【裏ディスク12】イベントの強行

「うわああああ!」

 イベントから逃げ出して自由になった為か、ベランダから自由落下する金髪王子ハルトが悲鳴をあげた。


 が。


「ギョリュ!」

「ヌミョ!!」

「ピシャア!!!」

 三匹の気合いの声とともに、アタシたちの自由落下が止まる。

 白茄子エグプ金茄子ゴエプ桃茄子ピエプが、物凄い形相をしながらアタシと金髪王子ハルトの両腕を掴んでいた。

「無理ギョリュ無理ギョリュ無理ギョリュ!」

「重いヌミョ! 俺たちはそこまで高機能ナビキャラじゃないヌミョ!」

「やっぱり二人抱えて飛ぶとか無理ピュシャ!」

「音速で飛べんならアタシらぐらい軽いだろうがっ! 頑張れ三人とも!!」

 アタシが叱咤激励すると、恐ろしいぐらいにブサイクに顔を歪めた三匹は、なんとか落下速度を緩め、そして無事、地面へと着地した。


 するとそこで──


「大丈夫っ?! よし子!」

「ハルト殿下、ご無事ですか?!」

「姉ちゃん凄えー!!」

 草むらに隠れていた商人息子ナーシルエルフショタスヴェン、そして健太がザッと姿を現す。

 健太は腕に、子猫姿の元猫騎士ガブリエルと子犬姿の元犬司祭ラファエル、そしてミニ王弟殿下イグナートを抱えていた。


「さて逃げるぞ!!」

 アタシは金髪王子ハルトの腕を掴んだまま走り出そうとする。しかし、その腕がガッと引き寄せられた。

「よし子……ッ!」

 金髪王子ハルトがアタシの身体を改めてギュウッと抱き締めてきた。

「ハイハイ、よく耐えたね。偉いぞハルト」

 その背中を、アタシはポンポンと叩いた。

 暫くそうしていたが、少しして金髪王子ハルトはゆっくりとアタシの身体から手を離す。


 その顔は、ぐっちゃぐちゃに泣き笑いしていた。


 ***


「さて。無事、イベントをキャンセルしたぞ。問題はこっからだな」

 林の中にあったちょっとした開けた場所で、アタシは腕組みする。

 他メンバーと車座くるまざになってその場に座り、難しい顔を突き合わせていた。


「なんで……ここに、ナーシルとスヴェンがいるんだ? 俺たちは、イベント順にしか動けないハズなのに……」

 泣いて目を腫らした金髪王子ハルトが、向かいに座る商人息子ナーシルエルフショタスヴェンをマジマジと見ていた。

「俺はすぐにでもよし子の元に行きたかったのに、舞踏会会場から動けなかった……」

 悔しそうにそう呟く金髪王子ハルトに、商人息子ナーシルがハハッと笑いかけた。

「いや、俺たちもそれぞれの場所で待機してたんですよ。そしたらそこに……よし子が現れたんです」

「ビックリしたよね! ハルトの舞踏会イベント直前だから、よし子が部屋から出たらイベントが始まっちゃうのに。

 始まる前の状態でよし子が現れたから」

 エルフショタスヴェンも苦笑いしていた。


「……どういう事だ?」

 そう首を傾げる金髪王子ハルトに、今までゼーハー言いながら地面に転がっていた白茄子エグプが、ゴロンと転がって顔を向けた。

「よし子が部屋の扉を開けるとイベントが開始されるギョリュ。だから、よし子は窓から脱出してナーシルとスヴェンが待機してる場所に向かったギョリュよ」

「……あの時も、よし子と健太を連れて空を飛ばさせられたヌミョ……」

「ちょっと身体が伸びたピュシャね。長茄子にジョブチェンジする所だったピュシャ」

 白茄子エグプと同じように、ゼーハー言いながら地面に転がっていた金茄子ゴエプ桃茄子ピエプが付け足した。


「ナーシルとスヴェンにも、その時に意思の確認した。この世界に残るのか、現実世界に戻るのか」

 アタシはその時の事を思い出しながらそう苦笑した。

「……で、答えは?」

 金髪王子ハルトが恐る恐る、二人にそう確認する。

「バカ王子っ! ボクたちがここにいる時点で察しなよ!」

「分かってるハズですよハルト殿下。貴方もここに来たんですから」

 そう二人が応えると、金髪王子ハルトは再度泣き笑いした。


「で、こっからが問題なんだよねー。『荒波の断罪コンビクション』は、帰還魔法陣が公式に存在してたから、それに入れば現実に戻れたんでしょー? でもこの『ディザイア学園』には、そういうのナイっぽいんだよねェ」

