第36話 質問の答え

【前話までのあらすじ】


持ち帰った『水泡の腕輪』の亡骸に悲しむジュリス。ジュリスは悲しみと悔しさのあまりにその亡骸の気持ちを貶めてしまう言葉を発しようとした。ライスは本心ではない彼女の言葉を遮り、彼女の純真な心の悲しみを受け止めた。そして、『水泡の腕輪』の代わりに湖のほとりで咲いていたリリラスの腕輪をジュリスにプレゼントした。

◇◇◇


【本編】


 ロスたちが約束通りに『水泡の腕輪』を見つけて届けてくれたこと、そしてライスが彼女の心を受け止めてくれたことに対してジュリスは答えを出した。


「わかった。約束を守ろう。何でも質問してくれ」


リジの顔から不安の影が取れた。


「では、デリカとレキを御三家のどこに紹介したんだ?」


「ロス・ルーラ、あなたの質問は間違っている」


「どういうことだ?」


「あなたはデリカとレキを誰に紹介したかを聞けばいい。そしてその答えに私は答えよう」


「わかった。デリカとレキを誰に紹介したんだ?」


「王国カシューの王、アジムだ」


「な、なんだって!」


「ロス・ルーラよ、いきなりカシュー国に乗り込むのは賢い者がすることではない。代りにデリカとレキがどこの討伐隊に所属していたかを教えてやろう。あいつらが所属していたのはイヴ家が所有している北の討伐隊094隊だ。彼らは北西のマロン山麓のミミス村に拠点を置いている」


「ありがとう。君はカシュー国がなぜワイズ・コーグレンの事件に関わったか知っているのかい?」


「さぁ、そこははっきりとはわからない。ただ、カシュー国はペドゥル国の味方ではない。カシュー国が望むとすればペドゥル国の混乱だ。奇しくも私もそれを望むのだがな」


「ところで、ジュリスよ。君を縛っているものだが—」


「いや、まだいい。今、騒ぎになれば、王国カシューの眼を引いてしまう。あなたたちも隠密に行動するんだ、ロス・ルーラ」


「ああ、俺にはいつものことさ」


ロスはそう言うとリジとライスを引連れ店を出た。


その後、店に戻った貫禄マダムの大きな声が外にまで響き渡った『どうしたのです、そのお顔は!』


その大声を聞いたロスたちは一斉に吹き出してしまった。


・・・・・・

・・


「さて、俺はこれから『レッテの本屋』に行ってくるよ。この国周辺の地図が必要だし、しばらくの間、シルバを預かってもらわなければならない」


「え? シルバをあのがめついレッタに預けるの? 大丈夫かな?」


リジとライスは顔を見合わせて言った。


「ははは。時に人は善意をひけらかす奴の方が信用できないんだぜ。がめつい奴っていうのは金をしっかりつかませれば裏切らない」


「そういうもんかな」「ねぇ..」


ロスはすぐに『レッタの本屋』に向かった。


そして周辺の地図を購入するとともに、ラクル地区で倒した魔獣の魔石を全て与えた。


その数は20個を越え、その中には七色の魔石も混じっていた。


レッタは『店にある地図ならどれでも持って行ってくれ』と上機嫌だった。


そして、ロスはそのまま『リヨンの食堂』へ寄り、屋外テーブルでお茶を飲むことにした。ロスのお茶がやや冷め始めたころ、マイルが声をかけてきた。


「ごくろうさん。行先が決まったようだな」


「ああ、あんたの情報のおかげだ」


「ジュリス・ラン、彼女は何者だったかわかったか? 実は俺の興味はそこにあるんだ」


「悪いな、そいつだけは言えないな。その代わり、全てが終わったら、起きた事全てを

教えてやるよ。その時ジュリスのことも含めてな」


「そっか、じゃ、成功を祈るよ」


「ああ、ありがとう。そうだ、親父さんにたくさんの魔石をやったんだけど、目立つ使い方をしないように見張っといてくれ。場合によっては危険だからな」


「わかったよ」


「じゃあな」


店を去るロスの後姿を見ながらマイルはつぶやいた。


「俺はあんたの正体にも興味があるんだぜ、ロス・ルーラ。 何百年も続く果樹園の経営者..か」


翌朝早くロスたちはペドゥル国を出発した。



だが、ペドゥル国東門に通じる森の中でロスたちを待ち構えている者がいた。


ペグとナットだった。


「このペグ様の腕をこんなにしておいて、無事に旅ができると思うなよ」


「おい、ペグ、メイド様はお前にやるが、残りは俺が始末してもいいか。俺は暴れ足りなくてイライラしてるんだ」


ナットは拳をバキバキと鳴らすと近くにある木を力いっぱい殴り折った。


「好きにすればいい。あんな先のこぼれた― ガッ! ガガガ! グュア~ン」


「へへへ。なんて声出しているんだ、ペグ」


ナットが振り返ると、頭から股までの直線状に矢が撃ち込まれているペグが、白目を向いて絶命していた。


その矢羽根の色を見てナットはすくみ上った。


「翠の矢羽根.. 氷のアシリア! 」


アシリアの矢がナットに向け放たれた。


—バキン バキン


ナットとて討伐隊の手練れだ。


3本くらいの矢などその剛腕ではじき返すことなど容易い。


—ヒュ



僅かな風の音をナットは聞き逃さなかった。


それは自分へ向けられたような音ではない。


「陽動か!」


ナットの思った通り何もない空に矢が放たれていた。


「ははは。だが本命は!」


ナットの読み通り今までの矢よりも大きな矢がナット目掛け飛んできた。


「こんなものぉおおお!」


矢は凄まじい威力だったが、ナットの渾身の力で叩き割った。


その瞬間、矢羽の影に隠れていたアシリアが、手に握った矢をナットの眼玉に突き刺した。


「ぐああああぁあ」


その耐え難い痛みに暴れ回るナット。


—ドガッ 


振り上げた手に杭のような矢が突き刺さると、ナットは木に縫い付けられた。


太い矢が足の甲を貫き、深々と地面に突き刺さる。


「ぐうあああぁ、なぜ殺さねぇ!」


「お前に聞きたいことがある。その汚い歯に付けている『牢獄の魔道具』はどこで手に入れた」


「う、うるせぇ、知るかぁ!」


「そうか」


そう言うとアシリアはナットの口にあるものを押し入れた。


「ガァアアア」


「どうだ、喉が焼けるような辛さだろう。これはレチの実だ。世界で一番の刺激ある実だ。それを私はどうすると思うね」


アシリアはナットの眼に刺さっている矢をヌチャリと抜き取ると、その傷口にレチの実を突き入れたのだ。



「ぐああぁああ、こ、殺せぇ!」



「いいや、殺さない。お前がくたばりそうになったところで、エルフの丸薬を飲ませる。質問に答えるまでお前には生き地獄が続くのだ」


「そ、そんなあぁあ」


エルフの丸薬とは、エルフ族に伝わる秘薬だ。その薬の効果は言わずもがなだろう。そしてアシリアの拷問は深夜3時から太陽の薄日が森の霧を映し出すまで続いた。



朝方、街の人々は、深夜に聞こえた猛獣の叫びに気味悪がっていた。しかし、どうせ発情期の猛獣が叫んでいたのだろうと誰かが笑い話にすると。その話題は消えた。



アシリアは目的を果たしていた。


ナットは懇願するようにこう言ったのだ。


「水の国リキルスの巫女.. た、たすけて..」


答えだけを聞くと、ナットを放置したまま、アシリアは朝日に輝く木の葉の陰に姿を消した。

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