2章 ペドゥル国・カシュー国編

第15話 行方不明の夜

―コーグレン家の屋敷—


 決闘裁定後、リジは屋敷に帰る足が重たかった。


 いっそのことロスとライスと一緒にこっそりハーゲルの街から抜け出してしまおうかとも思った。


 「ダメだ! これは私がまいた種! けじめは取らないと!!」


 曲がり角でリジは声を張って自分の頬を叩いた。


 屋敷の前の門番は闘いの噂を聞き、リジのイメージを一新させていた。


 門番は、リジをコーグレン家のわがまま娘と見ていた。しかし、あのような騎士の誇りを示したリジを今は尊敬していた。そう思うと、コーグレン家の屋敷を警護する自分を誇らしく思えた。


 門番の眼差しにこそばゆさを感じると、入りたくない屋敷に足早に入るリジだった。


 屋敷に入るとリジは汗臭いまま書斎へと向かった。


 コーグレン家の夕食の時間はかなり遅く20:00を過ぎることもある。


 それは眠くなるのを嫌がるワイズが夕食前にじっくりと読書を楽しむ習慣があったためだ。


 ―コンコン


 「おじいさま、リジです。ただいま帰りました」


 ―コンコン 再び扉をノックするが返事がない。


 「おじいさま? いらっしゃらないの? ..執務室かしら?」


 リジは執務室へ向かった。


 しかし、執務室の灯りは消えていた。


 それからワイズ・コーグレンが屋敷に姿を現すことはなかった。



 ワイズ・コーグレンが行方不明となった。



**

—ハーゲル・カトママの宿—


 ―ドンドンッ  —ドンドンッ



 『にゃらは~.. ハハハ.. おいしいぃ....』



 「ライス!! おいっ、起きろ!」


 「 ふぇ..らぁに.. ロスさん」


 17歳の乙女にしては眼を塞ぎたくなる寝相だ。


 実際、灯りを付けたロスは目線を外した。


 「こら、ライス、何か纏え! ったく、なんて寝相だ!」


 「へっ、キャッ! ロスさんが.. ?」


 「バカヤロッ!」


 ロスはベッドから落ちているタオルケットをライスに投げつけた!


 「そんなことより、誰かが扉を叩いている。扉を開ける前にいつでも外に出られるようにしておくんだ」


 時間はまだ太陽が昇るには程遠い。


 こんな来訪者が歓迎できるような奴ではないのは、世間一般の常識だ。


 しかし、この安い宿屋には壁に窓がない。つまりは脱出経路がないのだ。


 ―ドンドンッ —ドンドンドンッ


 再び扉が叩かれる。


 ロスは式紙しきがみでメイドを召喚する。


 彼女がドアを開けた瞬間に白狐を放って逃げる隙をつくろうと思った。


 手軽に荷物をまとめたライスと目くばせをすると、メイドが扉を開けた。


 『どなたです—』


 「ライス.. ロスさん..」


 そこには真っ赤な目で泣きべそをかくリジが、力ない状態で床に膝をついていた。


 「どうしたんだ! リジ君」


 泣き崩れるリジにライスはどうしたらいいか、ワラワラと困惑するばかりだった。


 ・・・・・・

 ・・


 「なるほど..実は、俺は君たちと闘っている時、常に疑問に思っていたことがあったんだ。それは君のおじいさんだ。ワイズ氏はなぜあのような危険な者を孫である君のチームに引き入れたのかってことだ。君は何かを聞いていないか?」


 「わからない。私が聞いたのは山の民を討伐している者としか」


 「そうだよね。考えてみればあんなに危ない決闘をなぜリジのおじいさんは止めなかったのかな?」


 「 ..おじいさまはきっとあんなことになるとは思わなかったんだ。私を信じてたんだよ」


 「でも、あんなことになったのなら知らせが入って止めるんじゃない? 孫の決闘を心配して会場に来ていないのも変だし..」


 「おじいさまが薄情者だっていうの!? そんな方じゃないわ!!」


 「あ、ごめんなさい..」


 これはライスの欠点だった。時々、場の空気を読まずに発言してしまう。しかし、それは真を突いている発言が多いのだ。


 「いや、リジ君。悪いがライスの疑問は誰もが思うものだ。そして君のおじいさんも君が言う通り薄情者ではないのだろう。ならば、ワイズさんは試合の時には、既に誰かに拉致されていたのかもしれない?」


 「拉致ですって!?」


 リジは声を荒げた。


 「まだ、はっきりと断言はできないけどね」


 「ロスさん! あのデリカって人なら何か知ってるんじゃない? これから闘技場の地下牢に行こうよ」


 「そうだな。まずはそこからだな」


 「ごめんなさい。私、ひとりだったら、何をしたらいいかわからなかった。ライス、さっきは怒鳴ってごめんなさい」


 リジは素直に謝ることをしっかり学んでいた。


 「ううん。だってリジは私の大切な友達だもん。助けるのは当たり前だよ! 私たちが付いてるよ! 泥船に乗った気でいて」


 ライスはリジの手を両手で包んで言った。


 「バカね、それは大船でしょ。フフフフ」


 「そっか、間違えた..ははは」



**

―闘技場 地下牢—



 「ぐはぁあ。頭が! 頭が割れる! がああぁ.... ポヘ.. ポポポ」



 「なんだ! 騒がしいぞ! わっ!」


 騒ぐデリカの牢屋を見回りに来た衛兵が見たのは、それは人の顔程の大きな蛾だった。


 その羽音は人の笑い声のようでもあり、羽根に浮かぶ模様は歓喜する人の顔にも見えた。


 — ケタケタケタ クククク ケタケタケタケタ クククク


 羽音は夜の闇に消えて行った。

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