【ディスク9】ゲームの世界へ

「姉ちゃん、姉ちゃん」

 そう囁かれ、誰かに肩を揺さぶられている事に気づく。

 目を閉じてても分かる視界の揺れに気持ち悪くなりつつ、アタシは目を開けた。


 すると、アタシの顔を覗き込んで来る健太と──

「気づいたギョリュかー! 良かったギョリュー!!」

 そんな声と共に、バフリと視界を白い物に遮られた。

白茄子エグプ?!」

 アタシは驚いてガバリと上体を起こし、顔に張り付いた白い物──白くて低反発の生暖かい丸い身体に、茄子のヘタと目口と、存在意義が希薄な短い手足のついた──白茄子エグプをベリッと剥がした。


 アタシは顔から剥がした白茄子エグプの背中(?)を、猫を摘むかのように持ってマジマジと眺める。

 わー、久しぶりィ、この姿。

 アタシは持ち上げた白茄子エグプと、アタシの隣に膝をついていた健太、そして周りに視線を漂わせる。

 アタシの膝の上には、黒い子猫と茶色い子犬、そして……

 頭上にフヨフヨ浮いてたのは、金色をした茄子の妖精とピンクの茄子の妖精。

 ついでに……

「気づいて良かった、よし子」

 そんな超絶落ち着いたイケボの……アニメのデフォルメキャラのような小さな王弟殿下イグナートが、なんでかアタシの胸元に入っていた。

 速攻で出してその辺にポイっと捨てた。


「どさくさに紛れてドコ入ってんねん」

「フッ。よし子の身体が冷えないように温めていた」

「そのちっさい身体じゃ温まんねぇよ。適当な事ぶっこくな」

 アタシの横にゴロリと転がったミニ王弟殿下イグナートは、ピョコリと起き上がると、デフォルメ姿の短い手足で髪をかきあげていた。


「無事で良かったな!」

「安心しました、よし子様」

 膝の上にいた子猫と子犬が口々にそう言う。

 その声は──元猫騎士ガブリエル元犬司祭ラファエルか。

 ──あれ?

「ハルトとナーシルとスヴェンは?」

 アタシは、この場にいない人物の姿を探して辺りをキョロキョロした。


 ここは──部屋だ。

 多分、ディザイア学園の女子寮の、主人公の部屋。

 ここがゲームでの主人公の活動拠点となる。

 そうそう、思い出した。最初このゲームに取り込まれた時も、ここから始まってた。

 そして、目の前を浮遊していた白茄子エグプがゲームの説明を(突然)始めたんだよね。


「ゲームの世界に吸い込まれたのは確かだギョリュが……俺が気づいた時には、既に三人の姿はなかったギョリュ」

 アタシの手から解放された白茄子エグプが、ポインポインと行動演出音をさせながらアタシの周りをフヨフヨ浮いていた。

「俺たちは、何故かこの姿に戻ったヌミョよ」

 同じく辺りをフヨフヨする金茄子ゴエプ。みょいんみょいんと行動演出音をさせながら。

 そして

「ミーはこの姿の方が落ち着くから嬉しいピュシャよ!」

 シャラララ〜という行動演出音をさせながら桃茄子ピエプが漂っていた。


「三人とも! ちょっとジッとしてて?! 三人の行動演出音がクッソウッザ!!!」

 基本ゲームにナビキャラは一匹? だったからちょっとウザイで済んだけど、ここに三匹? もいるから行動演出音が渋滞してて状況に全然集中出来んわ!

「わー。すっげー。これが『ゲーム転移』かァ。オタクの夢だなぁ。

 生身の目で見ると、茄子の妖精って……なんか、生々しいね。ちょっとキモイ」

 健太がそうケタケタと笑っていた。

 危機感が無さ過ぎる!!


 アタシは寝かされていたベッドから足を下ろして、一度首をコキコキ鳴らす。

「状況を改めて確認させて」

 まだ少し目眩のする頭をなんとか落ち着かせて、そう口を開いた。


 ***


 どうやら、ここはやっぱり『ディザイア学園』のゲームの中らしい。

 タイミングとしては、恐らく金髪王子ハルトとの舞踏会イベントの直前。

 主人公としてのキャラステータスも、その時と同じだと白茄子エグプが言ってた。

 どうやら、前回アタシがゲームイベントをメチャクチャにしたから、その直前のオートセーブ的なものから再開されたんじゃないか、というのが茄子たちの見解だった。


 ゲームの中に入ったので、茄子たちは本来のナビキャラの姿に戻ったよう。

 何で王弟殿下イグナート元猫騎士ガブリエル元犬司祭ラファエルがこんな姿なのかの原因は分からなかった。

 唯一、もともと生身の人間であるアタシと健太だけが、普通の格好をしていた。


「多分、ハルト、ナーシル、スヴェンは、ゲーム世界に戻された事によって、従来通りゲームの強制力配下になってると思うギョリュ。それぞれの持ち場で待機させられてると思うギョリュよ」

