第9話 用意された残酷

【前話までのあらすじ】


ライスの殺人未遂の裁定は決闘によって決まることになる。ロスの説得で仲間に加わったエルフ族の殺し屋・アシリアは、ライスに自分が加勢する価値があるかを見極めるべく、処刑獣と闘わせた。ロスの助力があったとはいえ、古の大魔法で処刑獣を灰に変えたライス。アシリアは彼女の戦闘力を認めた。

◇◇◇


【本編】


 —コーグレン家 競技場—


 現・領主であるワイズ・コーグレンはリジの決闘を認めた。ただし、コーグレン家の敗北を許さないワイズは決闘のメンバーを勝手に選んでしまった。


 「リジよ、明日はこの者たちと闘うのだ。この者たちとなら必ず勝利をつかめよう。そしてお前の剣でライスの首を斬るのだ」


 「ま、待ってください、おじい様。そんな凄惨な場面を民衆が望んでいるでしょうか?」


 その言葉にワイズが選んだ仲間である格闘士デリカが巨体を揺らし大笑いした。


 「はっはっはっは。このお嬢ちゃんは何にもわかっていないな。闘技場に来る客など残酷な見世物を見に来ているようなものだ。むしろ喜ぶわ! な、レキ」


 巨大な身体に筋肉質なデリカとは真逆な柳のような細い剣士レキは静かに頷いた。


 「だ、だけど..」


 「ガハハハ、お嬢ちゃん、あんたが出来ないならこのデリカがその娘の頭を潰してやるから安心しろ」


 目の前に突き出した拳はまるで岩のようだ。その強固な筋肉によって殴られたなら、ライスの頭はザクロのように吹っ飛んでしまうだろう。


 リジは脚がすくむ思いになった。


 「お、おじぃさま、この人たちは必要ないわ。私にはちゃんと仲間がいるんだから」


 「そうか。お前の仲間か。そういえば、お前がライスとやらに燃やされそうになった時、その仲間はどこにいた? 私の孫娘を守れないような役立たずは、いらんわなぁ..」


 ワイズの怪しく澱んだ眼にリジは戦慄を覚えた。権力者であるワイズにとって仲間のダァスやニコラを抹殺することなど容易いのだ。


 「わ、わかりました」


 リジは否応なく最初からワイズの言葉に従うほかなかったのだ。


 彼女は自分が『コーグレン家』という名の上で、祖父ワイズのように好き勝手な振る舞いをしていたのだと、今になって恥ずかしくなった。


 ライスを救わなければいけない。しかし仲間を頼るわけにもいかない。このまま明日の決闘に出場すれば自分がライスの首を斬らなければならない。


 リジは追い詰められていた。


 「リジよ。そんなに不安そうな顔をするな。どうれ、こいつらの実力を見れば、お前も安心するだろうて」


 地面が震えると何かが呻く声が聞こえる。リジは大きな魔獣がここに解き放たれるのを察知した。


 ワイズが指をパチリとはじくと競技場の壁が開いた。そこは競技を間近でみることができる部屋だった。ワイズが入ったあと、リジも慌てて後に続こうとした。


 「お前はダメだ。決闘は3人でやるものだ。何、奴らの後ろに隠れていれば、死にはせんよ」


 だが、リジはさっきのデリカの言葉がよぎる。


 『観客は残酷な見世物を期待している』


 急にワイズの笑顔が恐ろしく見えて来た。


 —ガボッ! ガボッ! と鼻息を荒らす音とともに、大量の土煙が舞い上がった。その土煙の中にぼんやりと見えてきたのは巨大な鉤爪だ。


 鉤爪がグググと土を押し開くと、ノソリ、ノソリと巨大なモグラ獣バグジが姿を現した。


 5m以上ある巨体に鋭い爪の着いた腕を広げ咆哮する。すると同じ穴から20匹ほど小型のムカデ魔獣マミラがワサワサとでてきた。


 リジは今までこんなに巨大な猛獣、そしてこんなにおぞましい魔獣の前に立ったことはなかった。足がガクガク震え、正直バグジの咆哮に失禁してしまっていた。


 「化け物、解体してやるぜ!」

 

 バグジが岩をも砕く爪を降ろしたが、デリカはその腕を掴んで体を反転させて投げつけた。


 デリカのその力にバグジの短い腕が根元からねじり切れていた。


 「やわい野郎だな」


 —グガッ、グガガガガ 


 バグジは岩のように固い腹でデリカを潰そうと跳ね上がった。しかしデリカの指輪が冷たい光を放つと冷風が吹き荒れ、辺り一面が真っ白になった。


 それは細かい氷の結晶だった。


 リジが一瞬目を固くつぶった間に勝負はついていた。


 辺り一面に散乱する薔薇色の破片はバグジの残骸だった。


 指輪は魔道具なのだ。


 敵を一瞬で凍らせると、その拳で粉砕したのだった。


 デリカは得意そうな顔で指輪にキスをしていた。


 リジはもう一人の剣士レキの姿を探した。


 その光景を見て、リジの腕には恐怖による鳥肌が立った。


 レキはワサワサと群がるマミラに体をかじられていたのだ。


 マミラの牙が首を切り裂くと赤い血しぶきが上がった。


 リジは勇気を振り絞り、聖剣を握るとレキを助けようとした。


 「やめておけ。お嬢ちゃん、あんたが死んでしまうぞ」


 デリカがリジの前に立ちはだかった。


 「どいて! 魔獣にやられる人を前に黙っていられるか!」


 —ドチャリ.. 


 リジの前に魔獣マジムの胴体が飛んできた。


 デリカの巨体ごしにリジが見たのは、全身血に染まりながら、髪を振り乱して剣を振るレキの姿だった。


 その目は狂気に満ち、叫びか笑いかわからない声を上げながら、目の前の魔獣マジムを無残に切り刻んでいた。


 剣を持つ腕は通常の2倍以上太くなり、うっすらと黒いモヤで包まれているようだった。


 いつからか逃げ惑う魔獣マジムを追いかけてはレキが解体する光景となっていた。


 そしてレキはリジを見据えると、叫び声をあげ突進してきた。


 『 ギェ、ギェーーア! 』


 「ありゃりゃ、やばいな」


 デリカは用意されていた樽を持ち上げると、レキにめがけて投げつけた。


 —ズバズババン とレキの剣が樽を分解すると、樽の中の水に剣に付いた血が洗い流された。


 黒いモヤが消え去ると、長い髪をだらりとさせ、立ったまま、狂戦士は気を失っていた。


 (こいつらはまずい。これではライスは確実に負けてしまう。たとえ私が首を斬らなくても、デリカかレキがライスを殺してしまう)


 リジはすべての希望がついえたと思った。


 —コーグレン家の屋敷—


 その夜、リジは涙をこらえきれずに枕を濡らした。


 全ては自分の責任だ。


 あの時、ライスの魔法で髪の毛を焦がしたのも、ライスの注意を聞かずに敵に突進した自分のせいなのだ。


 「私のせいでライスが死んじゃうよ.. 神様、精霊様、助けて」


 リジが枕に顔を突っ伏して叫ぶと、そよ風と共に声がした。


 「ふん、あんな奴らに私らが負けるわけがないだろう。お前は安心して、負けた後の事でも考えておくがいい」


 「誰?」


 リジが顔をあげると部屋の柱にエルフ族が使う「ルースの矢」が刺さっていた。


 「..ありがとう。ライスにはあなたがついてくれたのね、アシリア」

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