第29話 ペグとナットと白い虎

【前話までのあらすじ】

人身売買が行われる秘想石品評会から退席するロスとライス。一方、留守番をしていたリジは思わぬトラブルに巻き込まれた。庭に逃げ込んだ少年を追って大男と痩せ男が壁板を破壊し侵入してきたのだ。もちろん、リジは黙ってはいない。

◇◇◇


【本編】


 筋肉質の大男と剣を持った痩せ男。この組み合わせが『決闘裁定』のデリカとレキを思い出させ、リジの感情を逆なでしていた。


 それに人の家の壁を壊しながらも、悪びれもせず襲い掛かってくるのは許せない。


 「ほぅ..メイド姿で剣を使うとは面白い。少々油断した」


 そういうと男は背中の剣鞘から短刀を2つ取り出しそれを紐で結び付けた。


 「もしかして、あなたたち討伐隊?」


 「 ..!?」


 男たちが顔を見合わせて反応した。当たりだ。


 「娘、おまえ、なんだ?」


 「見ての通り、ただのメイドよ」


 あの剣に聖剣の精霊からの嫌悪感はない。つまり『漆黒の剣』ではない。


 そして大男の手足にも注目した。『牢獄の魔道具』らしいものもない。


 薄ら笑いを浮かべた剣士は、真正面からかかって来た。


 両手に持った短剣は、強引な力任せな攻撃だ。


 問題は次の攻撃。おそらくは腹、または脚か。


 繋ぎ止めた双剣の攻撃は、リジが想定した攻撃範囲よりも伸びた。繋ぎ止めたのは紐ではなくゴムだったのだ。


 足に飛んできた短剣をぎりぎりに振り払う、と同時に男は懐に入って来た。


 やはり、かなり闘いなれている。この経験の差だけはリジは叶わなかった。


 剣士は払われた剣を掴むと、背中からリジに密着し、そのまま回転しながら彼女の脇腹を斬りつけた。


 —ガギギンッ!!


 距離を取った剣士が首をかしげる。


 「俺は今、確かにお前の腹を裂いたはず。だが、何か違うモノにあたった。娘、貴様、本当に何者だ?」


 剣士が不思議がるのも無理もない。


 ハーフエルフに伝わる意志を持つ防具・銀鴉(ギンア)が胴当てとしてリジを守ったのだ。


 「人に名前を尋ねるなら、自分から名乗りなさいよ」


 リジは剣先を剣士に向けて豪気に言った。


 「おもしろい。刃欠けのメイド。だが次の攻撃で決める」


 「結局、名乗らないのね。なら、私が終わりにしてあげる」


 リジは聖剣に願いを込める。


 「(—聖なる空の剣に住まう精霊フゥよ。力を貸して)」


 —リィィン とガラスを弾いた音が鳴り、辺り一面にすがすがしい空気が広がった。


 リジが足に力を入れ、踏み込むとまるで疾風のように脚が軽くなる。


 —シュ


 剣士を通り過ぎると短剣を繋ぎとめていたゴム紐を切った。


 「ほう。なるほど、これで俺の攻撃を封じたと..ぐあぁあ!なんだぁあ!」


 それだけではなかった。剣士にまとわりつく風は、その腕に絡みつき、右ひじの腱を切ったのだ。


 「あなたの右手は封じさせてもらったわ」


 「くっ、女め!」


 剣士が下がると、大男がバキバキと大きな拳を鳴らす。


 「だまって見ていりゃあ、ナット、お前油断しすぎだぜ」


 「うるさい。あのメイドの剣は普通の剣じゃない、気を付けろよ」


 リジはいたって冷静に、2人の会話を思い出し情報を整理した。


 大男の名は『ペグ』、剣士は『ナット』と呼び合っていた。


 「さてと、澄ましたメイドの顔を恐怖に変えてやるぜ」


 「ふんっ、馬鹿力だけの男にやられはしないわ」


 挑発に乗って殴りかかってくると思っていた。


 しかし、意外にも男はその場で足を踏みしめ構えをとった。


 「(こちらが斬りかかるのを狙う受け身の拳か..)」


 男が口をニカリとし、歯を見せた。同時に思いきり腕に力を籠めると、リィィンという音がした。


 聖剣の音? いや、違う。それは男の飾り歯から鳴っていた。


 周囲の空気が男の拳に集まる。


 「(まずい。牢獄の魔道具!)」


 リジが思った時はすでに遅かった。


 男が正拳を放つと空気の砲弾が発射された。



 —ドガッ



 大きな音がした。それは地面を足で蹴った音だ。


 白い虎がリジの前に立つと大きく咆哮した。


 砲弾と白虎の咆哮がぶつかり合うと大きな衝撃音が鳴り響いた。


 緊急事態の為に地面に埋めていたロスの式紙が発動したのだ。


 「な、なんだ!」


 —グァル.. 唸るように鼻を鳴らすと、空気を揺さぶる雷鳴のごとく咆哮が鳴り響いた。


 2匹の白虎がペグとナットにネコ科独特の足取りで、今にも飛び掛かる気配を放っていた。


 「くそっ、ナット、引き上げだ!」


 剣士が叫びながら姿を消すと、大男も舌打ちをしてひきあげていった。


 リジはその場にへたり込んだ。


 白虎が近寄るとザラザラの舌でリジの頬をなめ上げた。


 「ふふ、君たち、助かったわ、ありがと」


 もう1匹の白虎は気を失っている少年に寄り添っていた。

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