 白茄子エグプのその説明を受けて、アタシはベッドに腰掛けた自分の膝に肘を置いた。

「なるほどね……アイツらをゲームの世界に戻すには、アイツらと共に再度自分がゲーム世界に戻って、自分だけが現実に戻れば良かったのか……」

 自分の額をさすりながら、当初上手くいかなかった時の事を思い出す。


 金髪王子ハルトたちだけをゲーム世界に捩じ込もうとしても上手くいかないワケだ。

 ゲームの世界に行ったり来たりする鍵は……認めたくないけど、アタシ自身だったんだ。

 だからキャラたちをゲームに戻すには、キャラを連れて再度ゲームに入り、置いてくれば良かったんだな。

 気づけるか! そんな事!!


「どうするギョリュ? このままイベントを進めれば、ハルトと会えるギョリュ。そのイベントをキャンセルすれば、ナーシルに会えるギョリュ。

 よし子は知らないと思うギョリュが、ナーシルをキャンセルすると、スヴェンに会えるギョリュよ?」

 問われて、アタシは返答に困った。


 まさか……一年経ってから、キャラをゲーム世界に戻せるなんて思ってなかったし。

 だから戸籍も作った。現実世界でも生きられるように。


 でも。


「……現実世界とゲーム世界、どっちが生きやすいのかな……」

 アタシが自分の膝を見つめつつそう小さく問うと、みんながザワリとざわめいた。


 誰も、声を上げなかった。

 そんなの、一概に言えない事だってアタシも分かってた。

 ゲーム世界にキャラを戻す方法が分かったって事は。

 戻る選択肢が現れたって言葉だ。

 本来、吟味して考える事だよね。


「俺たちは……戻る世界がないから、現実世界にいるしか無いと思うぞ?」

 そう、小さく呟いたのは、アタシの横に寄り添うようにして丸くなっていた元猫騎士ガブリエルだった。

「そうですね。我々の世界は、よし子様に無にされてしまいましたし……」

 付け足したのは元犬司祭ラファエル

「そうピュシャな。でも、インコの生活も楽しいピュシャよ。ミーは気にしないピュシャ」

 まるで、アタシを慰めてくれるかのように桃茄子ピエプは言った。

「俺も。この姿なら遠慮なくよし子とベタベタ出来るし」

「よし子さんにお腹を吸われるのも、官能的な羞恥しゅうちで悪い気がしませんしね」

 ……うわぁ。そんな下心あったんだ。猫と犬だから油断してた。キモっ。

 でも、それがゲームを壊したアタシへのフォローだってのも分かったから何も言わなかった。


 アタシの膝が小さくペシペシと叩かれる。

 ふとそちらを見ると、ミニ王弟殿下イグナートが、アタシの膝に短い両手を置いてアタシをジッと見上げていた。

「俺は、自分の意思で覚悟をもって現実世界に来た。その覚悟は生半可なモノではない」

 デフォルメされたその見た目に反して、声と眼差しは真剣そのものだった。

「……現実世界に居ても、アタシはイグナートの気持ちには応えないよ?」

 念の為そう告げたが、アタシの言葉を鼻で笑い飛ばす王弟殿下イグナート

「よし子は、俺以外のルートを知らないだろう? 俺以外のルートでは、俺はリズを見守るだけなんだ。気持ちに蓋をしてな」

「その割にダダ漏れるヌミョよ。他キャラのルートでは、隠し切れてない気持ちがちょっと重くてキモいって言われてたヌミョ」

「真剣な告白に水を差すんじゃない金茄子ゴエプ

「すまんヌミョ。流せなかったヌミョ」

 あー。ぽいわ。そんな気がする、王弟殿下イグナートは。

「あー。ゴホンっ。報われない気持ちである事は百も承知だ。しかし、よし子の傍にいたい。どうか、傍に居させてくれ」

 ミニ王弟殿下イグナートが、その小さな手をアタシの右手に添えてきた。

 ……そうか。そうだった。王弟殿下イグナートは自分の意思で、転移魔方陣に飛び込んで現実世界に来たんだ。

 普段の言動は気持ち悪かったけれど……その気持ちは、真摯で純粋なものだったのかも、しれないな。

「そして時々踏んでくれ。あのピンヒールで」

 前言撤回。

 やっぱり普通にヤバい気持ちだったわ。キモイ。


 アタシは指でペシッとミニ王弟殿下イグナートの腕を弾く。

 弾かれた王弟殿下イグナートは後ろへとゴロゴロ転がると

「……っ!? 新境地……ッ!」

 変な事を呟いたので、ガッツリ無視した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る