【ディスク11】舞踏会イベント

「記念に一曲、俺と踊って頂けませんか?」


 目の前に立つのは、サラサラな金髪とキラキラと輝く碧眼へきがん豪奢ごうしゃな服はどこかヨーロッパ系の国の正装軍服のよう。

 年は十九歳。恐ろしく整った顔にうっすらと微笑みを称え、私に白い手袋をした右手を差し出してきていた。


 周りの視線が一気にアタシへと集まる。

 そりゃそうだ。

 彼は、王太子というこの国で途轍とてつも無く高い位置におり、将来この国を背負って立つ立場になる──周りが嫌でも注目せざるを得ない超絶高地位ハイスぺ男子なのだから。


 その彼から、舞踏会会場で直接声をかけられダンスに誘われた。


 異世界から来た聖女といわれる十六歳の少女。いくら異邦人といえど、庶子の女の子が声がかけられるという事は、とんでもない事なのだ。


 アタシは、もたれかかっていたテラスの手すりから身体を離し、自分の右手を──


 伸ばして、彼──金髪王子ハルトの手をとった。


 そして


「喜んで」


 そうハッキリくっきり返答し、金髪王子ハルトのエスコートに導かれて会場の中心へと歩いて行った。


 ***


「嬉しいよ、ヒナタ」

 アタシの体をヤンワリと抱いて、曲に合わせてリードして踊る金髪王子ハルトが、そっとアタシの耳にそう呟いてきた。

 ヒナタ、とは、このゲームの主人公の初期名デフォルトだ。アタシは基本、乙女ゲームをやる時は名前を変えない。そうすると、名前を含めてちゃんと声優さんが喋ってくれるゲームが多いから。


 この世界に当初入った時も、白茄子エグプに『ヒナタでいいギョリュか?』と聞かれて、この世界に入ったばかりの混乱した頭のまま、考えなく頷いてしまったんだよね。

 だから、このゲーム上でアタシは『ヒナタ』と呼ばれていた。


 アタシは舞踏会で踊れるようなダンスなんぞ一度もやった事がないのに、金髪王子ハルトのリードが恐ろしく上手く、普通に踊れていた。

 ……なんか、笑える。

 ホント、乙女ゲームの中では、金髪王子ハルトって何でも出来る超人完璧王子だなぁ。

 その姿からは、掃除機爆発させたり、洗剤混ぜて毒ガス発生させて警察沙汰になりそうになったり、触る陶器という陶器を全部割ったり、自転車でガードレール突っ込んだりするのなんて、想像できないよね。


