第31話 西の門の仲介屋

【前話までのあらすじ】


角人の出現でマイルの調査報告書の内容をライスとリジに話すことにしたロス・ルーラ。ペドゥル国の新たな資金源となるラクル地区とルメーラ国の存在。虐げられている角人の現状を知った2人は大きなショックを受ける。そしてワイズ拉致事件の鍵となる仲介屋に向かう3人であった。

◇◇◇


 翌日、ロスはライスとリジを連れて『レッタの本屋』に赴いた。


 「親父さん、(マイルは)いるかい?」


 「出かけてるよ。あんたら、いつも間が悪いね。それより最近入荷した『アリは何kmまで歩けるか?』って本がお勧めだよ」


 レッタは棚にある本を指さすと手を広げて待っている。


 ここに来るたびに本を売りつけられるのは勘弁してほしいところだが、仕方がない。

 

 「まったく何てタイトルの本だ。せめて、もっと面白そうな本にしてくれよ」


 ロスは1000プレンをレッタに渡すと「蟻なだけに『毎度あり』」など疲れが出るような洒落を言って送り出してくれた。




 歩きながら本をめくると本の裏表紙の内側に『バター香る朝』と書いてあった。


 「『バター香る朝』ってなんだろうね」


 ライスとリジが顔を見あわせる。


 「はあぁ、今、奴がいる場所さ。そんな場所はあそこしかないよ」


 「ああ、リヨンさんのところね!」


 リジが指を鳴らした。


 ・・・・・・

 ・・


 『リヨンの食屋』に到着すると、さっそくリヨンさんが朗らかな笑顔で貯蔵庫の鍵を渡してくれた。


 調理場の勝手口から表に出て、すぐ目の前にある貯蔵庫を開けて中に入ると、ランプ下の食卓で優雅に紅茶とパンを頬張るマイルがいた。


 「よう、やっぱり来たな」


 陽気な声でマイルが挨拶をした。


 「なんだ、用心深く貯蔵庫なんかに隠れやがって。こっちはそのせいで本を買わされたぞ」


 「まぁ、いいじゃねぇか。親父にも儲けさせてくれ。ところで昨晩は楽しんだかい?」


 「楽しんでないわよ。私は気持ち悪くなるし、リジは変な2人に襲われるし大変だったんだから」


 むきになって話すライスを見て、マイルは「ククク」と含み笑いをした。


 「お嬢さん、そういうのを世間では『楽しめた』って言うんだぜ」


 「ふざけないで」


 「まぁ、まぁ、多少そうなることは想定していたさ。そしてあんたらは、まんまと俺に聞きに来たわけだ」


 「ああ、そうだ。報告書には書いていなかった仲介屋についてな」


 「まったく.. ちゃんと読まなかったのか? あそこには2~3日のうちに調べておくって書いてあっただろ」


 「まぁ、そうも言ってられなくなった。思ったよりも展開が早まってな」


 「何があったんだ?」


 「家に角人がいる。リジがその追っ手と闘った。奴らはすぐに俺たちの素性を調べるだろう。リジの素性がばれれば、すぐにトカゲの尻尾切りだ。ワイズ・コーグレンは帰らぬ人となってしまう」


 「まったく、何かと忙しい雇い主だな、あんたらは。報告書にも書いてあった通り、この国の『華貴族』には御三家がいる。ガロル家とイヴ家と、あんたらが会ったバス家だ。こいつらはペドゥル家がさらに3つに分かれた御家連中さ」


 「私、あのセシル・バスって人嫌い。変な匂いするし」


 「ははは。あいつが付けているのは魔獣バグジの匂い袋から作った自慢の香水だよ。ライスちゃんの言葉聞いたら本人はショックを受けるぜ」


 「で、御三家のお抱えの仲介屋がいるのか?」


 「いや、それは正確な表現じゃない。2つの仲介屋が御三家を奪い合ってるのさ。西のジュリス・ランと南のコーラル・コーラだ。デリカとレキは結構強いコンビだった。たぶんあの2人を扱っているのは西のジュリス・ランだろう。まだ裏は取れていないがな。いくか?」


 「もちろん、いくわよ!」


 リジが変わって返事をする。


 「ジュリス・ランにデリカとレキの所属部隊と御三家のどの家からの依頼だったかを聞きだして見せる」


 「エサもなしで、簡単に教えてくれるかねぇ? ジュリス・ラン。あいつは秘密を漏らしたことがないぜ。まぁ、俺も調べようがなくて困っていたんだ。リジちゃんの素性がばれるのが早いか、あんたらが黒幕を突き止めるのが早いかの勝負だ。やってみるといいさ」


 「店の場所はどこだ?」


 ***


 『—店の場所は、削壁通りを横断したら、貧民街のど真ん中を突き抜け、あとは西に進むのみ。西の城壁沿いに東の大門よりもほど小さい門がある。あとは、まぁ.. 行ってみりゃわかるさ』


 ロスはマイルの言葉を思い出していた。


 『—看板? そんなものないよ。西の門がそのまま店の入口になっている。門番がいるからこいつを渡してみな。門を開けてくれるだろうぜ』


 マイルの言葉通り西の門の前に立つ巨漢の門番の手にそれを乗せた。


 それは指輪だった。


 『—それか?それは魔法の指輪さ。門番のドリが浮気相手の家に忘れたものだ。丁寧に名前まで彫られているぜ』


 門番のドリは慌ててポケットに指輪をしまうと、重たい扉に体重をかけて押した。


 —ギギっと湿ったような擦れる音を鳴らして西の門は開いた。


 物知りのロスでもその店の作りに思わず笑みがこぼれた。こんなユニークな店の入口は初めてだ。


 ロスは門の向こうにある街道沿いに店があるのだと思っていた。しかし、そんなありきたりの予想ははずれるためにあった。


 文字通り、西の門が開き、一歩前に踏み出すと、そこがそのまま店内になっているのだ。


 店に入ると手前には木製のテーブル席が並び、飲んだくれがイビキを掻いていた。壁際にはカーテンで仕切られたソファー席、閉じられたカーテンからは男女の囁く声が聞こえる。そして正面10歩前に進むと、奥の棚に様々な酒瓶やグラスが並ぶカウンター席があった。


