第37話 山の民討伐隊の正体

【前話までのあらすじ】


デリカとレキを斡旋した仲介屋ジュリス・ランからの情報は驚くべきものだった。ワイズ・コーグレン拉致事件にカシュー国が関わっていたのだ。だが、まずはワイズを助けなければならない。ロスたちは山の民討伐隊097部隊が拠点を置くミミス村へ出発を決行する。

◇◇◇


【本編】


 ロスはライスとリジが自然に目を覚ますまで待っていた。


 若い2人が禁断のラクル地区に踏み込んだのだ。普通ならば、その瘴気に充てられただけで体力を削られてしまう場所だ。しかも、闇の従者であるモノクルとの戦闘まであったのだ。モノクルは決して弱い相手ではない。


 『2人とも良くやった』とロスは感心するばかりだった。


 それにしても、ロスが気になる事はモノクルの言動だった。あいつはあの時、ロスたちを見てこう言ったのだ。


 『—これは部外者さん、御一行ですね—』


 モノクルはあの森の門番だったのかもしれない。


 だとすると..


 居間の扉が開くと、そこには既に旅支度をしたライスとリジが入って来た。


 「さぁ、ロスさん、朝食食べたら、すぐに出発しましょう!」


 ・・・・・・

 ・・


 ペドゥル国東門をでて森の道に入るとロスは血の匂いに気が付いた。


 戦闘が起きたことをカモフラージュしている様子も見受けられた。


 ロスは森の中でペグとナットが襲ってくるものだと想定していたのだ。


 朝をゆっくりと過ごし、日が昇り切った時間に出発する理由も闇討ちを避けるためであった。


 「そうか.. アシリアだな」


 「え? なに? アシリアがどうしたの?」


 相変わらずアシリアのことを気にするライスがつぶやきを聞き逃さなかった。


 「いいや、何でもないよ」


 「ねぇ、今度、籠にリヨンさんの焼いたパンを詰めて森で食事しようよ。そしたらアシリアも食べに来てくれるんじゃない?」


 「うん、そうね。あいつ人嫌いだから、そうすれば来てくれるかもね」


・・・・・・

・・


 ライスとリジが他愛のない会話に夢中になっている間にヴァン国とペドゥル国方面へ分かれる分岐点にたどり着いた。


 「さぁ、真っすぐに進めばコーグレン領ヴァン国、そして左の道は北の山へ行く道だ」


 「じゃ、直ぐに左へ行きましょ!」


 ロスはここでリジに意志の確認をしようと思っていた。ここから先はもっと厳しい闘いが待ち受けているに違いない。


 特に闇の従者だ。


 奴らが関われば凄惨な場面や人間の闇に触れることになるだろう。だが、それを言ったところで、リジはやはり『行く』というに決まっている。無駄な質問だと思いロスは言葉をひっこめた。


 「ねぇ、ところでマイルに報酬の返金を求めなかったの? あいつの情報、間違ってたじゃない」


 こういうところはさすがコーグレン家だ。リジはしっかりしている。


 「まぁ、御三家が黒幕だっていう情報は間違っていたけど、仲介屋への道筋は、仕事以上の情報だったと思う。そう考えれば別にいいだろ」


 「そうだよ、リジ。だってジュリスがあんなに喜んでくれたじゃない。私なんか胸がいっぱいになったよ」


 「..そっか。まぁ、そうだね」


 「それよりも、マイルの報告書は設計図だったんだ」


 「設計図?」


 「そうさ、あいつはパーツを示して、俺を試してたのさ。『ここから仮説を建ててみろ』ってな。だから肝心な部分に関してはあいつは報告書を空欄にしていた」


 「で、その仮説は建てれたの?」


 「ああ、だいたいな。ところで君らは北の山にいるとされる山の民の正体を何だと思う?」


 「何って、山の民は山の民。悪いことをする民族でしょ」


リジのこの答えはフワッとしたものだった。


「山の民ってのは、角人のことさ」


 「角人ってシルバの? じゃ、角人って悪いことする人たちなの?」


 「ライス、君は今まで山の民を見た事はあるかい?」


 「ううん」


 「そりゃそうよ。だって冒険者への依頼に山の民討伐なんてないもん」


 「そうだ。山の民がいる北の山はペドゥル国が所有する広大な鉱山だ。そして山の民討伐はペドゥル国の責務として行っているからな。だが、実際に山の民を目撃した人はほぼいないのが現実だ」


 「でもさ、各国で山の民が農作物や家畜を奪ってるし、実際にロスさんの果樹園だって被害にあったって言ってたじゃない」


 「だから変なのさ。奴らは念入りに姿を見せない。俺が思うに、各国に被害を広めている犯人は、討伐隊の奴らだ」


 「え! なんで?」


 「リジ君、領地で被害が多くなるとどこに被害の通達が行く?」


 「うん.. 中央裁定所の申告からコーグレン家に来る。おじいさんはよく腹を立てていたよ」


 「そうさ、それによってペドゥル国は責務といっては、『北の民の討伐』を他国には関与させなかった。いいかい。討伐なんて嘘っぱちだ。奴らが行っていたのは角人狩りだ」


 「え.. そんな酷いことを!」


 「ライス、品評会で何を見た?」


 「あ、あれは.. 人身売買」


 「そうだ。あいつらは角人を狩っては角人の角を収穫していたんだ。そして高値で売りさばいていたのさ」


 「なんで、そんな事を? だってペドゥル国は採掘されるティアール鉄のおかげで他国よりも富んでいるじゃない」


 「鉱山なんてとっくに掘りつくしてしまったのさ。だから奴らは新たな採掘場が必要だった。そして禁断のラクル地区に目をつけたんだ」


 「でも、あそこには魔者や魔獣が多いし、瘴気で土地も荒れているよ」


 「ああ、あそこは大昔に勇者ソルトと闇の覇王ガザが熾烈な闘いを繰り広げた場所だ。だからこそ、あそこには大量の魔獣の死骸からできた魔法石が埋没しているんだ。ティアール鉄にかわるお宝さ」


 「で、でもさ、そんなところを採掘するなんて危険すぎるよ。誰も働く人なんて.. あっ」


 「そうさ、角人さ。奴らは角を切り取った角人を強制労働させているんだ」


 「じゃ、子供たちの人身売買は?」


 「あれは金持ちどもの見栄の張りあいだ。あいつらは角人の子供を育てあげ、その角が生えると、それを採取する。それ自体が金持ちどもの遊興なのさ」


 「じゃ、シルバは何で追われていたの?」


 「シルバは早くに角が生えたんだろう。金持ち連中にとって角の生えた子供など価値がないのさ。あいつらは自分が育てあげた子供の角を自慢し合うんだ。用済みのシルバはラクル地区にある採掘場へ送られる予定だったに違いない」


 「ゆるせないぃ!」


 ライスの声が怒りの感情にかすれた。


 「とにかく、今はワイズさんを助け出すのが先決だ。それに集中しよう」


 「うん。でも、ロスさん..」


 「ああ、わかってるよ。俺だってそんな非道は許せない。だからちょっとした考えがあるよ。信じてくれ」


 「うん。わかった!」


 その時、リジの顔は曇っていた。


 リジは思っていたのだ。


 『そんな非道に、自分の祖父がどうして関わっているのか..』と。


 やがて、『北の山』と称された広大な山脈が姿を現した。

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