第16話 希忘蛾と謀略

【前話までのあらすじ】


決闘裁定が終了し、リジは敬愛する祖父ワイズ・コーグレンの屋敷に報告をしにいく。気が重たいが自分が行った事に恥じることはない。しかし、屋敷にはワイズの姿はなかった。

真夜中、ロスとライスが止まる安宿屋のドアを誰かが激しく叩く。そこにいたのは目を真っ赤に泣きはらすリジであった。ワイズが行方不明になり途方に暮れるリジだが、ライスがその手を取り言うのだった。「リジは私の友達、助けるのは当たり前だよ!」

◇◇◇


【本編】


―闘技場—


 闘技場の入り口に到着したロスは、4日前にライスを訪ねた時と様子が違う事に気が付いた。


 「待て、ライス、リジ君。見張りの衛兵の姿がない。変だ」


 用心深く闘技場の中に入ると、手を広げてくるくると歩く裸の衛兵がいた。


 [ —ぼ、僕は星まで飛んでいくぞぉ。ほら、僕の翼はどこまでも飛べるんだ― ]


衛兵は幻覚を見ているようだった。


 その異様な様子が3人の不安を掻き立てる。


 「ロスさん.. 」


 リジの声が少しかすれていた。


 隣にいたライスがリジを力づけようときゅっと手を握った。


 ロスの式紙が白狐へと変化すると、3人の先頭にたって闘技場の階段をおりていく。


 白狐をだしたのは、ロスがここに異様な気配を感じたからだ。


 得体の知れない何かが、3人の身体を舐めまわしているようだった。


いつもはカラカラに乾いている闘技場の地下が今日はやたらと湿っている。


 白狐の耳がピクリと動き足を止めた。


 [ ポポポポ、 ポーポポポ 、ポポポ ]


 遠くから聞こえる少し間の抜けた声。ロスはこの声を聞くと肩を落とした。この言葉でロスは全てを理解したのだ。


 この声の主は間違いなくデリカだ。


 牢屋の中で宙を見上げながら同じ言葉を繰り返している。


 「ロスさん、これは..」


 響き渡るデリカの声に心の奥底に手を入れられるような気持ち悪さを感じていた。


 いや、リジだけではない。ロスもライスも同様の思いだった


 「リジ君、ライス、残念ながらこの男からはもう何も聞くことはできない」


 「この人、どうしちゃったの?」


 「2人とも、これを見ろ」


 牢屋の鉄格子に金粉をまぶしたような跡があった。


 「こいつは喜忘蛾きぼうがの鱗粉だ」


 「喜忘蛾?」


 ライスは首を傾げた。


 「ああ、太古の昔からいる蛾だ。数は少なくどこに生息しているかもわからない蛾だ。一節には闇の蛾ではないかと言われていた。この蛾の幼虫は人の脳に寄生するんだ」


 「え? じゃあ、もしかして」


 「残念だ。デリカは既に幼虫の為に生きる人間になってしまった。抜け殻だよ」


 「そんな.. これじゃ手掛かりを掴めないじゃない!」


 叩きつけたリジの拳に鉄格子が鈍い音を鳴らす。


 「ロスさん、外の衛兵さんも寄生されてるの?」


 「いや、あの人は蛾の鱗粉を大量に吸い込んだんだろう。あと2,3日はあの状態だろうが大丈夫だ」


 ロスはリジの肩に手を添えて言った。


 「リジ君、ひとつの情報源が無くなっただけだよ。わかったこともある。あの蛾が生きるには海の水が必要なんだ。つまり誰かが意図的に海辺からここへ運びこんだ。奴らは足跡を残した」


 「じゃ、デリカは口を封じられたの?」


 「ああ。そして犯人はまだ近くにいる。やはり、ワイズさんの行方不明とあの決闘裁定は、仕組まれたものだ。リジ君、ワイズさんは拉致されたんだよ」


 「リジ、私たちでおじいさんを必ず見つけよう、ね?」


 「うん」


 「だがな、リジ君、きっと君のおじいさんはもうこのハーゲルの街にはいないな」


 この時、ロスはこの事件に陰謀の匂いを嗅ぎつけていた。


**

―ハーゲル中央裁定所—


 ワイズ氏がいない今、コーグレン家の家長の職務はリジが引き継ぐことになった。


 しかし、リジはロスとライスの旅に同行することを固く決めていた。


 そのためリジは、ハーゲル中央裁定所の責任者トレン・トリニットの執務室に来ているのであった。


 「私が旅に出ている間、この国を任せられるのは最高裁定人であり、中央裁定所責任者のあなただけなのです。トレンさん、どうかお願いします」


 「リジ様、考え直していただけないですか? なぜ、今に旅などに出られるんですか? ワイズ様が戻られたとしても、あなたの身に何かあれば、私は顔向けができません。ロスさん、あなたからもリジ様を止めてください」


 最高裁定人トレンはロスに強く求める目線を送った。


 「トレンさん、あなたの言う通りです。ですが、きっとリジ君は止まりませんよ。もしも、私たちが同行を断ったとしても、彼女はきっとひとりで旅に出るに違いありません。それなら私たちと一緒の方が安全でしょう」


 「で、ですが..なぜ今なのです」


 「トレンさん。あなたワイズ氏に『顔向けが出来ない』といいましたね。ですが、このままでは、ワイズ氏はここに戻ることはないですよ」


 「な、何を言うのです。リジ様の前で! 不謹慎です」


 「いや、別に死んだと言っているわけではないです。ただ、ワイズ・コーグレンは北の山のどこかにいると思っているのです。リジさんはワイズさんを迎えに行こうというのですよ」


 「何を根拠に?」


 「決闘裁定ですよ」


 「決闘裁定?」


 トレンは飲み込めない言葉に不信感を抱き始めた。

 

 「はい。私はリジさんのチームに討伐隊のデリカとレキを押し込んだ第三者がいると思っています。同時にワイズ氏の拉致誘拐も討伐隊に依頼したのだと思っているのです」


 「なぜそう思うのです?」


 「わざわざ喜忘蛾きぼうがでデリカの口を封じたからです。つまりデリカはワイズ氏を拉致した犯人を知っていた。それならば拉致をしたのは山の民討伐隊だ。そしてワイズ氏は奴らが拠点とする北の山に連れて行かれた.. と私は思うのです」


 「あっ、剣士レキに関しては犯人がレキの死を予見していた。もしくはデリカに殺させるつもりだったのかもしれませんね」


 ロスは言い忘れたことを付け加えた。


 「トレンさん、お願い! 私が旅に出ることを許可して」


 「 ..許可をしなくても、どうせ行くのでしょ.. わかりました。ただし約束してください。必ず生きて帰って来ることを」


 「うん、ありがとう」


 リジはトレンの手を取って固く約束をした。

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