 健太が、二匹とちびキャラを膝の上に乗せたまま、腕組みしてそうウーンとうなる。

「全員お持ち帰りエンドを迎えるには、全員のイベントをキャンセルして、白茄子エグプの好感度をMAXまで上げる必要があるんだけどォ」

 そこまで語って、健太が白茄子エグプに視線を向けた。


「それがギョリュな……

 このゲームの世界に戻ってきた時点で、俺の好感度は既にMAXになってしまっていたギョリュ。

 本来であれば、イベントをキャンセルしつつ、少しずつ好感度を上げなければならなかったギョリュに、既にMAXだったせいか、バグって俺のイベントフラグを踏めなくなってしまい、全員お持ち帰りエンドが発生させられないんだギョリュよ」

 困ったように、そう腕組みする白茄子エグプ──腕伸びてる! 腕組みするために腕伸びてる!! しかもさっきと腕がついてる場所も変わってる!! キモっ!!!


「お持ち帰りエンドが……発生させられない……」

 絶望にも似た声を吐き、金髪王子ハルトがそうガックリと肩を落とした。

 みんなもそれぞれ、難しい顔をして黙りこくる。

 アタシは一人、唇をひん曲げて考えた。


「もっかい確認させて? 今一応、全イベントがキャンセル扱いになってるんだよね?」

 白茄子エグプにそう問いかけると、彼はコックリと頷いた。と、いうか、前に四十五度ぐらい傾いて元に戻った。……アレやっぱり、顔に手足がついてるのかなァ。

「でも好感度が、これ以上上がらないから、フラグが踏めないんだよね?」

 自分の唇に触りながら、アタシは一つ一つ確認していく。カッサカサだなぁ。前までは煙草を吸うからリップ塗ってもすぐ取れちゃうので、そもそも塗る習慣がなかった。今度から、ちゃんと塗っとくかァ。


 白茄子エグプは再度、身体を斜め四十五度に傾けてから起き上がり小法師こぼしのように元に戻る。

 なるほどね。

 なら──


 アタシはその場からよっこいしょと立ち上がり、白茄子エグプの側へと近寄って膝をついた。

「な、何ギョリュ?」

 突然近寄られたせいか、白茄子エグプがちょっと及び腰になって一歩後ろへ下がる。

 が、ガシッとその身体を掴み、アタシは持ち上げた。

 相変わらずの生暖かい低反発だなぁ。微妙に内臓感を感じるのが、また気持ち悪い。

「前にさ。見た事あるんだよね。

 本来の上限値をぶっちぎって表示された好感度ステータスを」

 アタシは脳内に、過去見たステータス画面を思い浮かべた。


 多分、イケる。

 あのゲームと、開発会社が同じだから。


「な、何するギョリュ……?」

 アタシの目の前に掲げられて、恐怖に顔を歪ませる白茄子エグプ

 そんな彼に、アタシはニッコリと微笑みかけた。


白茄子エグプ、愛してる」

 そう、優しく声をかけると、その場にいた全員がヒュッと息を飲んだのが音で分かった。

 それは、言われた白茄子エグプも同じだった。

 目をかっ開き、アタシの事を凝視する白茄子エグプ

 アタシは、そんな彼の体を持ち上げたまま、指で彼の体をさすった。

「キス、したい。して、いい?」

 ゆっくり、丁寧に、彼にそう問いかける。


 その場に、恐ろしいまでの沈黙が舞い降りた。

 シーン、というオノマトペが見えた気がした。

「ダメ?」

 少し困った顔で白茄子エグプにそう問いかけると。

 少しの間を置いて。

「だ……ダメじゃないギョリュ」

 そう、小さく返事をした。


 なのでアタシは小さく笑い、白茄子エグプの身体を自分の顔へと近づける。

 そしてその口に、ゆっくりと自分の唇を添えた。


 その瞬間──


 恐ろしいまでの光が発生して辺りを包み込んだ。

 そして。

 その光が収まると、白髪のローマ彫刻のような均整の取れた身体をしたナイスミドルの男が──


 全裸でアタシの目の前に膝をついていた。

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