第12話 仲間のために

【前話までのあらすじ】


デリカの剛拳の前に飛び出したリジ。それはライスを守るためだった。一方、アシリアは剣士レキに苦戦していた。しかし天才弓士アシリアの本領発揮で一気にレキを血祭りにあげたのだった。

◇◇◇


【本編】


 風が闘技場の砂塵を舞い上げる。それは、まるでライスとデリカを取り囲んでいるようだった。


 「デリカ、あなたならその拳を止められたんじゃないの? リジが飛び込んだ瞬間に」


 ライスの声が感情を押し殺そうとわずかにうわずっていた。


 「ふん。俺たちは、金で雇われ、お嬢の仲間になれとは言われたが、命を助けろとは言われていないぜ。それは別料金だ。それにここは決闘の場だ。死ぬことだってあるだろうぜ」


 ライスは伏せていた眼をあげて、怒気をデリカにぶつけた。


 「何を言ってる! 仲間っていうのは信頼してるからこそ仲間だ。仲間が危なければ助けるのが仲間じゃないか!」


 ライスは両の拳を握りしめた。


 「ふふん、ライスとやら、お前の言うことが正論とするなら、リジはお前の仲間って事になるな。そしてお前の仲間は俺たちの敵だ。俺たちに葬られても文句は言えまい」


 「いいや、文句を言う! 俺もライスもな。この外道が!」


 いつもは何処か穏やかなロスが怒りの表情を浮かべるのをライスは初めて見た。


 そして続けざまにロスは質問した。


 「デリカ、その『牢獄の指輪』をどこで手に入れた」


 デリカの眉がピクリと動いた。


 「ふふ、そんな名前だったけか? そんなことは忘れたぜ。それよりもおしゃべりはここまでだ。お前らは俺の相棒をあんな目に合わせた報いを受けることになるんだぜ」


 レキを閉じ込めていた壁がベキベキと割れ始めた。


 『ギリュリュリュ グガァアア』


 —ザガンッ 


円筒の壁が斜めに切断されると、理性をなくしたレキが刀を振り上げてライスに向かっていく。その顔は人間の表情ではなかった。狂気の化身だ。


 レキの血を吸った「漆黒の剣」が彼を闇の剣士に変えたのだ。しかも血を全て飲み干され、魂までも闇に呑まれている。完全な「闇の狂戦士」が誕生してしまったのだ。


 「くっ、こいつは面倒だぞ」


 ロスが指先から式紙しきがみを飛ばすと、3匹の白狐が素早い動きでレキを足止めしようと飛び掛かる。しかしレキが持つ漆黒の剣に瞬く間に2匹が切られてしまった。


 最後に残った白狐に漆黒の剣が振り下ろされそうになった時だった。


 —キーンッ と水晶をはじいた澄んだ音が闘技場に響き渡った。


 「あなたの相手は私がする」


 漆黒の剣を止めたのはリジが持つ聖剣「聖なる空の剣」だった。


 —ウガアァア


 獣のように襲い掛かる狂戦士が右、左から漆黒の剣を叩きつける。剣筋は単純だったが、リジは受け流すことはできなかった。


 回復魔法によって傷は治っていたが、体力までは回復していないのだ。


 執拗な剣撃にふらついたリジ。


 狂戦士が剣を大きく振りかぶる!


 —バシュン 


 アシリアが放った太い矢が狂戦士の頭を貫くと、その場にバタンと倒れた。


 ほっとして、その場に両膝を着いたリジにアシリアは厳しい口調で言った。


 「リジ、まだ終わっていない! 早く態勢を整えるんだ!」


 漆黒の剣から再びどす黒い瘴気が狂戦士を包み込む。


 黒い瘴気は周りの空気を腐らせている。闘技場に硫黄のような匂いが漂っていた。


 その腐った空気を大きく吸い込みながらデリカが言った。


 「あのお嬢とエルフでは闇の狂戦士を倒すことはできないなぁ」


 「ああ、それはアシリアもわかっている。狂戦士とエルフの弓は相性が悪すぎる。だから先にお前を倒して俺たちが加勢するんだ」


 「お前のその眼、ただの果樹園の農夫じゃないな。おまえの眼はいくつもの戦いをくぐり抜けて来た戦士の眼だ。しかしな、俺様だってそんなに安くはない。かかって来るがいい」


 ロスは鋭い眼光を放っていたが、デリカの言葉を聞くと大きく深呼吸をした。するといつものような穏やかな表情に戻っていた。


 「ふん。残念だが、お前を倒すのは俺ではない。ライスだ」


 「がっはっはっはっは! 笑わせるぜ。こんなお花畑なお嬢ちゃんに何ができるんだよ。せいぜい火炎球くらいなものだろ.. その娘を犠牲にしたいのか。俺がカチカチに凍らせてやるぜ」


 その時、ロスの眼が再び鋭いものになった。


 「俺様だと。氷結はお前の力ではないだろう。指輪に閉じ込めている精霊の力だ!」


 「え? ロスさん、閉じ込めた精霊って何?」


 「ライス、その昔な、人間は精霊を閉じ込め奴隷のように使う魔道具を使っていた時代があったんだ」


 「そんな.. 酷い」


 「がはははは。酷い? お前らだって精霊を利用して魔法を使っているだろ。同じ—」


 「同じなんかじゃない! 絶対同じなんかじゃないよ! 魔法は精霊と魔術師の信頼の上に存在するんだ。あんたみたいな人たちと一緒にするな!」


 ライスが鼻息荒く言い放った。


 「その通りだ、ライス。だから、もう一度、お前は火炎球を放つんだ。今のお前なら本当の火炎球を放てる。氷結にも負けない火炎球で奴をぶったおすんだ!」


 「うん。わかったよ—ルカ・メドレス—」


 ライスの全身から今までとは段違いな魔素が噴出した。


 黒い火炎球と白い火炎球が合わさりライスの手の平で高速に唸り始める。その唸りは甲高い音を発し始めた。


 「おもしれぇ、受けて立ってやる。その炎と俺の指輪の冷気、どちらが強いかだ。精霊よ、しっかり働けよ」


 ライスの手から放たれた火炎球が冷気の壁に阻まれていた。


 「ライス、眉間に魔素を集中するんだ。それで火炎球の力は強くなる」


 ライスは目を閉じ、ロスの言う通りに全身から放出する魔素を眉間へ集めることに集中した。


 しかし冷気の壁が段々と凝縮し、冷球へ変化すると火炎球と激しくぶつかり合った。


 はじける冷気がダイヤモンドダストを創り出していた。

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