 「当然、叩くものじゃない?」


 遠慮なく思いきり叩いた。


 —ボァアアン—と独特な響きが風を振動させていた。


 「誰じゃ!!」


 勢いよく開いた玄関から出てきたのは、小柄の長い髪を束ねたしかめっ面の老人だった。


 「あ、あの、こんばんは、宿を借りたくて」


 最初の挨拶はいつもライスがすることになっている。


 朗らかなライスが一番人当たりがいいからだ。


 「宿? 馬鹿者が! 勝手に『呼び板』など叩きおって」


 「だって、小槌があれば、叩きたくなっちゃうよ」


 「馬鹿者、これは緊急連絡用じゃ。まぁ、いい。宿を借りたいのか?」


 「はい、一晩だけ」


 すると老人はロス、リジ、ライスをまじまじと見ると、『けっ、モテやがんな』とつぶやいた。


 「は? いま何て?」


 「いや、何でもない。料金は3人分で—」


 ロスが老人の手に魔石を2つ手渡した。


 「魔石か.. 魔石ならもうひとつだな」


 「え? 3つも? なんてがめつい!」


 リジが思わず声をあげた。


 「あ? 魔石なんてのは換金所がなければただの石ころじゃ。それを3つで泊めてやろうって言うんだ。嫌なら、隣村にでも行けばいい。半日はかかるがな」


 「わかった。3つでいい。早くこの子らを休ませてあげたいんだ。中へ入ってもいいか?」


 ロスは老人に3つの魔石を手渡した。


 「ダメだね。ここはわしの家だ。お前らを入れるわけにはいかん」


 「ふざけないでよ! 今、魔石あげたじゃない!」


 「まったく気が強いメイドじゃな。お前らの宿は、そこら辺の家をどれでも使えばいい」


 「え? だって..」


 「人なんか住んじゃおらんよ。ここに住んでいるのはわしと息子だけじゃ」


 「神間者(しんかんじゃ)か?」


 「ほぉ、お前さん、物知りだな。まぁ、そう言う事だ。その辺の家を好きに使いな。食材は家の前に置いてやるから、勝手に調理して食べろ」


 そういうと老人はドアをパタンと閉めた。


 ロスたちは食材を運んでくる老人を気遣い、少しぼろかったが一番近くにある家を選んだ。


 家は長いこと誰も済んでいなかったため芯まで冷え切っていた。


 [—ハリュフレシオ—]


 ライスは暖炉に火をつけた。


 幸い家の中の家具類はそのままだった。


 ライスとリジは部屋の隅に折りたたんであった毛布を取り、暖炉前で包まっていた。


 ロスが食卓の椅子に座ると、ライスが質問してきた。


 「ねぇ、ロスさん、神間者って何?」


 「小さな村、特に自然に近い村というのは、病気や飢饉で全ての村人が死んでしまったり、生き残った村人が村を捨てて他へ移り住むことがあるんだ。神間者というのは次に村に定住する人々が現れるまで、村を清める人なんだ」


 「僧侶みたいなもの?」


 「いや、神教よりも自然崇拝的な考えだな。だから彼らの一族は、精霊と寄り添いながら暮らしていると言われている」


 「でも、私が知ってる神間者はそんな崇高な人じゃなかったよ。管理人みたいなものだよ、あんなの」


 「そっか。リジ君はおじいさんの家で神間者に会ったことあるんだね」


 「ま、そういうこと。いつも賃金の話ばかりしていたよ」


 「ははは。だからさっき『がめつい』って言ってたんだね」


 —ココン— 扉を打つ音がした。


 「あ、きっとご飯の材料だよ」


 待ってましたとライスが扉を開けた。


 —ドガ ドガ ドガ と男が押し入ると、ライスの首元にナイフをあてた。


 男は黒々とした長い髪を後ろに結い、顔や手に幾何学模様のタトゥを入れていた。


 「動くな。お前ら指一本でも動かせば、この娘の頸動脈を切るぞ」


 遅れて入って来たのは神間者の老人だった。


 「悪いな。あんたらが『呼び板』を叩くもんだから息子が帰って来たんだよ。ところでだ、わしには不思議な力はないのだが、息子は一族の血が濃く出ていてな。顔の模様あるだろ。あれは生まれた時から持って出たものだ」


