第27話 秘想石品評会へ潜入す

【前話までのあらすじ】


チグルの店で新しい服に袖を通すライス。初めての仕立て服に大喜びだ。これには店主チグルも服職人冥利に尽きていた。その帰りに寄った『レッテの本屋』。なんと既にマイルの報告書が完成していた。しかも、特別特典として秘想石品評会の招待状が付いていた。

◇◇◇


【本編】


 その日は月が隠れ、いつもよりも闇が深い夜だった。


 マイルの用意してくれた秘想石品評会の招待状を携え、ロスとライスはルーラ夫婦として会場へ向かう事にした。


 今回ばかりは夫婦限定という事でリジは留守番をすることになった。


 もちろんリジは反発した。


 「なんで!? なんで当事者の私が留守番なの?」


 「これは夫婦限定なんだ。我慢してくれ。そもそも帯刀するメイドを連れて入れる場所ではないだろ」


 するとリジはライスをちらりと見て言った。


 「じゃ、ライスと役目を変えたらいいじゃない。私が妻ということで行かせてよ」


 「ダメだ。君は俺やライスを信用できないのかい? もしもここで君が『ライスを信用できない』と言うのなら、君を連れて行ってもいい。どうする?」


 ライスがうつむいた。そんな彼女をリジは見て即答した。


 「ずるいよ、ロスさん。そんなこと言ったら私には選択肢がなくなるじゃない」


 「リジ..」


 「ライス、私の代わりに品評会で手がかりを見つけてきてね」


 「うん!」

 

 品評会はペドゥル国の主要部である大屋敷で行われる。


 大屋敷の迎賓広間で開催されるとなれば、ワイズの拉致に関わる人間がいる可能性は高い。


 そこへリジが行きたがる気持ちはよくわかる。しかし、それは逆に身バレを招きかねない危険な行為でもあるのだ。


 連中はコーグレン家と関りが深い上、血縁者についても調べ上げているに違いない。リジの身バレが起きれば、きっと計画は中断され、トカゲのしっぽを斬るようにワイズの命も絶たれてしまうであろう。


 しかし..そんな事情はさておいて、ライスにとっては、こんな豪華な催しに招待されるなど初めてであり、不謹慎ながらも彼女の心は浮かれ気味であった。


 新調したばかりの服を着る喜びも相まっているのだから仕方がないことだった。


 ・・・・・・

 ・・


 親善通りをまっすぐに近づけば近づくほど、ペドゥル家の大屋敷は、その財力を見せつけるかのような絢爛豪華な建物だった。


 『すごいなぁ』という言葉をライスは何度言った事だろうか。


 賓客はほぼ『華貴族』であった。しかし、華貴族に昇格を期待できる『凡貴族』も特別に招待されていた。


 マイルが関係者の一人を脅迫して、ロス・ルーラをリストに入れ込んだのは想像に難くない。


 華貴族は延々に続く赤い絨毯の上を歩いて会場に入っていく。それ以外の招待客は裏の道から広間へ案内された。それは貨物用の粗末な通用口だ。


 しかし、その通路の途中でロスは確かに子供の泣き声を耳にした。


 会場に入ると高級な服をきる華貴族たちで溢れていた。秘想石の品評会が始まるまでは金持ちの社交パーティのようだ。


 華貴族はプライドが高く凡貴族を下に見ている。話しかけられるのも逆に面倒なのでロスは敢えて『チグルの服屋』で一番低級な袖丈の合わない服を選び着ていた。


 そんな、どうでもいいような凡貴族にも、しっかりと挨拶をしてくる者がいた。


 それが品評会の主催者だ。


 「これは初めまして、ロス・ルーラ様、ライス・ルーラ様。わたくしはこの品評会を主宰するセシル・バスと申します。以後お見知りおきを」


 「招待、ありがとうございます。とても華やかな催しで楽しませていただいております」


 「ルーラ様はこちらに移住したばかりとお聞きしましたが、どちらの国からいらしたのですか」


 招待リストに乗った時点で調べているくせに白々しくセシルは質問する。これも社交場では当たり前のことだ。ヴァン国ということを今更隠しても無駄な事だ。



 「はい、ヴァン国から来ました。こちらのペドゥル国では莫大な富を手に入れることも可能だと聞いておりましたので」


 「なるほど。果てしない望みを持つ事は良いことですね。この後も『秘想石の品評会』がございますので、どうぞ引き続きお楽しみください」


 セシル・バス、最小限の会話をして、しっかり自分の中でロス・ルーラを値踏みしていった。


 彼の中でルーラ夫婦がどのようにランク付けされたかはわからないが、まずは『セシル・バス』という人物をロスはしっかりと記憶した。


 一方、ライスは初めての挨拶に横でアワアワしているだけだった。まぁそのことでランクがどうなったのかは想像できた。


 突然、会場の照明が落ち、壁際のランプの薄明りの中、ガラスケースに入れられた秘想石が運ばれてきた。


 秘想石に対して光を近づけると会場内は美しい模様で彩られた。いや、それは模様などではなかった。


 映像だ。


 朝日を浴びた山々、満天の星々と湖、そよ風に揺れる若芽輝く森。


 さまざまな美しい風景が広間の白い壁に映し出されているのだ。


 会場内の誰もが感嘆の声をあげていた。


 「凄く綺麗だね、ロスさん」


 ライスもうっとりと魅入っていた。


 だが、ロスはその映像に違和感を覚えた。それはどれもが映像の途中に一瞬の瞬きが入っているのだ。


 しばらくの間、映写会が続くと、司会者の案内が入った。


 『お楽しみのお客様には、これからメインの品評会と競売を始めます。引き続きお楽しみくださいませ』


 ガラスケースの『秘想石』、これが商品ではなかったのだ。


 舞台の上に強い照明が当たると8~10歳の目隠しされた子供たちが並ばされた。


 『さぁ、今回は遥か東にある女神の名を付けられるほど美しい海・レイス海で暮らす角人の子供です。大切に育てれば15歳にはあなただけの『秘想石』を手に入れることが出来ます。さぁ、1番から心の思うままに値を付けてください』


 「ロスさん、何、これ!?」


 ライスが震える唇で質問した。


 「くっ、これは.. 人身売買だ」


 「ひどい..」


 ライスはロスの手を強く握りしめると、かすれた声でつぶやいた。

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