【裏ディスク13】トゥルーエンド
アタシはその白髪のローマ彫刻ナイスミドルの顎に手を添えた状態だった。
間近に、その顔がある。
その姿をみとめて
「よっしゃ!
アタシは
「ひゃ〜! 姉ちゃんのキスシーンを目の前で見るとか、ちょっと刺激的ィー!」
健太が顔を両手で覆いつつも、その指の間からガッツリコチラを見ながらそう叫んだ。
「……捕食シーンに見えなくもなかったヌミョがな」
「それなピュシャ」
「……ああ、なるほど。さっき言っていた『本来の上限値をぶっちぎって表示された好感度ステータス』とは、俺のステータスの事だったのか」
最後にそう、フムと声を上げたのは、健太の膝の上にいたミニ
そうそう。
彼の好感度ステータスが、本来の上限値をぶっちぎっていたのを見たから、もしかして、と思ったんだよね。
開発会社が同じなら、同じ事が起こるのかなって。
ゲームから消された筈の
「なるほどギョリュ。さすが、よし子ギョリュ。伊達に三つのゲームを破壊してきてないギョリュね」
自分の口元を手で隠しながら、
「よし子……い、今のは、イベントを、発生させる為だけに、
震える声で、そう問いかけてきたのは
アタシは困惑する
「さあ? どうだろうね?」
アタシは彼に、そう言ってウィンクを一つ投げた。
***
あの後。
無事全員お持ち帰りエンドが発生し、みんなで現実世界に戻って来れた。
戻ってきた後はいつも通り。
『ディザイア学園』のゲームスタート画面が表示されたテレビを前に、全員がその場に倒れていた。
目が覚めた後は、既に夜も遅かったという事で、それぞれがそれぞれの部屋に戻ってそのまま寝た。
起きてもいつも通り。
平日だったので、いつも通りに全員で朝ごはんを食べ、いつも通り会社は行って仕事した。
いつも通り遅くまで残業し、家に戻って起きてたメンバーと夕飯を食べて、そして眠りにつく。
それを繰り返した。
そして──
「綺麗だねー!」
全員の休みを合わせて、お花見に来た。
と言っても、盛大な桜並木のあるような場所じゃない。
近所の公園に一本だけ植ってた桜の木の下だ。
そのお陰か、我々以外には他に誰もいなかった。
でも、天気は最高。抜けるような晴天と、暖かな陽射し。風は少し強かったが気持ちが良かった。
四方に荷鞄を置いて押さえにした
健太と
パカリと蓋を開けた二人は、そこから缶ビールや酎ハイ、ジュースやお茶のペットボトルを次々に出した。
アタシは自分の肩に下げていたトートバッグをレジャーシートの上に置き、中から紙皿やプラコップ、箸とウェットティッシュを取り出した。
ハーネスを付けた
全員の準備が終わり、それぞれが手に飲み物を持って腰を落ち着けた。
アタシも手に乾杯用の小さな缶ビールを持っている。
「それじゃ、乾杯しよっか」
アタシは腕を伸ばして缶を掲げた。
アタシの隣には
それぞれが缶や飲み物の入ったプラコップを持ち上げる。
普通に乾杯、と声をかけようとして一度言葉を止める。
少し考えてから、改めて口を開いた。
「改めて。無事、世知辛い現実世界へ全員で戻って来れた事を祝して。
そして。
それぞれがこの生きるのも大変な現実を選択した、その選択を祝って。
と、もう一つ」
アタシはそこで一度言葉を切り、みんなの顔をゆっくりと見渡した。
「みんなが、アタシの『同じ世界で生きていたい』という
ホント。
恋愛感情ないクセに、ただ同じ世界で生きていたいという、一方的な気持ちを勝手にぶつけて。
それでも
それが、たまらなく、嬉しかった。
「乾杯」
そうアタシが口にすると。それぞれのメンバーも口々に『乾杯』と言って、手に持った缶やコップをカチンとぶつけ合った。
アタシも全員と飲み物を合わせる。それから缶ビールをあおった。
プハっと息をついて、ふと桜を仰ぎ見る。
風に花びらが舞い散って空の青に映えていた。恐ろしく、美しい光景だった。
でもきっと、今凄く気持ちが穏やかなのは、桜が美しいせいじゃない。
みんなが、ここにいるから。
みんなが来る前までは、桜を愛でる心の余裕なんてなかった。
会社の付き合いでお花見に行く事はあったけど、上司へは接待だし部下や後輩へは
でも今日は違う。
同じ世界で生きていて欲しいと思った人たちに囲まれている。
こんなに幸せな事って、もしかして、
「でもー。まさかあのタイミングで、姉ちゃんが
たった一口ですっかり顔を赤くした健太が、そうケラケラと笑う。オイコラ健太。うちの家系はそんなに酒に強くないんだよ。飛ばすな飛ばすな。
