【ディスク5】弟が現れた

「えーと、つまり? 姉ちゃんが、乙女ゲームの世界に入って? 戻って来たと同時にその世界のキャラがこっちに来ちゃった、ってこと?」

 あらかた説明を受けた健太が、さっきからまばたきの止まらないキョトン顔でそうアゴをさする。

「そんで。コレが『ディザイア学園』のハルトヴィッヒ殿下、ナーシル様、スヴェン様、んで、ナビキャラの白茄子エグプ……」

 なんでキャラを様づけで呼ぶねん。お前さては、結構重度な乙女ゲーユーザだな?

「で、こっちが『荒波の断罪コンビクション』のイグナート殿下とナビキャラの金茄子ゴエプ……」

 スラスラと乙女ゲームの名前出したり、キャラ名をつっかえずにスラスラ言えるってさ。二十六歳男子として、どうなの? アタシの弟だから?

「最後に、この犬猫とインコが『ハートフルケモライフ』のガブリエル様とラファエル様、んでナビキャラの桃茄子ピエプ、と」

 それぞれを指さしながらそう確認した健太は、フゥ、と大きなため息を最後に一つついてから

「姉ちゃん。仕事しすぎだって言ったじゃん。精神に異常をきたすよって忠告したのに」

 そう言ってジト目をアタシへと向けてきた。


「よし子は正常だ!」

 金髪王子ハルトが腰を浮かしてそう抗議してくる。

「確かに仕事しすぎギョリュな。労働基準監督署に訴えたら勝てそうギョリュ」

 白茄子エグプがいらん一言を添えた。

「いやいやだって! 乙女ゲームの世界に転移!? そんなんあるワケないじゃん!」

 健太が首を横にブンブンと振りながらそう否定する。

 ですよね。

 分かる。

 アタシも当人じゃなければ仕事休んで長期療養を無理矢理勧めるトコだわ。


「それに、ゲーム中のキャラが現実世界に現れるってのも意味分かんないよ!? 質量保存の法則ガン無視じゃん!」

 健太。アンタ、根っからの理系脳だよね。分かる。実はアタシも。……あ、だからか?

「そこら辺はちゃんとしてるみたいだよ? 確かに向こうの世界にいた時とマナの構成要素が違うけど、でも僕たちの身体はちゃんとこの世界のマナと物質で構成されてるもん」

 座卓の前で、自分の腕をさすりながらそう答えたのはエルフショタスヴェンだった。

 ……前々から思っててスルーしてたけど、『マナ』って、アタシがゲーム知識から仕入れたあの『マナ』で合ってるのかな? エルフショタスヴェンにはこの世界がどう見えてるんだろうか。


「しかも、それが一回じゃなくって三回って! もう姉ちゃん末期症状だよ! 病院行こう! 俺がちゃんと世話してあげっから!」

 十歳年下の弟に心配されるアタシ。……もしかして、アタシ、自分では大丈夫な気がしてたけど、もしかして本当にヤバイのかな? この状況に順応、普通は、出来ないモンなのかな?

「その心配は不要だ、健太殿。よし子には我々がついている」

 意味不明なドヤ顔をする王弟殿下イグナート

「だから! アンタたちがそうやって姉ちゃんの妄想に付き合うから悪化するんだって!」

 健太が座卓に両手をつき、向いに座る王弟殿下イグナートに顔を寄せた。

「妄想じゃないヌミョよ。事実俺たちは乙女ゲームのキャラで、この世界に来て、こうして生活してるヌミョ」

 金茄子ゴエプがそうカバーする。

「証明してみろよ!」

 売り言葉に買い言葉か、語気を荒げて健太がそう金茄子ゴエプに言い募った。

「悪魔の証明だよ、ソレ。『俺たちが乙女ゲームのキャラじゃなく、そしてこの世界に元々いた』証明が出来ないんだから、逆の証明も出来ないよ」

 最後にサポートしたのは商人息子ナーシルだった。……随分難しい概念を知ってるんだなぁ。凄いな。彼の成長がとどまる所を知らない。今それ考えてる場合じゃないけど。


 健太も、商人息子ナーシルの言い分を理解できたのか、ぐぬぬ、と歯を食いしばっていた。

「事実を認めろ。現に、俺とラファエルが人間の言葉を喋ってる時点で察しろよ」

 元猫騎士ガブリエルが、アタシの膝の上から首を伸ばしてそう言った。……あれ!? いつの間に!? なんか最近元猫騎士ガブリエルが膝の上にいるのが当たり前になってた!

