【ディスク6】弟の算段
「え? なんで突然キレてんの? 姉ちゃん」
流石にアタシの空気が変わった事に健太も気づいたのか、座椅子から背中を離して驚き顔をする。
「お前さ。相手がアタシだからって地雷原平気で突き進むの、そろそろやめな? 二十六のいい大人だろ? 『親しき仲にも礼儀あり』を改めて教え込まないと、やっぱダメなの?」
アタシは完全に冷めた顔になって、弟の言葉に返答した。
「な、何が??」
健太は、自分の言葉のドレがアタシをキレさせたのか、本当に分からないといった顔で頭をカリカリと掻いていた。
「『親を安心させてやれ』だよ、NGワード。お前、自分が出来てない事をアタシに簡単に押し付けるのやめな」
アタシは半眼になり、若干呆れも含んだ顔でそう健太に告げる。
彼は眉根を寄せて
「でも、姉ちゃんはもう三十六だし、俺まだ二十六だし……」
そう、ボソボソとした声で若干口をとんがらせながら言う健太のその唇を、アタシはガッと掴んだ。
「二十歳で家を出てしっかり稼ぎながら、忙しいナリにも大きな病気もせず定期的に実家に顔を出す独立十六年の娘と、一人暮らししてるワケでもないのに突然家に帰ってこなくなって、気づいたら女の家に転がり込んで、その仲がこじれると思い出したようにフラッと実家に帰ってくる二十六歳の息子、どっちが『安心させていない』でしょォーーーーーーーかッ?」
「え……えぇちょぉ~……」
唇を掴まれているので、変な声でなんとか喋ろうとする健太。
「
「ハイ、正解」
答えを聞いたアタシは、パッと健太の唇から手を離してあげた。
なんか微妙に汚れた手は、自分の服で拭いた。
アタシはその後、盛大な溜息を一つ吐き出してから、痛そうに口をムニムニと揉む健太の方を見た。
「健太が言いたいのは『結婚』とか、『そろそろ親に孫を~』とかだろ?
それはもう親にも言ってて向こうも諦めてるから、ソレはほっとけ」
「え!? 姉ちゃんそんな事親に伝えてんのっ!?」
「当たり前だろ!? 無駄な期待持たせたら親が可哀相じゃんか!」
「そっちの『可哀相』なの!?」
「お前さぁ……アタシが一回でも『結婚したいわ!』『自分の子供を早く産みたいわ!』って言ってんの、聞いたことある?」
「……ない」
「そこで気づけ。アタシはそういうの嫌なんだよ。結婚はしたけりゃするし、したいと思わなければしない。正直、どっちでもいい」
「そうなのか!?」
その声は、健太ではなく
なんでお前が引っかかるんだよ!
「俺はてっきり……まだ俺が夫として相応しい身の振る舞いが出来るようになっていないから、結婚を待ってくれているのだと思っていた……」
なんか知らんが絶望の表情をする
……
「あー。でもさァ。この際結婚はしなくっていいよ。でも俺、可愛い~甥っ子か姪っ子欲しいなァ~」
そう言って頭の後ろで腕を組む健太。
速攻で返答したのは
「それは心配しなくていい。時間の問題だ」
「心配しかねぇわ、イグナート。永遠に来ねぇよそのタイミング」
こっちの
「あー。ここにいるメンバーの誰の子でもメチャクチャ可愛いんだろうなァ〜。しかも姉ちゃんの子だろー? もう舐めるように可愛がっちゃうのにィ〜」
健太は、
「俺、子供好きだしお世話もしちゃうからさ! 夜泣き対応もまかせて♪ だから姉ちゃんは遠慮なく産んでくれていいよ!」
そう言って足をバタつかせる健太。
──待て。
ピンと来た。
ピンと来たぞ?
「健太、今気づいたけど、まさかお前……」
アタシが、とある予感に背中をゾワゾワさせていると。
健太はテヘッと可愛くウィンクしてきて
「彼女に家追い出されちゃった♪ 今更実家戻っても居心地悪いからさー。姉ちゃんトコ、
そう軽ーく告げた。
「アホか!!!」
これ以上扶養家族増やされてたまるかッ!!!
「お前この異常な状況見て、よく一緒に住みたいと思えるな?!」
「えー。平気平気。姉ちゃんここで一人ぐらい世話する人間増えても大丈夫だって〜」
「お前が言うな!!」
「でもホント今行く場所無いんだよー。彼女とちょーっとコジれちゃってさ? 今すぐ消えないと消すって言われてさー」
「……お前、何したの……」
消すって、つまり、殺すぞって言われたって事だよね?
何でこんな平気な顔してられんの??
大事な何かが欠落してない???
「何も? 俺、酒も飲まないし博打もしないし煙草も吸わないし浮気もしないし」
「浮気しないのは倫理ある人間として最低限だアホ」
──またピンときたぞ?
さては……
「お前、ゲームしかしなかったんだろ……」
「えー。だって俺、根っからのオタクだしインドア派だもーん。ゲームする事だけが唯一の趣味だしィ」
そりゃ叩き出されるわ……
アタシは本当に頭痛を感じて額を抑えた。
しかし、当の本人──健太は何も気づいてないよう。
失敗してた。
とっくに失敗してたよ、弟の教育。
甘やかし過ぎたのか……だって事実可愛かったもん! でもまさか、こんなヒモみたいになってしまうなんて……
「ま、ここに住んでる間は大丈夫よォー。彼氏との間は邪魔しないから。で、ドレが彼氏なん?」
「何一つ大丈夫な要素がねぇ!! ドレも彼氏でもねぇし!!」
「あ、ごめん。大々的には言えないか。こっそり教えて? 誰が本命?」
「どうしてもそっち方面に持っていきたいのか!?」
「俺のオススメはイグナート殿下だよ。大人だし紳士だし。俺もゲーム中、何度かキュンとした」
「遠慮なく
「ここぞとばかりに口挟んでくんなイグナート!!!」
「あー、じゃあ……ハルト殿下? 確かに彼も逸材だよね。完璧王子だし。でも姉ちゃん年下ってあんまりって言ってたしィ」
「いや、そのまま推してくれ、
「ハルトも黙ってろ!!!」
あー! 健太、なんか最初っから変な事言ってると思ってたけど!
目的はソレだったんか!
アタシの世話するとか子供がーとかって言ってたのは、自分がここで暮らしたいからかよッ!!
あー! もう! 身内にも変なのしかいないのかよ!?
……ここまでくると。
もしかして、変なのは、アタシなんじゃないかって、気がしてきた……
変なのが集まってくるんじゃなくって、アタシが変だから──
そんな事は考えなーーーーーーーーい!!!
「ウチの家訓は働かざる者食うべからず! タダ飯食らいを家に置くつもりはない!!!」
アタシは立ち上がってそう怒鳴る。ついでに膝から
「……よし子、たぶんそれが一番悪手の答えだギョリュよ」
そしてハッとした。
しまった──
「やったー! 家に金入れればいいんだね! 了解!! 俺の部屋ドコー?」
そう言って、健太は立ち上がってキョロキョロし、廊下を半分スキップしながら歩いて行ってしまった。
アタシは頭を抱えて、畳の上にズシャッと膝をつく。
「……嫌だ嫌だって言いつつ、やっぱりよし子が作ってるよねェー、この状況。そういう甘いトコに付け入れられんだよ」
「ダメ男製造機だヌミョね」
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