「違うぞ健太。アレは仕方なくだ。全員お持ち帰りエンドを発生させるには、アレしか方法がなかったんだ」
オレンジジュースを飲みながら、そう憮然と返答したのは
「いやいや分からないよ? ハルト殿下。ただキスしただけじゃなかったじゃん? 愛してるーって言った上でよ? 『キスしたい。していい?』とか上目遣いに『ダメ?』とか。
キャー!! 流石の俺も赤面モノよォー!!」
そう言って顔を両手で覆う健太。すでに酔っ払いの
「……よし子、アレは本気だったギョリュか?」
隣に座った
アタシは一度、ウーンと考える。
「何を
そう答えてから、一度ミニ缶ビールを
「
もう
そう笑って答えると、
が。
「やだ姉ちゃん! それってプロポーズっ?!」
ひゃー! という顔をして、健太が自分の口を覆った。
「違うけどな」
健太のこの軽いノリ。好きな人は好きだろうけど、面倒臭い人には面倒臭いだろうなァ。
「いやいや、だってさ! 昭和のプロポーズの定番は『君の作った味噌汁を毎日飲みたい!』が定番だったんでしょー?!」
平成も入って
「……なんでそれがプロポーズになるのだ?」
「確かにですね。プロポーズというものは、こう相手の目の前に膝をついて、指輪を見せて『結婚してくれませんか?』が定番のはずですよね?」
健太の隣に座っていた
それを聞いて、アタシは思わず苦笑した。
「……日本独自の、意味不明な
意味分からないよね? 『今後一生お前が食事当番な』と勝手に役割を押し付けられる事のどこが『結婚して』になるんだろうな。
ホント、変な習慣だね。
「じゃあ、よし子はなんてプロポーズされたいんだ?」
何も薬味が付けられていない馬刺しをチビチビ味わっていた
「えー。そんなの考えた事ないよー」
結婚する気も、出来る気もなかったからなァー。そんな不毛な事考えた事なかったわ。
「じゃあ、良い機会だから考えて欲しいヌミョ」
「えー、めんどい」
アタシは飲み終わったミニ缶ビールを傍に置いて、空のプラコップを取りながらそう吐き捨てた。
「俺は、ちょっと、聞きたいな」
アタシがお茶のペットボトルに手を伸ばした時、先にそれを取った
「いいよナーシル様! その調子!」
その様子を見た健太が、体を前後に揺らしながらそう笑う。
あー。前に健太がした『イイ感じに甘えろ』のアドバイスを実践したのか。
全く……何やってんだか。
「ボクも聞きたいっ!」
そう、キラキラした目を向けてくる
「勿体ぶるなピュシャ」
「勿体ぶってねぇよ」
みんながアタシへと期待の眼差しを向けてきていた。
アタシは視線を逸らし、唇を噛む。
ホント、考えた事なかったんだよ。
何だろう。
何ならアタシは嬉しいかなぁ。
「そうだなぁ……『家族になって』、かなぁ」
そう小さくボソリと呟いた瞬間
「「「「「「「「「家族になって!」」」」」」」」」
その場にいた、健太以外の全員の声がハモった。
打ち合わせしてたのかよってレベルだな!
アタシはそのあまりのオカシさに、お茶をシートの上に置いて、腹を抱えて笑ってしまった。
「でも姉ちゃん、多分もう、みんな家族じゃん!」
アタシと同じように、健太がケタケタそう笑った。
そうだね。
そうかもしれない。
アタシは既に、みんなと家族だったかもね。
「姉ちゃん! 逆ハーエンドだ!! やっぱ狙ってたんじゃん!!」
健太が興奮気味でそう
途端にスン、とアタシの気持ちが冷める。
「やっぱ今のナシ」
アタシは置いていたお茶を一気に
「全員との結婚エンドは恋愛ゲーム愛好家の夢だピュシャね!」
余計に気持ちが冷めた。
「家族でも、そのうち独立は必要だよね……」
その冷めた目で、チラリと健太を見ると、途端に笑いを凍らせて固まる健太。
「……や、やめようか。この話題」
固まった笑いのまま、健太は視線を逸らして逃げた。
はー……
全員を結局この現実世界に定住を決断させてしもーた。
これからも、果てしなく疲れる毎日が続くんだろうなァ。
……早まったかなぁ。
乙女ゲームの中って、冷静に考えると頭オカシイ事を気軽に決断させる雰囲気があって、ソレにのまれてしまった気がする。
……。
やっぱ、等身大のアラフォーのまんま乙女ゲームの世界に入るもんじゃないな……
アタシは空を仰ぐ。
不安しか感じない今度の事を考えつつも。
まぁいっか。
舞い散る花びらを目で追いながら、そんな事を、ふと思った。
了
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