第34話 水泡の腕輪

【前話までのあらすじ】


魔獣、猛獣うずまく森を抜け辿り着いた『滅びのラクル』。丘には草花が咲き、大地は復活の兆しをみせていた。しかし、激戦だった城周り、美しいルメーラ湖はまだ瘴気の影響を受けたままだった。愕然とするロスの記憶がシルバの角に映し出されると、奇跡が起こる。一粒の涙がルメーラ湖をかつての美しい湖へ変えたのだった。

◇◇◇


【本編】


 気を失ったライスを湖の畔に寝かせたまま、ロスたちはジュリス・ランの願いを叶えるべく行動を開始した。


 ジュリス・ランはあの店の中でこう言ったのだ。

___

 「では、こうしよう。私の望みを叶えてくれたら、あなたたちの質問に何でも答えてもいい。ただし、おそらくは無理だろうがな.. 私の願い、それは『水泡の腕輪』を湖から拾い上げることだ」


 「水泡の腕輪? どの湖から拾い上げればいいんだ?」


 「ルメーラ湖。何も聞かず、探し出してくれ。必ずあの場所にあるはずなのだ」


 「わかったよ。私たちに任せておいて!」


 ロスの横からライスがジュリスの手を握って約束した。


 ジュリスはあっけにとられたが、直ぐに笑みを浮かべてこう言った。


 「不思議な娘だ。いつもなら『期待せずに待っている』という所だが、なぜか希望を持ってしまったよ」

___


 「ロスさん、この広大な湖をどうやって探すの?」


 「うん、リジ君。ジュリスは城壁が見える場所で落としたと言っていたんだ。その周辺を探してみよう」


 「でも、その城壁の見える場所だって広いし、それに、もう夜になってしまったよ」


 「いや、もしも俺の勘が当たっていれば、夜の方が好都合なんだ」


 リジは祖父ワイズを救い出すために是が非でも『水泡の腕輪』をみつけたかった。しかしこの広い湖を見ると、ジュリスが単に無理難題を押し付けただけではないかと思えてきた。


 「リジ君、ジュリスが落としたとしたらかなりの年月が経っている。しかし、この地は長い間、瘴気に穢され植物が育たなかった。だから湖底には、ほとんど堆積物はないはずだ。少し君の聖剣の力を借りたいんだ。この湖に剣を振るってくれないかい?」


 ロスは風の精霊フゥが作り出す風によって湖底を露わにしようとしていた。


 リジはその考えを読み取った。


 『いつもよりも激しい風尾を作り出して!』


 心の中で精霊フゥに願い、リジは「聖なる空の剣」を湖に思いきり叩きつけた。


 風の斬撃が城壁まで届くと、その斬撃から派生する幾つもの風尾が、湖底を露わにしていった。


 かき混ぜられた湖が少し白く濁っていく。


 「さて、アシリア。腕輪はエルフの君にしか見つけられないと思っているんだ」


 「どういうことだ、ロス・ルーラ」


 「俺が思うに、ジュリスの正体は『マフェルス』だと思う」


 「『マフェルス』だって? 何を言っているのだ。『マフェルス』などエルフの私でも見たことないぞ。あれはハーフエルフよりもレアな存在だ」


 「アシリア、『マフェルス』って何なの?」


 リジには初めて聞く名だった。それほど『マフェルス』は珍しい存在なのだ。


 「『マフェルス』、彼らは精霊からエルフへ進化する過程で派生したごくわずかな種族だ。エルフよりも精霊に近い存在だ。故に彼らはエルフよりも見る者を選ぶ。そんな存在なんだぞ、ロス・ルーラ」


 「ああ、わかっているよ。だが、どちらにせよ、彼女は精霊の類だ。そして彼女が身に着けていた腕輪には、その類の力が込められている。少し君から語りかけてくれないか」


 「..わかった。やってみよう」


 そういうとアシリアは湖に向かって指を組んで願った。


 夜の湖にうっすらと光が揺れ始めた。それは今にも消えてしまいそうに弱々しく点滅していた。


 ロスは湖に飛び込む。水面を泳ぎ、点滅するものの真上で水中に潜った。


 不思議な事に水の中で、光はロスを導くように鮮明に光った。それは『自分はここにいるよ』と呼び掛けているようでもある。


 光が発する場所の砂を軽く払いのけると、そこに『水泡の腕輪』が姿を現した。


 無くさないように握り締めた手に懐かしい温もりを感じる。



 ロスが湖から上がるとリジとアシリアが駆け寄る。


 「どうだった? ロス・ルーラ」


 「うん、みつけたよ」


 「やったぁ!」


 リジは声をあげて喜んだ。


 ロスは掴んでいた『水泡の腕輪』をみんなに見せた。


 だが、手の平に乗せた腕輪は3人の目の前で白い粉になってしまった。


 畔で眠っていたライスが目を覚ました。ライスの中にまだ『静謐のダリ』の力が残っていたためだろうか、彼女の周りだけ草花が育ち、リリラスの花がたくさん咲いていた。


 ライスは、しばらくの間、その花の香りに囲まれながら、満天の空を眺めていた。


 光がひとつ天に向かって登っていく。


 それを見ると、ライスの瞳から涙がひとつ落ちた。



 「おつかれさま..」



 「ライスさん、気が付いたんだね」


 横で看病していたシルバがロスたちに知らせに走った。



 —その夜、ロス、ライス、リジは交代で見張りをしながら一夜を明かした。


 アシリアは森へ帰ったが、彼女はきっと森から魔獣の類を見張ってくれていたに違いない。


 神々しいほどに静かな水面に朝日が映ると、世界を洗うような澄んだルメーラ湖が姿をあらわした。


 ロスはそれを目に焼き付けていた。


 「ロスさん、昨夜の『水泡の腕輪』の成り果ては持っていますか」


 「ああ、ライスが秘想石を入れていた宝石箱を持っていたので、それに入れたよ」


 ライスを見ると湖の畔で何かをしていた。


 「ライス! 出発するわよ!」


 「うん、すぐ行く、少しだけ待って」


 それから5分ほどするとライスが手に何かを持って、笑顔で走って来た。



 ロスたちはペドゥル国への帰路についた。

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