 「それで、なんだ?」


 ロスの眼がいつもと違っていた。


 「いや、息子が『魔石』をどこで手に入れたと言っているのだ」


 息子が老人の耳元で囁いている。


 「瘴気? 魔石には通常より多くの瘴気を感じると言っている。まさか、滅びの国ルメーラではあるまいな」


 「ほう、あんたらはラクル地区とは言わないのだな」


 「当たり前よ、あそこは我ら一族の故郷よ。そして我らにこの力を与えてくださった女神レイスさまの愛した湖がある地だ」


 「魔石はそのラクル地区の森で集めたものだ」


 「ちょ、ちょっとロスさん、何で正直に言っちゃうの?」


 リジがロスの腕を叩いた。


 「いいじゃないか。あそこであったことを正直に話そう。この人たちにも関係する話だろ」


 ロスはマフェルスからの依頼で『水泡の腕輪』を見つけに言ったこと、そしてルメーラ湖がかつての女神が愛した美しい湖に戻ったことを話した。


 「に、にわかに信じられん話だ」


 「そうか? でも、あんたらはその信じられない世界で生きて来たんじゃないのか?」


 「本当だよ。湖のほとりにはリリラスの花も咲き始めたんだ。だから、もう放して」


 ライスがそう言うと、男はナイフを下げ解放した。


 「ば、馬鹿野郎、そんなにあっさり放す奴がいるか。嘘かもしれ—」


 「父上よ、あいつは嘘を言っていない。それは、その娘の言葉が今、証明した」


 「信じてくれたんだね、ありがと」


 ライスの言葉に男は頬を赤くしていた。


 「馬鹿が、若い娘に耐性なさすぎだ! どうせ、こいつらは討伐隊どもと同様の奴らに違いない」


 「父上、違う。こいつらは私より強い。この男、既に私たちが来ることを察知していた」


 「くそ、腕っぷしと能力は強いが頭が悪い息子を持つと苦労する、貴様には頼らん。俺がやってやる」


 老人の持つナイフはうっすらと光を放っていた。


 「どうだ、驚いたか。こいつは聖なる風のナイフだ。俺が本気を出せば、お前らを暴風で吹き飛ばすこともできるんだ」


 何の抵抗もしていないロスたちに対して、もはや老人が何をやりたいのかすらわからない状態だった。


 そう、老人はただ、自分が『息子なしでもやれるんだ』ということを見せたかっただけなのかもしれない。それは、自分を追い抜いた息子への歪んだ嫉妬心と虚栄心だった。


 「父上、やめるんだ。あなたのナイフは役に立たない。あのメイドの持つ剣の前では」


 —リィィン 聖なる空の剣が水晶の音を鳴らすと老人のナイフは静かに光をおさめた。


 「な、なんだ! 聖なるナイフよ! お前もか! わしを馬鹿にしおって!」


 「父上..」


 「う..うぬぬぬ、くそがぁ」


 そういうと老人は家から飛び出した。


 「いきなりすまなかった。私の名はギガウ、父の名はコラカ。私たちは誇り高きチャカス族の戦士だ。今は神間者と呼ばれている」


 「ああ、誤解が解けて良かった。俺はロス・ルーラ」


 「私はリジ.. リジ・コーグレン」


 リジは名前を隠さなかった。それは一族名を出して自己紹介したギガウに対して、コーグレン家の名を伏せるのが失礼に思えたからだ。


 「私はライス・レイシャだよ」


 「ロス、リジ、ライス。君たちに会えたのは導きかもしれない」

 

 「そんな大げさだよ、私たちは一夜の宿を借りたかっただけなんだ」


 ロスはいつもの気さくな優しい顔つきに戻った。


 「君たちはこんな場所に何しに来たんだ?」


 ギガウが尋ねるやリジが間髪入れずに聞き返した。


 「ギガウさん、私のコーグレンって名前に聞き覚えがない?」


 「コーグレン.. コーグレンとはヴァン国の領主の苗字だ」


 「それだけ?」


 「ああ、それだけだ.. すまない」


 「ううん。ギガウさんが謝る事じゃない。私は現領主ワイズ・コーグレンの孫娘なの。実は私のおじいさまが拉致されてしまっ.. たの..」


 珍しくリジが感情に言葉を詰まらせた。


 「女の子を泣かせる奴らは許せない。私で良ければあなたたちのお役に立ちたい」


 ギガウはなぜか、リジではなくライスを見て言っていた。


 「本当かい? ここの土地勘がある君がいてくれると心強い」


 ロスがギガウに手を差し出すと、ギガウはなぜかライスに握手をしていた。


 「ライスさん、よろしく」


 「へへへ.. よろしく」

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