「そうですよ。この世界には人間の言葉を喋る動物はいないでしょう? 認めた方が、楽ですよ」

 そうやんわりと追従したのは元犬司祭ラファエル。まるで神の教えを押し付け──いや、説明するかのような口調だった。洗脳の所作しょさ

「ミーのような奇跡の存在が、元々この世界にいるワケがないピュシャ!」

 なんの証明にもならない事を追加する桃茄子ピエプ。どうでもいいけど、桃茄子ピエプって自己肯定感が高いよね。嫌いじゃない。


 しばらく、自分の向かい等に座る金髪王子ハルト金茄子ゴエプたちを視線でなぞっていた健太だったが、座椅子へとポスンと背中を預けて大きな溜息を一つ漏らした。

「……ま、アンタらがどっから現れたかなんて、この際関係ないか~」

 受け入れちゃう!?

 我が弟ながら怖いよ!?

 受け入れない!

 普通、これが乙女ゲームキャラたちだって、受け入れない!!

 他人の事言えないけれど!!!


 しかしっ……

 これ以上ツッコミ入れて、無駄にこの押し問答を長引かせるのも得策じゃない。

 アタシはギリリと奥歯を噛み締めて言葉を飲み込んだ。

 健太は、気分を変えるように、出された客用の湯呑みからお茶を飲む。

 その様子を見て、アタシも自分を落ち着かせる為にお茶を飲んだ。

「で? 誰が本命なの?」


 ブフォア!!


 飲んでたお茶鼻から吹いてもーた!

 鼻腔いッたッ!!

 アタシの向かいに座っていた白茄子エグプが心底嫌そうな顔をして、顔をティッシュで拭いていた。

 アタシもティッシュで自分の顔や鼻を拭く。

「そんなんじゃねぇって!」

 アタシは慌てて健太へとそう否定する。

 すると、両手を頭の後ろに添えた健太が、座椅子の背もたれをギシリと軋ませて、アタシの顔をキョトンと見て来ていた。

「え? こんだけイケメンが揃ってて、何もナシ?」

「あるワケねぇよ!」

「いやいやー、それはないっしょー。展開として無理あるって。こんなエロゲみたいな状況なのに何もないってなったら、『クソ脚本!』って叩かれるよ?」

 エロゲにも手を出してんのか、弟よ。お前は何処を目指してるんだ?

「ゲームじゃないんだよ、現実なんだよ……この世界に連れて来ちゃったから面倒見てるだけだよ……」


 そりゃエロゲとかには、ひょんな事から多種多様な美少女たちと一つ屋根の下で生活〜とかってシチュエーションはあるだろうけどさ。

 エロゲだから全員とアレコレソレとかあるかも知んないけどさ。

 エロゲ主人公じゃねんだわ、アタシは。

 そもそも、その『ひょんな事』ってなんだよ。そんな『ひょんな事』ねぇよ。

 ……って言いたいけど『乙女ゲームからキャラ連れ帰る』の方が現実味がなかったや……


「でもさ? アレだろ? こいつらの面倒見る為に、姉ちゃん引っ越したんだろ? って事はさ、もうコイツらと一緒に生活して一年近く経ってるんじゃねーの?」

 変わらずアタシにキョトン顔を向けながらそう質問してくる健太。

「ま……そうだけど……」

 鋭いな、弟よ。変なトコばっか察しが良くなりやがって……

「いつもだと正月とか実家に帰ってきてたのに、今回帰って来なかったのって、コイツらが原因だろ?」

 やめて。乙女ゲームの変なトコで察しがイイ攻略対象みたいな事言うなや……

「親が心配してたよー。珍しいってさ」

 そうなんだよな……

 毎年正月だけは、親に顔を見せに帰ってた。普段忙しくて実家に帰るって出来ないから。

 でも今回は……『実家に帰る』と伝えたら、『絶対ついて行く!』と言い出しそうなのがいっぱいいたので、帰らなかった。

 コイツらの説明なんか出来るかい!!


「姉ちゃんももう三十六なんだからさー。親、安心させてやれよー」

 グッと腕を伸ばしながらそう言った健太の言葉に、アタシはピリリと反応する。

「……安心って、何だよ」

 思わず、そう口から洩れてしまい。


 その剣呑けんのんな雰囲気を察したのか、居間にいた人間たちの雰囲気がザワッとした。

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