「ハルト……」

 アタシは彼の耳元でそう呟く。

 瞬間、彼のアタシの手を握る手に力がこもったように感じた。

「多分、思ったように返答できないだろうけど、構わないからそのまま聞いてて」

 金髪王子ハルトにしか聞こえない程の声の大きさで、彼に話しかけた。

「このイベントをクリアするとハルトのルートに入るけれど、こっからのイベントを成功させないと、失意の現実帰還イベントになる。

 そうすると、アタシは現実に一人で戻ることになって、ハルトはこのゲームの世界に居続けられるんだよ」

 淡々とそう説明する。

 彼の顔は笑顔だったが、目の奥だけに──揺らぎが見えた。


「この世界に残りたい? それとも、あっちの現実世界に戻りたい? ハルトは、どうしたい?」

 そう問いかけるが、金髪王子ハルトからの返答はない。

 ないよね。このイベントで、そういう流れなんて存在しないから。

 でも。

 金髪王子ハルトの、アタシの体をヤンワリと包む腕に力が入ったのが分かった。アタシの手を掴む手が、震えていた。


 金髪王子ハルトの意志を優先させてあげたい。

 彼は特に、あっちの世界では生きにくいだろう。現実は、マニュアル通りに動いていれば完璧でいられる、なんて事はないからね。

 失敗ばかりでアタシにも散々怒られていた。

 が。

 彼は言ってた。


『俺は今が楽しい! 何も上手くできない! それが楽しい!! 試行錯誤がこんなに楽しいなんて知らなかった!! この世界に連れてきてくれてありがとう、よし子!』


 その時の金髪王子ハルトの輝くような笑顔、忘れてないよ。


「ハルトの気持ちを第一優先にしてあげたいんだよね、アタシは。

 だってハルトの事、あー見えて可愛がってたからさ。出来の悪い子のほうが可愛いっつーかさ。正直言うと、恋愛感情は皆無だよ。

 でも一緒にいて、楽しかった」

 死ぬほど面倒くさくて、金もかかるし時間もかかる。ツッコミで声帯も駆使するし、相手してるとホント疲れる。


 だけどさ。


「アタシはね。ハルトと同じ世界で暮らせるといいなって、思ってるよ。だって楽しいから。楽しかったから。

 ハルトの気持ちには応えられないけど、でも、一緒にいられるといいなって、思ってるよ。

 我儘わがままでゴメンね。

 ただし、コレはアタシの一方的な気持ちね。

 一番はハルトの気持ちを優先して、決断して欲しいな。先の事を、ちゃんと考えて」

 ちゃんと、アタシの気持ちを伝えた。


 健太に言われた通り。

 命令じゃなくって、アタシの意見。

 勿論、金髪王子ハルトにはアタシの気持ちなんて加味する義理なんてない。

 しかも『気持ちには応えられない』とハッキリ伝えた。

 それを考えた上で、金髪王子ハルトに、決断して欲しい。


 そこからアタシは何も言わなかった。

 音楽に合わせて、金髪王子ハルトにリードされてただ踊るだけ。

 しかし。


 ガッ


 金髪王子ハルトの足がアタシの足に引っかかり、グラリと体が揺れる。

「!!」

 アタシは後ろ向きに倒れそうになるが、金髪王子ハルトに体をつかまれていた為、せっかくテコンドーで身につけた受け身の動きが出来なかった。

 後頭部打つ!!

 そう思って歯を食いしばって体を固くした時だった。

 床に倒れ込む直前、グルリと体が返され──

 金髪王子ハルトがアタシのクッションになってくれた。

 ドタリという音をたてて、金髪王子ハルトを下敷きにした状態でアタシは倒れ込む。

 アタシたちが倒れた事に驚いたのか、音楽は止まり、辺りがザワリとさざめいた。


 乙女ゲームでは、この状況は『床ドン』って言われるヤツだ。

 でもまさか、金髪王子ハルトがゲーム中、失敗するなんて……

 アタシは慌てて、床に手をついて体を起こして金髪王子ハルトから離れようとする。

 しかし、床に倒れた金髪王子ハルトの腕が伸びてきて、アタシの身体をギュッと抱き締めてきた。

ヒナタよし子……」

 アタシを抱き締めて、その耳元で小さく呟く金髪王子ハルト

 アタシはニヤリと笑う。

「答えられないでしょう? だから首の動きで答えて? ハルトは、アタシと一緒に、現実世界に、戻りたい?」

 彼の耳にそう小さく囁きかけた。


 すると。


 金髪王子ハルトの首が、小さく縦に動いたのを感じた。


「よっしゃまかせとけ!!」

 アタシはそう叫んで、ガバリと立ち上がる。

 ついでに金髪王子ハルトの腕を掴んで彼も立ち上がらせた。

「行くぞ!!」

 アタシは金髪王子ハルトの腕を掴んだまま、バルコニーへと走る。

 そして、そのさんにガッと足をかけた。

「!?」

 驚き顔になる金髪王子ハルト

「ハルト、アタシを信じられる?」

 素早く振り返って、金髪王子ハルトにそう問いかける。

 すぐさま、金髪王子ハルトは力強く頷いた。

「俺は、誓った。ヒナタよし子を、二度と独りにしないと」

 ハッキリとそう答えたのでアタシは。


 ベランダのさんに上り、その勢いのままさんを蹴る。

「!!」

 アタシは金髪王子ハルトと一緒に、ベランダから飛び降りた。

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