【ディスク4】突然の来訪

 それは、何の予告もなく突然現れた。

「お邪魔しまーす」

 ヘラヘラとしたそんな声と共に、玄関からズカズカと、その人物が勝手に上がり込んできた。


 日曜日の午前中。

 アタシは縁側で元犬司祭ラファエルにブラッシングをしている最中だった。

 玄関で応対した白茄子エグプが、アワアワとしながら上がり込んできた人物の後ろをついて歩く。

「? どちら様だ?」

 アタシと同じように、元猫騎士ガブリエルにブラッシングしていた金髪王子ハルトが、ブラシを脇に置いて腰を浮かした。

「誰ダレ?!」

 庭の家庭菜園で雑草抜きをしていたエルフショタスヴェンが、縁側の窓を開けて乗り出して来る。

 居間に掃除機をかけていた金茄子ゴエプがスイッチを切って、入って来た人物に注目していた。

 これから干す洗濯物が山ほど入ったカゴを抱えた商人息子ナーシル王弟殿下イグナートが、廊下からこちらの様子を覗き見ていた。


「なっ……なんで勝手に来てんのっ……?!」

 アタシは、家に勝手に入って来た人物に向かって、思わず上擦った声を投げかけた。

「え? よし子の知り合い?」

 エルフショタスヴェンがアタシの驚きに気づいてキョトンとする。

「し、知り合いってか……」

 どう説明すべきか、アタシは言葉を探す。

「酷いよなー。引っ越して一年も家教えてくんねーんだもん」

 その間にも、その人物はドカドカという足音を立てて居間へと入って来ると、アタシの座椅子にドッカリと腰を下ろした。


「そこはよし子の席だピュシャ!」

 バタバタと飛んできた桃茄子ピエプは、勝手にアタシの座椅子に座った人物にガルガルと突っかかりに行く。

 が。

「まーた流暢りゅうちょうに喋るインコだなー。ピンクってのがまた珍しっ」

 その人物、ガバリと桃茄子ピエプの身体を両手で引っ掴み、物珍しそうにクルクル回す。

「やめるピュシャ! 目が回るピュシャ!」

「わ。ちゃんと意味ある言葉喋ってる! スゲ〜」

 桃茄子ピエプからの文句をガン無視して眺め倒していた。


「あの……どちら様ギョリュ?」

 困った様子の白茄子エグプが、後ろからその人物に声をかける。

「……ぎょりゅ?」

 白茄子エグプの語尾に引っ掛かったのか、座椅子の人物は怪訝そうな顔で白茄子エグプの方へと振り返った。

「しかもさ、なんで上半身裸なの? 風呂入る途中だったん?」

 そんな半笑いを白茄子エグプに投げかけていた。


 ……いかん! ほうけている場合じゃない!

