第32話 パーティとしての強さ

【前話までのあらすじ】

ワイズ拉致事件の鍵である仲介屋ジュリス・ランと面談したロスたち。まずはジュリスに気にいられた3人だったが、ジュリスは「望むものを手に入れてくれたら、質問に答える」という条件をつきつけた。ジュリスが望むものとは何だ?

◇◇◇


【本編】


 リジの素性が黒幕に知られれば、黒幕は敵を差し向けるだろう。そして手間取れば手間取るだけリジの祖父ワイズ・コーグレンに危害が及ぶ可能性が高くなる。


 ロスは家に帰るとリジと話し合った。


 あまり敵と接触させたくないというロスの願いに、今度ばかりはリジは首を縦に振らなかった。


 結局、今回の冒険にはライス、リジ、角人のシルバを引連れて向かうことになった。行先は、冒険者の間で「滅びのラクル」と揶揄されるラクル地区だ。


 「いいかい。ここからラクル地区へ続く森の道だ。中心に近づくにつれ闇の瘴気が強くなる。弱い精霊ではこの地区には近づけない。ライス、君の魔法は使えないものが出てくるだろう。そしてリジ君、君の聖剣の精霊フゥも元気がなくなるかもしれない。それでも行く覚悟はあるかい?」


 「ロスさん、私はロスさんの護衛でしょ」


 ロスはすっかりライスとの関係性を忘れていた。


 「私は、おじいさまを助けたい。でも、ヴァン国の双児国であったルメーラ国の現状をこの眼で見てみたいという思いもある」


 「わかった。シルバ君、君はリジ君の近くを片時も離れてはいけないよ」


 そう言うとロスは式紙を取り出し、指をナイフで切ると、血を滲ませて放った。それは強い瘴気にも負けない式紙を召喚する方法だった。


 式紙からは今までの白犬や白狐ではなく、真っ黒で金の眼をもつ豹が案内役として召喚された。


 「ねぇ、ロスさん。ここの瘴気を精霊が嫌うってことは、アシリアはこの地区に入れるのかな?」


 「どうだろうな。俺も彼女のことはわからないことが多い。ただ、彼女は強い。ここの瘴気に負けることはないだろう」


 ライスの心配は杞憂であったことがすぐにわかった。


 道の途中、お尻を矢に射抜かれ一目散に逃げる魔獣を目撃したからだ。


 森の木々が鬱蒼とし、だんだんと日射しが届かなくなってきた。


 黒豹が立ち止まり低い唸り声をあげた。


 『ロス・ルーラ、気をつけて。手ごわい奴がいる!』


 森の中にアシリアの声がした。


 ロスはこの感覚に覚えがあった。この後頭部を撫でる手が、ゆっくり背中へと伸びて来る嫌な感覚だ。


 ライスもリジも肌の産毛の存在がわかるくらいに逆立っていた。


 『おやおや、これは部外者さん、御一行ですね。でも迷ったようではないですね』


 細く黒いひげに肩眼鏡をかけた老齢の紳士が、白い手袋をはめた手を振っている。


 「誰なの?」


 意外にもライスが落ち着いて質問をした。


 「ほほほ。人の家に入って『誰なの?』と聞くのですか?」


 どこかで聞いたことある言葉だった。


 「いいでしょう。私に名はなかったのですが、今、自分で名付けました。私はモノクルです。実にいいでしょう? 響きが」


 モノクルは温和な老人のように笑っているが、その実、笑っていない目が屈折した闇を滲ませていた。つまりマネなのだ。人のマネをしているだけの存在だ。


 「リジ君、あいつは君を狙ってくる。あいつの手にもつ杖は奴の剣だ。奴は剣士を杖で屈服させるのが趣味な奴だ」


 「おや? 聞こえましたよ。どうやら私を存じているようですね。私はあなたのことなど微塵も知りませんが.. さて、そろそろ始めましょう」


 それは疾風のようだった。森の落ち葉が舞い上がるとモノクルの姿は消えた。


 —キキン


 いつものように水晶の澄んだ音ではなかったがリジはモノクルの一撃目を防いだ。


 「ほう、なかなかの感だ。私の一撃目を的確に防ぐとは」


 「ふん、ロスさんの助言のおかげよ。あなたは杖を使って剣士を屈服させるらしいわね。それなら、絶命点である頭部は狙わない。私は以前の闘いで、肺がやられるのがどれほど苦しいか思い知ったわ。あなたの尖った剣はきっと肺を突いて来るって思ったわ」


 この読みの良さにロスは感心した。まるでかつての勇者の姿を思い出すようだった。


 「なるほど、なるほど。ならば、もう屈服などは置いておこう」


 「あら、もう誇りに傷でもついたのかしら」


 モノクルが姿を消した。


 「もうお前は私の姿を見ること無く死ぬのだ」


 モノクルは自分の体に風景を同化させた。そして素早い動きで移動を繰り返していた。


 [—メドレス・ラン—]


 ライスは魔法の火球を碁盤の目のように配列させた。


 —ブブゥゥっと火が揺れた。


 モノクルの軌道が浮かび上がったのだ。


 —シュパンッ と、弓をはじいた音がした。


 「ぐぎゃああぁああ」


 姿を現したモノクルのお尻にはアシリアが放った矢が刺さっていた。


 「やった!」


 「まだだ! リジ君」


 モノクルのもつ杖が長く伸びると、そのままリジの胸を貫いた!


