第24話 興信所のマイル

【前話までのあらすじ】

ペドゥル国に潜入したロスたちは身分証明、住まい、そして自分たちの身なりなど、生活基盤を用意した。『北の山』はひとつの山ではない。山脈の総称だ。そのため捜索するにもまずは情報を手に入れなければならない。さて、ロスたちの次なる行動は?

◇◇◇


【本編】


 翌日、ロスは『レッテの本屋』へ行こうと思った。


 「また地図でも買うんですか?」


 「いや、そうじゃないよ。リジ君、この地図を購入して君はどう思った」


 「そうですね。かなり便利ですね。この巻末の特典の券はかなり使えます」


 「だよな。しかし、俺が注目するのは、この事細かに書かれた情報だ。そして、まさしくこの券だよ。普通はお店の宣伝効果を期待しての券だが、これはそういう類ではない」


 「どういうことですか?」


 「この冊子はきっと上得意客への『特別な冊子』だ。そして、その券が有効に使える理由。たぶん、それは情報だ。これを書いた人物は、かなり各店の主の秘密を握っているのだと俺は思う」


 「なるほどですね。この町の各店の秘密を知っているって事は、この町の全てを知っていても不思議じゃないですね」


 「さすがリジ君、察しがいいね。じゃ、悪いけど、直ぐにライス起こしてくれないか?」


 「え~! また私ですか? あの子、寝ぼけて抱き着いてくると、抱き枕と勘違いして離さないんですよ。ロスさん起こしてくださいよ」


 「おいおい、ライスの寝相知っているだろ。素っ裸で抱き着いてきたら、いろいろ問題ありだろ」


 「..わかりました。そのかわりに—」


 長い奮闘の末、ライスの頭にこぶが増え、3人は東の凱旋大通りへ向かった。


 式紙しきがみのカミラが紙に戻った事で、リジはメイド姿でありながら聖剣を持つことになった。メイド姿の騎士は非常に珍しい。


 「リジ、剣は置いて行ったら? 何かあったら私が魔法でリジの分まで暴れるから」


 「ダメよ。カミラに剣渡していたから精霊フゥが気分損ねちゃってるんだ。今は少しでも一緒に居て機嫌を直さなきゃ。わかる? カラカラと笑ってる声がするでしょ?」


 「へぇ、リジ君は精霊の声が聞こえる様になったんだね。それは精霊フゥが君だけに伝えている言葉だから俺達には聞こえないんだよ。君と精霊との繋がりの証だね」


 「はい!」


 リジは笑顔で返事した。


 まずはリジのお勧め、噴水近くのお店『リヨンの食屋』に寄って朝食をとることにした。噴水広場に併設された店外テラスがある素敵なお店だ。


 木漏れ日が射す白い食卓に噴水の香り、そこに集まる小鳥の声。


 「どう? いいお店でしょ?」


 リジが鼻孔広げながらまるで常連のように自慢げに言った。


 「いつ見つけたんだい?」


 「ここは、前におじいさんとこの町に来た時、朝食を一緒に食べたお店なの。ここのパンはとってもおいしいのよ」


 「あらあら、うれしい事言ってくれますね」


 香ばしいパンとバターの焦げた香りのする店内から、ロスと同い年くらいのリヨンという女主人がでてきた。


 「すぐ出来るから、もう少し待っててね」


 そう言うと、暖かい風味豊かなミルクをことりとテーブルの上に置いてくれた。


 ふぅっと息を吹きかけ口に入れると、鼻に濃厚なミルクの香りが広がる。


 「ねっ、凄くおいしいでしょ。ここのミルク」


 みんながミルクを飲んだ後にほがらかな表情をしている様子を女主人は満足げに眺めていた。


 「ところで、メイドさんは、いつ頃にこのお店にいらしたのかしら?」


 「8年くらい前に一度..」


 「そうなのね。ありがとう。私は4年前ここを継いだのよ。おばあちゃんが倒れちゃってね」


 厨房からアラームの音が鳴り響いた。


 「あっ! 焼けたみたいね。今、パン持ってくるわね」


 食いしん坊のライスは大きめのパンを3つも平らげた。


 朝食は、いつもひとりだった。ロスは遠い昔を懐かしむような眼差しでライスとリジを見つめ、この瞬間を満喫していた。


 「うん。うまい! ここのパンは最高だな」


 ロスたちの食事が終わる頃、周りの店も次々と慌ただしく開店準備を始めていた。


 ロスは会計の際、リヨンからの情報収集をしっかりと行った。


 「リヨンさん、そう言えば、そこの通りの端に本屋さんがあるでしょ。あそこの地図って凄く便利だけど、レッテさんは、かなり情報通なんですね?」


 「ああ、お客さん、看板良く見なかったでしょ? あそこの看板にもうひとつお店の名前が書いてあるのよ」


 ・・・・・・

 ・・


 『レッテの本屋』の前に来た。


 看板には『レッテの本屋』の大きな文字。その下に遠慮がちな小さな字で確かに書かれていた。


 『調査結果満足の声多数!マイル興信所』


 「小さいねぇ..」「ええ、かなり小さい字ですね..」