「勝手に上がり込んでくんなよ健太!」

 アタシはその人物──健太に向かってそう怒鳴る。

 しかし、怒鳴られた健太はどこ吹く風。

「いーじゃん。他人じゃないんだし」

 ヘラヘラとそう笑って流し、アタシの足元に寝そべっていた元犬司祭ラファエルに向かって、手を伸ばしてチッチッと舌を鳴らした。

「何なんですか、この下品な男は」

 アタシの足元から立ち上がった元犬司祭ラファエルが、少し不機嫌そうにそう呟き──


「……? 今の……犬から聞こえた気がするんだけど、気の、せい……?」

 訝しげな顔をする健太。

「気のせい気のせい気のせい気のせい!!」

 アタシは元犬司祭ラファエルのマズルをガッと掴んで黙らせる。

 しかし

「なんか……よし子と似たような気配するぞ……?」

 元猫騎士ガブリエルがそう言い募ってしまった。

「ッ?! 今、そのデカい猫がッ──」

 健太が腰を浮かし、元猫騎士ガブリエルを指さして叫びそうになったので、すかさずアタシは健太に飛びついてその口を手で塞いだ。

「ウルサイ。叫ぶな。怒鳴るな。勝手にくつろぐなっ……」

 アタシは歯軋りしながらも、健太の耳元にそう囁きかける。

「XXXXXXっ?!」

 アタシに塞がれた口で、何かをモゴモゴと叫びつつ暴れる健太。

「いいから黙れ。全部説明してやっから。ただし。叫んだら、舌、抜くぞ。マジでやっからな? いいな??」

 アタシがマジトーンで腹の底からそんな低い声でそう伝えると、健太が息を飲んだのが分かった。

 大人しくなったので、アタシは健太の口から手を離す。


 盛大なため息を漏らし、アタシは健太の横に座った。


「あの、ソレ、誰?」

 洗濯カゴを廊下に置いた商人息子ナーシルが、目をぱちくりさせながらそう問いかけてくる。

 アタシは覚悟を決めて、健太に向かって手を向けた。

「これは健太。アタシの……弟だよ」

 そう紹介すると。


 一瞬、耳の痛くなる静寂をへたのちに。


「「「「えええええっ?!」」」」

 みんなの驚きの声が綺麗にハモった。


 ***


「健太はアタシの歳の離れた弟。まだ、ええと? 二十五?」

「二十六になった」

「だ、そうだよ……」

 座椅子に座った健太を紹介するアタシは、弟──健太の隣に座って額に手を添えた。

 マジ、頭が痛い……

「どもー♪」

 紹介された弟の健太は、そうヘラヘラ笑いながら他メンバーに挨拶(?)した。


「えーと、そんで……」

 紹介せずにいたかったけど、ここまで来たら紹介せずに流すワケにはいかないよなぁ。

 しなかったらしなかったで、どんなある事ない事を親や他の人間に報告されるか分からんからな……

「この人たちが、今アタシが面倒見てる同居人たち。

 えーと……右から、──ゲフンゲフン。白哉はくや金哉かねやの双子兄弟、ええとそれから……なんだっけ。  面倒くせェな、もういっか。ハルトヴィッヒ、ナーシル、スヴェン、イグナート。

 で、猫がガブリエル、犬がラファエル、インコがピエプ」

 アタシが順に名前を言っていくと、呼ばれたそれぞれが『どうも』や『よろしく』と一言挨拶をしていく。

 その都度健太は『どもども〜』とヘラヘラ返答していた。


「いやー。前の彼氏追い出してから男っけない姉ちゃんが、まさかこんな逆ハーみたいな環境で生活してるとはなァー」

「逆ハーとか言うな。みんな居候いそうろうじゃ」

 速攻で否定したが、健太の脳みそに届いたかどうか……多分、届いてない。

「ってか、みんな外国人なの?」

「そ……そうね?」

 確かに、見た目では日本人には見えないよな……名前も殆どが横文字だし。

「なんでこんな人達と生活してんの? 姉ちゃん、なんかヤバい仕事でもしてんの? 人身売買とか、男娼だんしょう斡旋あっせんとか」

 身体を前後に揺らしながら、本気なのか冗談なのか分からないトーンで質問して来る健太。

「なワケねーだろ」

 再度否定したが、健太はアタシの言葉を聞いてんだか聞いてないんだか。多分、聞いてない。

 歳の離れた弟だから可愛がったし可愛く思ってたんだけど、甘やかし過ぎたのか、アタシとの距離感が変なんだよなぁ。

 こうやって招いてないのに勝手に家に上がり込んで来るし、自分の家みたいにくつろぐし。

 どこで教育間違えた……?

 家に突然上がり込まれて、説明出来ないこの状況を見られたくなかったから引っ越し先を秘密にしてたのに。どっからバレたのか……


「……で? さっき、この猫と犬、喋ってたよね?、どーゆー事?」

 上手く誤魔化せないかと思っていたが、健太が食いついてしまったので説明しないワケにはいかない。

 が……

 どうやって説明したもんか……


「……? アレ? なんか、どっかで見た事ある気がするんだよなぁ」

 健太が、マジマジと元猫騎士ガブリエル元犬司祭ラファエルを凝視して顎をさする。

 二匹はちょっと警戒した様子で、しかし言葉は喋らずに健太をジッと見上げていた。

「えーと? そう? ま、黒猫とゴールデンレトリーバーなんて、珍しくもないから──」

 アタシが適当に誤魔化そうとした瞬間、健太が目をパチクリとさせる。

「あー、分かった~! アレだ! 『ハートフルケモライフ』だ! あのゲームに出てくるキャラと同じ種族と名前なんだ~!」

 見知ったゲーム名が出て来て、アタシは思わずその場でちょっと飛んだ。

「なっ……なんでそのゲームの名前を……」

 緊張に喉が締まってしまって、上手く声が出せない。

「えー。だってなんかコアなファンがいるって聞いてさー。やってみたんだよねー」

「お前、ゲームの守備範囲広すぎんだろ……」

 なんで乙女ゲームにまで手を広げてんだよ……我が弟ながら怖ェわ。


「姉ちゃんも好きなんじゃん! あのゲームの登場キャラと同じ名前を付けちゃってさ~。しかも同じ黒猫とゴールデンレトリーバーにさ~!」

 元猫騎士ガブリエル元犬司祭ラファエルを見ながら、そうケラケラと笑う健太。

 ああ違うけど間違ってないッ……!

 でも、二人の名前で天使じゃなくって乙女ゲームが真っ先に上がるって、姉ちゃんちょっと心配だよ?!

 ……しかしコレはチャンスだ。このまま『そうなんだよね~、つい!』で押し通そう。

 そう思ってアタシが口を開いて声を出す直前


「そりゃ、俺たちがそのキャラ自身だからな。同じ名前なのは当たり前だ!」

 元猫騎士ガブリエルがそうキッパリハッキリと告げた。

「似てるとは心外です。本人です」

 元犬司祭ラファエルまでそう言い募る。

「ミーは姿は違うピュシャがな!」

 ついでに桃茄子ピエプもそう付け加えた。


 アタシは思わず頭を両手で覆って座卓へと突っ伏すのと、健太の驚きの叫びは、ほぼ同時だった。

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