 「ガハハハ、馬鹿目。そんなふざけたメイド姿で私に挑もうなどとするからだ」

 

 「リジィ!」


 ライスの叫び声が森に響いた。


 「確かに。ふざけたメイド姿よね。でも私は気に入ってるの。ケチを付けないでよね」


 伝説の防具・銀鴉(ギンア)がモノクルの攻撃を防いでいた。


 「そして、あなた、捕まえたわ」


 リジはモノクルの杖をしっかりと手で握ると「聖なる空の剣」で杖を縦に引き裂いた。


 精霊フゥが作り出した高圧の風刃がそのままモノクルの腕をズタズタに引き裂いた。そして速く鋭いリジの追撃がモノクルを魚の開きのように真っ二つにした。


 「ば、馬鹿な。こんな小娘らに..」


 モノクルは怒りの表情になると体色が黒く変化した。


 「こいつ、再生してるの!?」


 「モノクルを倒すには、炎で焼き尽くすか、もしくは瞬時に粉々にするかだ」


 ロスがモノクルを倒すヒントを2人に与えた。


 「でも、どうすれば」


 「良い方法があるよ! それはね——」


 ライスはリジに耳打ちをした。


 [—メドレス—]

 

 詠唱と同時に小さな火球がリジの目の前に浮いた。


 聖剣で火球を縦横無尽に切り刻むと、つむじ風が細かい火を纏って、モノクルの体に巻き付いた。


 火の風はモノクルの体を切り刻みながら焼くが、再生が可能なモノクルは余裕の表情で言った。


 「こんな弱い火で私を焼き尽くせるもの—ブホァ」


 巻き付いた火の風が一斉に口の中に侵入した。


 「無駄だ。私を内側から焼こうとでも思ったのだろう。馬鹿め。ではこちらの反撃の番だな」


 「助かったよ。あなたが私たちを見くびってくれて。私はまだまだ未熟で狙いを定めることが出来ないんだ。でもね、魔法の火が目印になると話は別。とってもやりやすいんだ。あなたの体の中の火。それはね、暗闇に灯る目印よ」


 そう言うとライスは息を大きく吸って、唱えた。


 [—ゼロ!!—]


 「な! ばっ—」


 体の中で魔法の火種が爆発すると、モノクルは一瞬で跡形もなく飛散した。



 「見事だ。リジ君、ライス。君らの連携は凄く良かったよ。それとアシリア、君が六望印を作ってくれたおかげだ」


 「奴らを倒すのに手っ取り早いから作っただけ」


 「ロスさん、六望印て?」


 「アシリアはここに弓矢を使って、印字結界を作ったんだ。瘴気の影響を最小限にしてくれるんだ」


 「そっかぁ。アシリア、ありがとう」


 ライスがいつものように大きな声でお礼を言うと、一瞬姿を見せて『ふん..』と言って木の葉の陰に隠れてしまった。


 ロスは満足していた。なぜなら、今回の闘いは3人が協力して得た勝利だからだ。パーティとしての連携だ。


 そして確信した。この子たちは強くなると。しかし同時にロスは不穏なものを感じていた。奴の名はモノクル。名がないというのは嘘だ。あいつは昔からモノクルだった。『闇の従者モノクル』。まさか..『闇』が関わっているのか?




 『くそ、とんだ失態だ。このモノクルが、あんな小娘にやられるとは。しかし、あの男、どこかで見覚えが.. ロス.. いや、あいつは.. そうだ、あいつは、あの—』




 飛散したモノクルのひときれが老木の幹割れに逃れていた。



 「ライス、何やってるの? 早く行くよ!」


 「うん....」


 ライスがその老木を見つめている。


 一瞬だった。人の眼に映らぬほどの一瞬。ライスの額に黒い魔眼が現れると、老木が闇色の炎に包まれた。炎は老木を燃やすことはなかった。ただ、幹割れの奥に隠れたモノクルを白い灰に変えただけだった。




 「リジ! 待って、置いていかないでぇ!」


 ライスは小走りでリジを追いかけた。

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