第10話 決闘裁定の花火
【前話までのあらすじ】
決闘裁定が認められ、ロス、ライス、アシリアのチームが結成された。同時期、領主ワイズ・コーグレンによって孫娘リジのチームが編成されていた。格闘士デリカと剣士レキだ。2人の実力は実戦で鍛えられたものであった。デリカの魔道具、そして何よりもレキの存在が不気味であった。
◇◇◇
【本編】
中央裁定所が執り行う決闘は珍しいことではない。
証明するものがなく、原告と被告の言い分が2つに分かれる時には、勝負によって裁定が下されるのだ。
そのまま痛み分けにすることもあれば、勝敗によって賠償金の支払い者を決めてしまうこともある。
ただ、今回は「決闘裁定」の横に「公開処刑」の文字が書き加えられたチラシが街中に配布されていた。
もちろん、これはコーグレン家の仕業だ。
その事実を知るとライスは急激に怯え始めてしまった。
「ライス、大丈夫だ。俺とアシリアを信じろ。みんなでお前の無罪を勝ち取るんだ」
「ロス・ルーラ、あなたは勘違いしている。ライスが怖がっているのは処刑のことではなく、街の人間の心だ。そうだろ、ライス?」
ライスは細かくうなずいた。
「普段はやさしい、街のおじさんやおばさん、それに子供たちまでが私の死を望んでる..私はそれが怖いの」
「ふん、そんなもんさ、人間なんてさ」
冷たく言い放つアシリアに対して、震えが止まらないライスの手を包むとロスは言った。
「ライス、俺は君に生きてほしいよ。そしてアシリアもそうだ。だからここにいるんだ。誰が敵であっても俺とアシリアは君の為に闘うよ。俺たちを信じろ」
ロスの温もりが伝わるとライスの震えがおさまっていった。
[ さっ、時間だ。闘技場に出るんだ ]
衛兵が時を告げた。
地下の牢屋に椅子を置いただけの控室から長い廊下を歩き、狭い階段を登っていく。
秋の気配のする空はやたら眩しく、闘技場を明るく照らした。
そして目の前には既に騎士リジ、格闘士デリカ、剣士レキが待ち構えていた。
観客がざわめいた。
『おいっ、あれって、あのエルフって氷のアシリアじゃねぇか?』
『おお、そうだ!薄い水色の髪に翠の弓。これは死闘になるぞ』
そんな声が聞こえると、ライスはアシリアの顔を覗き見た。彼女の瞳はいつもの静かで冷たく、そしてどこか悲しみを感じさせる眼差しをしていた。
「どうした、ライス?」
慌てて顔をそむけるライスに今度はアシリアが瞳を合わせた。
「いや.. その..」
「ふん、気遣いは無用よ。それよりもお前とロスでまずはでかい男をやるんだ。私がリジと長髪の剣士の2人を足止めしている間に。わかったか?」
「う、うん。わかった」
処刑責任者からの前口上が終わると、それぞれが闘技場の両端に集められた。
そして開始の花火があがった。
アシリアが左手を空に高く振り上げると、その手から数枚の木の葉が舞い上がる。
木の葉がそよ風に揺られながらゆっくり闘技場の四方八方へ漂うとアシリアの姿が消えた。
「あれ? アシリアが消えた!」
「エルフって奴は便利な種族だ。彼女は木の葉がつくる陰に入ったんだ」
アシリアは早速、一番未熟なリジの動きを「ルースの矢」で足止めした。
リジの夢は聖騎士になることだ。そんな彼女には既に守護精霊がついていた。
アシリアが矢で射抜いたのは、その守護精霊の影だった。結びつきの強い精霊を地面に縫い付けることでリジの肉体を縛り付けたのだ。
一方、長髪の剣士レキには精霊など一切ついていない。いや、それどころか彼は精霊に嫌われていた。
「(仕方がない。こいつは物理的に足止めするしかない)」
