【ディスク7】馴染む弟
「そうそう、裏から針を通して……そ。今度はこっちから下へと押す」
「痛っ!!」
「見えない位置へ針を通す時は指の位置に気を付けて~。突き刺してるであろう位置の頂点に指を置くと危ないよ」
「なるほど」
「まぁ、あとは慣れだな。数をこなせば自然と覚えるよ!」
「分かった」
平日夜。ちょっと仕事が落ち着いてきたので早く帰ってこれたと思ったら──
居間で、
なんか。
いや、仲良くなってるのは良い事だ。
が。
なんだろう、この、えも言われぬ心境は……
「さっき、フチを縫った時と、この真ん中をクロスに縫う時のやり方が違うのは何故だ?」
アタシが帰って来た事に気づかない程集中している
「あー、端を縫う時はねー、糸が切れてもほどけにくくなるように『返し縫い』つって、丈夫な縫い方するんだー。クロスしてるのは、これ、折りたたんだ布が浮かないようにしてるだけだから、そこまでの丈夫さを求めてないんだよねー。だから手を抜いて『なみ縫い』っていうやり方にしてるだけなんだよー」
……意外にも、健太、しっかりと縫い方を教えてる……なんか、ホントに意外過ぎるんですけど。
「あれ? 姉ちゃん、おかえりー」
「よし子!? お疲れ様だ!!」
やっとアタシに気づいた二人が、顔だけをこっちに向けてサラッと挨拶する。
しかしすぐに雑巾へと二人共視線を戻してしまった。
……何とも思ってない。アタシは何とも思ってない。
アタシはちょっとだけ神妙な顔をして、一瞬天井を仰いだ。
「お帰りギョリュ。今日は早かったギョリュな。今イグナートがお風呂入ってるギョリュ。その間に先にご飯にするギョリュか?」
すっかり主夫業が板についてきた
「……小学校の家庭科の授業がここで繰り広げられてる……」
アタシは思わず、そう
「あー、それはギョリュな。健太に『金入れる以外に何かする事ある?』と聞かれたから、ハルトに何か教えて欲しいと言ったんだギョリュよ」
あ、そうだったんだ。
「まさか、健太が自分からそう言い出す日が来るなんて……」
昔まで、アタシの家に時々フラッと来ては、どうして来たのかとか今後どうするのかとか話さず、またフラッといなくなってたから……
「いやー。これもヒモ生活の大事なスキルよ?」
健太、今サラッと『ヒモ生活』つった?
「誰かの家に転がり込む時は、大概の家事をやるからね~。料理とかも得意!」
「……つまり、そうする事によって、家賃は払わずにいられたから?」
「そゆことー♪」
軽く言ってんじゃねぇわ。
誰だ、健太をこんな風にしたのは。アタシか? 違うぞ絶対!
「……仕事してんだろうね?」
嫌な予感がして、一応そう聞いてみる。
「してるよー。俺こう見えて優秀よー。ただ、ゲームしたいから、適度に楽で適度に稼げる仕事選んだ」
「生活の主体がゲームって……」
「それは姉ちゃんの影響」
ぐゥ! 否定できねぇ!!
健太が大学生の頃、ウチに入り浸って延々ゲームしてたからなぁ。乙女ゲームとかもやってるのは、セーブデータ見て気づいてたけど……
そんな事を考えている間に、
「おー! 初めてにしちゃ上手い上手い!」
それを、手を叩いて褒める健太。
まるで、小学生の初めてのお手伝いに感激している母みたいだな。
「……今、小学生と母みたいだなって思っただろ?」
健太がそういたずらっぽく笑ってきた。
エスパーかよ。怖っ。
「言っとくけど、コレ、姉ちゃんが今まで俺にしてきた事だからね?」
そう言われて、脳裏にふと、昔の記憶が蘇って来た。
まだ実家にいた頃。
あれはたぶん健太が小学生。アタシは短大に通ってた頃か。
宿題の雑巾縫いを手伝っていて。
今の
出来はあんまり良くなくっても、一人で縫物ができた弟に感激して。
……あの頃は、可愛かったのになぁ……
なんでこんなヒモみたいになっちゃったんだよォ。
「じゃ! 忘れないウチにもう一枚縫っちゃおうぜ!」
そう言った健太は、元はボロいバスタオルだったと思われるタオルの切れ端を
「おう! 今度は聞かずに作る! 見ていてくれ
「うん! 頑張って!」
……
しかも、健太もそれで返事しちゃうんだ。
……。
まぁ、二人がそれでいいならいいや。
アタシは
***
「よし子が、俺たちを
座卓に並べられた遅い夕飯を食べながら、
とっぷりと暮れた夜の居間にて。
アタシは居間で本を読みつつ。膝には
健太も勿論ここにいた。ひたすらゲーム機に向かってモンスターを狩っているようだった。
「よし子、年の離れた弟がいたからだな。俺含め、ハルト殿下やスヴェンの事、弟みたいに思ってたから、対象外だったんだな」
なんか、三人を見てると確かに健太の影がチラついていたかも。無意識だったから今まで気づかなかったけど。
「へー。そうだったんだァー」
ゲーム機から目を離さず、そんな適当な
「でも、だった、って事は、今は違うんだねー。良かったじゃん、ナーシル様」
おそらくモンスターをボッコボコにしているであろう物凄い指
……器用だなぁ。モンスター狩りながらこっちの話も聞けて、さらにちゃんと返答まで出来るとは。健太が『俺こう見えて優秀』と言ってたのも、あながち間違いじゃないのかもしれない。
「俺思うんだけどォ。姉ちゃんは絶対年下の方が上手くいくと思うよ~?」
「はぁ!? まだそんな事言うか! このメンツはそういうんじゃないっての!」
健太が適当に発した言葉を、アタシは速攻で否定した。
「まぁ、ここにいる奴らどうこうは置いといてさ。だって姉ちゃん、上と付き合ってもいっつも短かったじゃん。下と付き合ってた期間の方が長いっしょ?」
そう健太に言い募られ、思わずグッと喉を鳴らして言葉を失ってしまった。
「え? そうギョリュか?」
その話題に食いついてきたのはテレビを見ていた
アタシは返答できずに視線をあらぬ方向へと逸らす。
ゲーム機を床に置いた健太が、ウーンと腕を天に伸ばして伸びをした。そして首をコキコキと鳴らす。
「俺が知ってる範囲ではねェー。ま、その長年の年下彼氏にも浮気されて、荷物全部アパートの窓から投げ捨てて終わったけどさ」
そうケタケタと笑う健太。
「……思い出したくない事を思い出させてくれてありがとよ……」
アタシは憎々し気にそう呟いた。
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