 未成年のライスとリジには早すぎる店だ。


 2人を見ると強い酒の匂いに鼻をつまんでいた。


 『—ジュリスはカウンター席の右端に座っている青いリボンの若すぎる女だ。左の貫禄マダムはダミーだ。間違うなよ。それだけであんた、相手に舐められちまうぜ』


 『若すぎる女』という言葉にひっかかるロスだったが、右端には、確かに酒場には似合わない「若すぎる」というよりも「少女」というほうが相応しい女がリボンを付けて座っていた。


 カウンターへ向かおうとテーブル席をすり抜けるライスとリジ。酔っぱらいどもが若い2人に『チュッ チュッ』と口を鳴らしてからかい笑っていたが、リジは毅然と無視をし、ライスはその陰に隠れて歩いた。


 「ジュリアンヌ・ラセルト。話があるんだ」


 ロスが通り名ではない彼女の本名を言うと、ジュリスはゆっくりとロスに顔を向けた。


 ジュリスの右側の頬には深い傷があった。これも第一に視線を向けてはいけないとマイルから忠告を受けていた。


 「あら、私、前にあなたに合ったかしら..?」


 「いや、人に聞いてきた」


 「へぇ、その人、私の事よく知っているのね。いいわ、何かしら?」


 意外にも微笑んだ顔ですんなりと受け入れてくれた。逆にそこに少女とは思えない貫禄を覚えた。


 「デリカとレキを紹介したのはあんただろ?」


 「 ..あなた誰? お役人.. いや、この国の人じゃないわね。あなたからはこの国の人間のドブの匂いがしないわ」


 テーブル席の男たちが自分たちの匂いを嗅ぎ合っている。


 鼻を鳴らしながらロスの顔に近づくジュリス。


 「俺たちはヴァン国であなた達の何かに巻き込まれたんだ」


 「あなた、正直ね。いいわ。答えてあげる。そうよ。私がデリカとレキをヴァン国に送ったわ。飛び切り危ない奴っていう要望だったからね」


 リジは思わず口を出しそうになったが、『俺に任せてくれ』と言ったロスの言葉を思い出し、自分の言葉を飲みこんだ。


 ジュリスの片目は白く濁っている。おそらくこの左目は見えていないのかもしれない。しかし人の心の中を覗くことにかけては、一流のようだ。嘘をつけば終わりだ。


 「それを頼んだのは、御三家のどの家か教えてもらえるか?」


 「ははは。あなた、冗談を言っているの? 客の信頼を裏切ることはできないわ」


 「そうか。でも君は客のことなど信頼していないだろう?」


 ロスの言葉にジュリスの笑顔が消えた。


 「なぜそう思う? あなた、何者?」


 「俺はただの農夫さ」


 「そう.. 確かに嘘をついていないね。少し待っていて」


 そういうとジュリスは左側の貫禄マダムに耳打ちをした。


 「今日はもう店じまいだ! みんな帰っておくれ! 悪いね!」


 ぶつくさと文句を言いながら店を出ていく客たち。飲み潰れている客は貫禄マダムが担ぎ上げて店の外に放り投げた。そして貫禄マダムも店から出ていくと、ジュリス、ロス、ライスの3人になった。


 「もう一度聞く、ロスよ。なぜあなたはそう思ったの」


 「ああ、俺は式紙の研究をしているんだ。この式紙で果樹園に一種の結界をはるのさ。魔獣や獣はそれ—」


 「ああ、もういい.. あなたたち、デリカとレキを倒したと言ったね」


 「うん。レキは友達のアシリアとリジがね。デリカは私が倒したんだよ」


 ライスが得意げに言った。


 「アシリア.. 『恥知らずのアシリア』か。そしてリジ・コーグレン」


 ジュリスはリジの眼を見つめた。そして、そのあとジュリスは鼻を鳴らしながらライスに近づいた」


 「ライス、君は興味深い。君の匂いは懐かしい人を思い出させる」


 ライスはドレスの胸元を手で引っ張ると鼻を差し込み、自分の匂いを確かめた。


 「ジュリス、君は.. アシリアを『氷』ではなく『恥知らず』と呼ぶんだな」


 ロスがジュリスの言葉を指摘すると、続けてライスが言葉を続けた。


 「ジュリス、アシリアを『恥知らず』なんて呼ばないであげて、私の大切な友達なの」


 友達を悪く言われるのが、特にアシリアを悪く言われることがライスは悲しかった。


 「 ....大切な友達か。ライス、君はまるで子供だな」


 「え、子供? 子供じゃないよぉ」


 頬をふくらませるライスを見てジュリスは優しい目で笑った。


 「今日は、何故か機嫌がいい。もしも、あなた達が私の望むものを探し出せたら、どんな質問にも答えよう。商売度外視でな」


 「君の望むもの..? わかった。他に道はなさそうだな」


 「ああ、そうだ。私が望むものは世界でただひとつしかない——」


 ***


 そして..


 ロス、ライス、リジ、そして角人の少年シルバはジュリスの『望むもの』を探しにラクル地区へ続く森に入った。

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