レキの足をめがけ矢を放つ。
刺さる瞬間に物質化するルースの矢は軌道が読めない。ゆえに放った場所もわからない。
しかし、レキの剣はその命中点を読んでいるように物質化する前に矢を薙ぎ払った。
「バカな!?」
「そこかぁ!」
レキの剣がアシリアの右上腕をかすめた。アシリアは体が急に重くなり、沸騰するように高熱が出た。もはや木の葉の陰に隠れることすらできなくなった。
「へへへ。出て来たな。エルフちゃん」
「貴様、なぜ私の場所がわかった」
「 ....教えない」レキは不気味な笑みを浮かべた。
「アシリア!」ライスは傷ついたアシリアに声をかけた。
アシリアはその声を妨げるように手をかざした。
「ライス、目の前の敵に集中しろ。火炎球の精度をあげるんだ」
ライスはデリカの振り上げる拳に合わせて火炎球を放ち攻撃を防いでいた。
「へへぇ、なかなかやるじゃん。この娘」
デリカはライスの放つ火炎球で遊んでいる状態だった。火炎球の精度が良ければ良いほど奴の興味はライスに向けられていた。
ロスはその隙にアシリアに向けて式紙を放った。召喚された式神スライムは、傷ついたアシリアの腕に巻き付いた。
式神スライムがみるみる黒く濁っていく。アシリアに侵入した瘴気を吸い取っているのだ。
「ロス・ルーラ、感謝する。だいぶ楽になった」
アシリアの急激な不調の正体は漆黒の瘴気だ。傷口から侵入した瘴気は精霊に近いエルフ族には毒そのものなのだ。
—ガンッ
「キャッ!」
デリカは自分の拳の邪魔をする火炎球を強引に殴りつけた。その火炎球がライスの頬をかすめた。
「そろそろ玉遊びも飽きたな。娘、ほかに面白い遊びはないのか」
「くそぉ。それならこれでどうだ。—ルカ・メドレス—」
赤黒い炎がライスの手の平に乗る。
「ほぉ、今度は拳が食われてしまいそうな炎だな」
「おじさん、逃げたほうがいいよ。これをくらったら全身火傷じゃすまないかもよ」
これはロスの作戦だった。ルカ・メドレスは追尾型の火炎球だ。触れば痛手を被る火炎球ならば敵は避けるしかない。その間に精霊モクのツタを使って手足を拘束してしまう算段だ。
ライスの手から火炎球が離れるとデリカを追尾し始めた。巨体の割に素早い身体さばきで火炎球をかわしている。
その間にロスは式紙に呪文を練り込み、ライスに飛ばした。
ライスの前で式紙が広がり、詠唱しようとした時だった。
「追いかけっこは俺の趣味じゃないな!」
高い耳鳴りのような叫び声が聞こえると、空中に氷の結晶が舞い上がった。
そして赤黒い火炎球は一瞬で凍り付いて砕けた。
「バカな! あいつ、指輪に精霊を!」ロスは大きな声をあげた。
デリカの指にあるのは禁断の魔道具だった。何百年も前、冒険者たちによって回収されたはずの魔道具。魔石に閉じ込められた精霊を使役することから『牢獄の魔道具』と呼ばれていた。
ライスは自分の中で一番高度な魔法ルカ・メドレスが簡単に凍結されたことに唖然とし、無防備な状態となってしまった。
その瞬間、デリカの上腕がメリメリと膨張し、空間ごと吹き飛ばしてしまいそうな剛拳がライスの顔に向かって放たれた。
—ガガンッ! まるで分厚い金属を叩いたような音が闘技場にこだまするとライスは壁まで吹っ飛んだ。
「痛ててて.. ?!」
あの剛拳をくらいながらも生きているライス。いや、剛拳とライスの間に何かが割って入ったのだ。
ライスの胸には口と鼻から血を流すリジの姿があった。
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