【ディスク8】弟の提案

「俺の場合は逆で、年下とも付き合ってみたけどあんま上手くいかないんだよねぇ。だから結局年上とばっか付き合って来た。その方が楽だったし」

 身体を前後に揺らしながらそう笑う健太に

「その年上彼女に、先日家を叩き出されたのは誰でしたっけ?」

 そう冷たく言い放つと

「俺ー♪」

 全然響いていない顔で健太がそう笑った。

 ホントコイツ……響かない事は全然響かないのな。

「だってさー。ゲームするなとか、もっとしっかりしろとかもっと外に行きたいとか、色々ウルサくなってきたんだもん。俺からゲーム取ったら何が残るのって」

「残んないのかよ」

「この愛らしい性格と、クセのない端正な顔とそこそこ鍛えてるこの身体?」

「自分で言うか」

「自分で言わなきゃ誰が言ってくれるんだよー。姉ちゃん?」

「言わねぇわ」

「またまたー! 姉ちゃん、俺の事大好きなクセにー!」

 ……可愛がり過ぎたのか。自己肯定感が高い事は悪いこっちゃねーけどさァ……


「だからナーシル様。姉ちゃん落とすなら、イイ感じで甘える事だよ」

「なるほど」

「なるほど、じゃねぇわ。本人目の前にしてそういう事話すか?」

「え? 影でアレコレ話した方がいい? 姉ちゃんが見てたAVの種類から、姉ちゃんが好んでそうな趣味嗜好の話とかしていいの?」

「いいわけねぇだろ!!」

義弟おとうとよ。そこ、もう少し詳しく」

「詳しく聞こうとしてんじゃねぇよ、イグナート」

「俺、イグナート殿下も好きだけど、ナーシル様も結構好き。最初に落としたのナーシル様」

「ありがとう」

「……そこ、お礼言うトコ、なの?」

「俺はギョリュ?」

「あー、だって白茄子エグプはあのゲームだとネタバレキャラじゃん。最後だったなー。全員お持ち帰りエンドだし。ファンディスク出してくれたら白茄子エグプとイチャつけただろうけどさー」

「……白茄子エグプとイチャつきたかったの……?」

「この見た目と声だよ? 俺の中の乙女がザワついたよね」

 心の中に乙女飼ってんのかよ、健太。


 そこまで言ってから、健太は何かに気づいたように目をパチクリとさせた。

「そういえば。姉ちゃんならさ、キャラが出てきちゃってもゲームの世界に送り返そうとするよね? やった?」

 そう問われて、アタシはすぐに大きく頷く。

「ゲームのスタート画面表示させて、画面にハルトの顔押し付けてみたり、ゲーム機本体にハルトの顔押し付けたりしてみた」

「ハルト殿下、よくそれで文句言わなかったな……」

 アタシが過去やった事を説明すると、健太は頬を搔きながら苦笑していた。

「でもダメだったよ。どうやって自分がゲームの世界に転移したのかも覚えてないし」

 そう実は。

 取り込まれた瞬間の事は記憶がボンヤリしてて覚えてないんだよね。

 気づいたらゲームの世界にいて、白茄子エグプがゲームの説明をしてくれていた。


「ゲームの中からハルト殿下たちが出てきちゃったって事はさ。今ゲームはどうなってるんだろうな?」

 健太からそう問われてハッとする。

 そういえば、ゲームに戻そうとした時、スタート画面しか表示させてなかった。その先まで進めたりしてなかったなぁ。

「俺たちが出てきた『ハートフルケモライフ』は、ゲームスタートさせても真っ白になってたんだよな?」

 アタシの膝の上で丸くなっていた元猫騎士ガブリエルが、いつの間にか起きたのか、少し首をもたげてそう呟く。

「そう、だね。ゲームスタートさせても真っ白だったし、どのボタン押しても何も反応しなくなってた」

 アタシはあの時の事を思い出しながら解説する。

「きっと、よし子様がゲーム世界を更地に──何もない世界にしてしまったからでしょうね」

 鼻をフンフンとさせてそう続けたのは元犬司祭ラファエルだった。

「『ディザイア学園』はスタート画面が表示されていたという事は、ゲーム自体は無事という事だギョリュな。そのあとは……どうなるんだろうギョリュな」

 聞かれて確かに、と思う。

 あの時は、そこまで検証してみる気がなかった。

「……やって、みる?」

 アタシがポツリとそう呟くと、その場にいた全員がゴクリと喉を鳴らす。

「見てみたいねー。ってか、やってみたくない? 自分を落としてみるとかさ。ある意味貴重な体験だしィ~」

 健太がそう軽く言ってケラケラ笑っていた。


「……ものは、試しか」

 アタシは元猫騎士ガブリエルを膝からおろして立ち上がる。

金茄子ゴエプ、ゲーム機セッティングしといて」

 自分の部屋にディスクを取りに戻りつつ、テレビ近くにいた金茄子ゴエプにそう伝えた。

「わかったヌミョ」

 金茄子ゴエプが腰を浮かしたのを見て、アタシはそのまま自分の部屋へと速足で向かって行った。


 ***


「さぁ、やるぞ」

 アタシはゲーム画面の正面に陣取り、コントローラーを握っていた。

 周りには、健太、白茄子エグプ金茄子ゴエプ商人息子ナーシル王弟殿下イブナート元猫騎士ガブリエル元犬司祭ラファエルが。

 そして。

 騒ぎを聞きつけ、エルフショタスヴェン金髪王子ハルトも起きだしてきて、他メンバーと一緒にアタシを囲っていた。


 テレビ画面には『ディザイア学園』のスタート画面が表示されている。

 アタシは満を持してコントローラーのカーソルを操作し「START」のボタンを押した。

 まず、背景画像の前に文章が表示され、世界観の説明が始まる。

 ここまでは、まぁ普通だな。他の乙女ゲームと大差ない。

 実際問題、STARTボタンを押した後からの記憶がないので、まるで初めてのゲームをプレイしているかのようにドキドキした。


 世界観説明が終わった後、画面が一度ブラックアウトする。

 そして、ポインポインとゲーム中の白茄子エグプの行動音がするとともに──


 ザザッ


 ゲーム画面に不自然なノイズが走った。

 ……ん? なんだ? 今の。

「おかしいね。デジタルだから、ノイズって入らない筈なんだけど……」

 そうツッコミを入れたのは健太だった。確かに。そうだよね。エラーになってもノイズは発生しない。ノイズはアナログの時特有の現象だから。今のデジタルでは、エラーになると固まるのが普通だ。

「……おかしいギョリュね。ここで俺が登場する筈なんだギョリュが……」

 白茄子エグプが少し前のめりになりながらそう言った時──


 目の前が、グニャリと揺れた。

 一瞬、物凄い眩暈なのかと思って座椅子へともたれかかろうとしたが……体が動かなかった。

 なんだ? どういう事だ!?

 アタシは周りの状況を確認しようと首を回そうとしたが、首も動かない。

 それどころか、視線すら動かせない。

 ただひたすら、すこしずつ光量が増えて眩しくなっていくテレビ画面から目が離せなくなっていた。


 ──これだ。

 ゲームに吸い込まれる瞬間だ。

 思い出した。

 こうやって意識がゲームへと吸い込まれていくんだ!


 ヤバい。さっきのノイズといい、このゲームは多分今正常に動かない。

 そんな世界に取り込まれたら──


 今度は帰って来れる保証がない。


 なんとか光にあらがおうと思ったができず。

 アタシの視界は真っ白になり。


 そのまま意識を失った。

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