第13話 天空の魔眼

【前話までのあらすじ】


天才的な弓にて剣士レキを窮地に陥らせたアシリアだが、レキの剣は漆黒の瘴気を放ち始めた。一方、ライスは潜在する魔法力をぶつけるが、デリカの『牢獄の魔道具』の冷球がライスの火炎球を阻んでいた。

◇◇◇


【本編】


 一見、ライスとデリカの魔法勝負は拮抗しているようだったが、氷霧がライスを包み込み始めている。


 (ライス、もっと集中するんだ。君ならできる。君の中で精製される魔力の質と量はあの大魔術師リベイルに匹敵するほどだ。力を解放しろ、ライス)


 しかし炎は氷に削がれ始め、ダイヤモンドダストがライスの髪の毛を凍らせる。


 それでもライスは微動だしなかった。


 空からの光、大地に乗る体重、肌に触れる冷気、空気の匂い、そして体を流れる魔素。


 全ての感覚を眉間に集中すると練り上げられたライスの魔力の質が変わった。


 デリカの冷球が一気に大きくなりライスをも包み込もうとした時だった。


 [いやだ! いやだ! いやだ! 僕は人を殺したくない! 道具じゃない! 誰か、助けて!」


 精霊の悲痛な叫びが聞こえた。


 「ああ、助けるさ」


 ライスの口から言葉がでると、周りの空気がパリパリと微弱な電気を発していた。


 ライスの眉間に黄色い魔眼が開いた。


 突然、空気が集まり竜巻が発生した。火炎球と冷球は天空に巻き上げられ、大きな音とともにはじけて消えた。


 「な、なんだ!何をしやがった」


デリカが今の一瞬の出来事に冷静さを失った。


 「精霊は何にも縛られない。自由でこそ精霊だ。さぁ、そこから出ておいで」


 ライスが口から息を吹くと、針を刺すような冷気がデリカの指輪を凍らせ粉々に砕いた。


 砕けた指輪から真っ白い少年が飛び出すと、ライスのもとに歩いてきた。それは可視化された精霊の姿だった。


 「さぁ、雪の精霊ユラよ。お前はもう自由だ。大空にお帰り」


 「ありがとう。天空の魔人ジャク様」


 精霊の声がその場にいた者の耳にも届いた。


 「なに!? ジャク!」


 ロスは思いもよらない訪問者に驚き、声を上げてしまった。


 その声に反応し魔人ジャクに憑依されたライスは無邪気な微笑みをロスに見せた。


 「やぁ、リ... ロス・ルーラ、久しぶりだね」


 「あ、ああ.. だけど、俺たちはお前を呼んでいないぞ」


 「ははは。天空の魔人も自由なのさ。それにこの娘の魔力があまりにも素敵だったからね」


 両手を広げ話すライスの口ぶりはまるで少年のようだ。


 「まったく、呆れた魔人だな」


 「まぁ、そう言うなよ。それに、もう一つ、俺には用があるんだ」


 「て、てめーら、俺の大切な商売道具をぶち壊しやがって。ゆるさねぇ。ゆるさねーぞこの野郎!」


 デリカが全身の血管を浮かべて、その剛拳を振りかざし砲弾のように突進して来た。


 「君は少し大人しくしてくれ —ラクト—」


 その詠唱と共に辺りが真っ白い冷気となった。風が白い霧を晴らすと、足を氷に固められたデリカがいた。


 「う、動けねぇ。く、くそったれ! この野郎!」


 怒鳴るデリカにライスが耳元に近づいて言った。


 「シィー。お前、頭も凍りたいのか」


 デリカは恐怖し黙った。自分とは全くの別物だと認識したのだ。


 その様子に驚いていたのはエルフ族であるアシリアだ。彼女はその魔素の香りから、ライスの中にいる者が、自分の知らない何かだと気が付いたのだ。


 「こ、これはどういうこと!?」


 目の前で次々と起こることにリジの理解が追い付かなかった。


 「リジ、はっきり言えることは、私たちはもう安全の中にいるということだ」


 [ —グギャガガガ! ]


 不気味な声と共に死の淵からレキが戻って来た。漆黒の剣はレキの右手と一体となっていた。


 「こいつ、ついに剣に同化され始めたぞ」


 再び立ち上がり振り降ろした『漆黒の剣』をリジが受け止めた。今度は水晶のような澄んだ音すら鳴らなかった。瘴気により聖剣に住まう精霊が疲弊しているのだ。


 「ダメだ。さっきよりも強くなってる。私ではもう受け止めるだけで精一杯よ」


 剣を何度も撃ちおろす狂戦士にアシリアが矢を放つ。しかし刺さった矢は狂戦士の血が触れると瞬く間に腐り落ちてしまう。


 それでもアシリアはこれから起きるであろう奇跡のために矢を放ち続け足止めに力を注いだ。


 「リジ・コーグレン。君を見ていたよ。俺の眷属『聖なる空の剣』を、使う者よ。今回は特別にお前の勇気を評価してやろう」


 耳元の声にリジが驚き、横を見るとライスが頭を下に逆さまに浮かんでいた。


 驚きの展開だがアシリアは予想していた。今から起きるのは精霊の昇進式だ。



 ライスの魔眼が光ると、それに呼応するようにリジの持つ聖剣「聖なる空の剣」が一瞬光った。


 「君の剣に住む風の精霊フゥは今、成長した。振ってみてごらん」


 ライスは無邪気な笑顔を見せた。


 リジが剣をひと振りすると風が巻き起こった。驚くのはこの軽さだ。妙な事を言うようだが、剣を持っていない時よりも剣が軽く感じるのだ。


 「風の精霊フゥよ。あとは君に任せるよ。リジは良い剣の使い手だよ。しっかり助けておあげよ」


 —リィーン と透明感のある音が鳴り響いた。


 アシリアは足止めを解いた。もう足止める必要は全くないと思ったからだ。


 狂戦士は勢いよく走り、天高く掲げた漆黒の剣をリジに向かって振り降ろした。その剣の速さ、威力とも黒い暴風のごとくだ。


 しかし、その黒い暴風がリジに届く前に、『聖なる空の剣』は3回も狂戦士を切り裂いていた。


 斬撃の後にできた風は狂戦士にまとわりつき、小動物のように首、肩、脇、股をスルスルと駆け巡った。


 動きを止めた狂戦士は、全身から黒い血を吹き出し倒れた。


 —ギャカァーン と錆びた鉄が折れた音をたてながら漆黒の剣は縦に割れると、白い灰となって風に舞って消えた。


 その様子を見終えるとライスは[うんうん]と手を組んでうなずいた。


 「よくやった。さて、そろそろ帰るとするか、ダリに怒られちゃうからな。俺の名は天空の魔人ジャク。ライス、君とはまた近いうちに会う事になりそうだ。そしてリジ、風の精霊フゥはまだまだ成長する、頼むよ」


 そう言うとライスの額の眼は閉じた。ライスは膝から倒れそうになったが、素早く移動したアシリアが支えてくれた。


 「まったく勝手に来て、俺には挨拶もなしで行きやがった。友達甲斐のない奴だ」


 ロスは悔しそうに言った。


 「ううん、ロスさん。ジャクは心の中で『また遊ぼうね、ロス・ルーラ』って言いながら帰ったよ」


 ライスの言葉を聞くと、うれしさに口元がゆるんだが、誰にも見られないように背中を向けるロスだった。

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