 「おやじさん、ごめんよ」


 「やぁ、お客さん。さっそく買い物に来てくれたのかい?」


 ロスの顔を見るや店主レッタは、ほっくほくの笑顔で迎えてくれた。


 「いや、実は、地図の事で聞きたいんだが..」


 「えっ、何か間違いがありましたか? ご迷惑かけましたか?」


 「いやいや、その逆だよ。私たちはヴァン国から来たばかりでね、あの地図には、とても助けられてるんだよ。ところで、この地図っておやじさんが書いているのかい?」


 そう言うとレッタの顔から笑顔が消えた。


 「何でそんなこと聞くんです?」


 「いや、ほら、いろいろ細かな事が書いてあるから誰かなって.. ただの興味本位だよ」


 店主の眼がリジの帯刀へ移った。そしてライスの顔を見る。


 目が合ったライスは満面の笑顔を返した。


 「ふぅ.. それ書いたのは私の息子だよ。看板にも書いてあるだろマイル興信所って。でも、あいにく息子は昨日から帰っていないよ」


 「そうかぁ、それは残念だ」


 「お客さん、あなた達はヴァン国から来たって言うのは本当でしょうね」


 「ああ、本当さ」


 「なら、あなたたちはヴァン国の人間と証明できる物をお持ちになった方がいいよ」


 「 ..? よくわからないけど、そうしておく。また来るよ」


 「はい。どうぞ、またいらしてください」


 それは明らかに忠告だった。


 「ロスさん、次はどうする?」


 「そうだな.. 一度、家に帰ろう」


 「え? もう帰るの? 取り敢えず、中央裁定所を探るとかしようよ」


 リジの不満の気持ちが手振り目ぶりに現れていた。


 「リジ君、今はきっとワイズさんは無事だよ。拉致したのは利用価値があるからだ。だけど不用意にこちらの動きを察知されれば、ワイズさんに危険が及ぶことも考えられる。なぁに、果報は寝て待てって言葉がある。少しそれを待ってみよう」


 ロスはペドゥル国の街を観察するため、家路をかなり大回りしてみた。そしてついには、削壁通りを抜けて、貧民街の先端まできた。


 「さて、ここから西は貧民街になるけど、どうする?」


 「嫌よ、そんな汚いところ。卑しい人のいるところになんか行きたくない」


 リジは何だかんだ言っても育ちの良い領主の孫娘なのだ。


 「そんなことない! 卑しくなんかない! 汚くなんかないよ! 人は人だよ! リジは間違ってる。本当に卑しい人はワイズさんを拉致するような人たちだよ! そんなこというリジは嫌いだ!」


 ライスがどのように生きて来たかをロスやリジは聞いた事がなかった。しかし、この言葉でおよそのライスの幼少期が垣間見えた。


 「..ごめん、ライス。きっと私が間違っているね。ちゃんと人を見れるように努力する。だから、そんな事言わないで..」


 「うん。ごめん。『嫌い』っていうのは嘘だから」


 『嫌いっていうのは嘘』。ロスもリジもその言葉をすんなり受け入れることが出来る。ライスは人を嫌いにはならないからだ。現実に、昔、パーティ内でどれほど意地悪されてきたとしても、ライスはリジを嫌ってはいなかったのだ。


 [ —助けてくれぇ!— ]


 どこかで声がすると、棒をもった貧民街の不良たちが上質なジャケットにハットを被った男性を追いかけていた。


 「よし、ライス、リジ君、助けに行くぞ」


 若者たちは行き止まりの路地裏に男性を追い詰めていた。


 しかしロスたちが追いつくと男性をそのままに、不良たちは壁にある扉に入ってしまった。


 「なぁ、あんたら俺に何のようだ?」


 男性はハットを指で上げてロスを見据えた。


 「もしかして.. 君がマイルか?」


 「そのとおりだ!」


 その瞬間、マイルの姿が消え、キンッという水晶の音がした。


 「ロス・ルーラ。なかなか帽子が似合うな。それに連れのメイドも腕がいい」


 ロスの頭にはマイルのハットが乗せられていた。そして、マイルはロスたちの後ろを取っていた。


 「あなた、そんなに余裕ぶってる場合じゃないわよ」


 マイルの頬から血が滲み出る。マイルはすれ違いざまにリジと剣を交えたのだ。


 「へぇ、もう一手、追撃していたとはね、本当にやるね」


 「そうじゃないわ。あなたの後ろよ」


 マイルの真後ろにはライスが発した火炎球が滞空していた。


 「ちっ、あんたら、ただもんじゃねぇな」


 マイルの逃げ場はすでに上しかない。だが、空を見上げると式紙の大鷲が羽ばたいていた。


 上を見上げているマイルの額に、リジが弾いた白金硬貨があたる。


 「痛てっ」


 マイルは額の上から硬貨を手に取った。


 それはヴァン国の刻印が刻まれた白金硬貨だった。それを確認した彼の眼からは、強い警戒心が消え失せた。

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