【ディスク2】商人息子の夢
「調理師免許取る事にしたわ。コンビニバイト辞めてカフェのバイトに入る。料理学校を卒業してない代わりに、実務を規定以上の時間数やれば問題ないみたいだし」
コンビニバイトから戻ってきた
時間は深夜。既に他のメンバーは眠りについている。
アタシは居間の座卓で明日の会議の資料を作っていたので、たまたま起きていた。
仕事から帰ってきた
風呂からあがった
といっても。
二人きりじゃない。
座椅子に座ってパソコンを開いているアタシの、
座卓の上に置いたタオルの上では、
「いーじゃん。将来的にはお店も持てそうだね」
キーボードを叩いて会議資料を作りながら、アタシは
「そうだなァ。小さな喫茶店とかやっても面白いかもな。俺、この世界に来て珈琲ハマったし」
「バリスタとか? そっちも資格が必要なのかな?」
「国際資格があるみたいだな。それも取れれば就職にも有利になるみたいだし。ま、そっちはゆくゆくって感じだけど」
「夢広がるね。凄くいいと思う」
戸籍を取得できた事により、
アタシのように、ただ
みそ汁を飲み終わり、オニギリが乗っていた皿とお椀を台所へと片付けた
「最初はさ……金貯めて独り暮らししようかと思ってたんだけど」
──独り暮らし。そのワードに、思わず私のキーボードを打っていた指が止まる。
「今は悩んでる。犬猫増えたし、かなり生活費キツイだろ? コンビニ辞めるから深夜手当がつかなくなって、
頭をカリカリと搔きながら、
「ナーシル」
そんな彼に、アタシは真っすぐに顔を向ける。
「金の事は気にすんな。自分の思うように行動しなよ」
ハッキリとした口調でそう告げると、
「でも──」
「金がキツイのは事実だけど、ナーシルに寄りかかり続けるつもりはないよ。
彼の言葉を遮ってそう伝えると、
「もうさー。そういうの言われると複雑な心境になるよ? なんで簡単に俺を手放しちゃうのかな。もしかして、俺の事邪魔?」
少しおどけてそういう
「まさか。邪魔なワケないじゃん。でも」
そこで一度言葉を切り、アタシはパソコンの横に置いてあった湯呑から冷めたお茶を一口飲んだ。
「この家に縛り付けたくもないんだよ。ナーシルの人生はこれからじゃん。やりたいようにやって欲しいの」
もう、彼は戸籍もある一個人だ。アタシが世話をし続ける必要もない。
この家から出たいのであれば、引き留めるつもりもないし、引き留めてはいけないと思ってる。
「ハルトはたぶん独立は無理だろうからずっと家に置いとくけど、ナーシルは違うでしょう? 自分の人生、歩いていっていいんだよ?」
もし希望するなら、
ま、
そう思って、湯呑を座卓の上に置く。
すると、その手をガシッと
突然だったのでビックリし、彼の顔を見る。
間近に寄せられた
「やっぱり俺は、対象外なの?」
普段は人をナナメに見て、あまり正面からぶつからないようにしていた
「もう、望み、ナシ?」
これは冗談の
アタシの視線が思わず泳いだ。
「……分かんない。そういう目で見たことないし」
それは事実だ。
つい先日まで、アタシは
「ただ……アタシはふさわしくないだろうな、とは思ってるよ」
そう、拒絶の言葉を吐いた。
「どういう意味?」
続けて問われた言葉に、アタシは脳内をまさぐって言葉を探す。
「ナーシルはやっと二十一になったぐらいじゃん。でもアタシ、もう三十六になったよ。年齢が違い過ぎる」
これは事実だ。動かしようのない。
これでアタシが五十で
「俺は気にしてないのに?」
「アタシが気にするんだよ」
「まだ
これを性別逆にして考えるとシックリくる。
三十六が男で二十一が女性だったとしたら。
なんか、気持ち悪い。
だから自分も、気持ち悪い。
アタシは、
パソコンをパタンと閉じて座卓の上を片付ける。
「だから無理」
座椅子から腰を浮かした。膝から
そのまま自分の部屋へと戻ろうとして──
自分の頬に、スッと手があてがわれた。
見ると、
「じゃあ、子供じゃないって、見せればいい?」
そう、小さく呟いた
「いってぇ!!」
そんな悲鳴をあげて、
見ると、
「油断も隙もない!! 俺がいる所でそんな事させねぇぞ!」
「私がいる事もお忘れなく」
そう言いつつ、スルリとアタシと
「ミーの目の黒いウチは、そんな抜け駆けみたいな真似させないピュシャよ!」
バタバタという羽音をさせて宙に舞い上がった
「ちっきしょう……ッ! いいところだったのにっ!!」
噛まれた足をさすりながら、
「百年早い! 出直せ!!」
尻尾をゴン太にしてそう怒鳴る
「ミーの警戒網を搔い潜ろうとした報いだピュシャ!」
「さぁ、よし子様。お仕事が終わったのであれば我々と共に寝室へ参りましょうか」
「……待て。もしかしてお前ら、よし子と一緒に寝てんのか?」
畳の上から体を起こした
「はははは! 当たり前だろう! 俺は猫だ! よし子と一緒に寝て何が悪い!」
「そうです。我々はむしろ、まだ肌寒いこの季節によし子様を温めているんですよ?」
「ミーは別ピュシャな。寝相の悪いよし子に圧縮インコにされたくないピュシャ」
「悪くねぇわ」
一応、ツッコミを入れておいた。
「マジかよ、よし子……」
「いや……犬と一緒に寝るのは、まぁ実家で犬飼ってた時からの習慣だし……猫も、まぁ、そういうものかなって」
これが人間だったら勿論嫌だけど、今、犬と猫だし。事実、あったかいし。
「……やっぱ、独り暮らしはナシだな。暫くまだこの家にいるわ」
そう言って立ち上がった
「何をする!?」
「その手を離してください!」
抗議の声をあげた二匹に
「この季節はまだ肌寒いんだよ。あっためてくれや」
そう言いつつ、
「骨は拾ってあげるピュシャ!」
アタシの肩に留まった
「なんで男と添い寝せにゃならん!」
「嫌です! 嫌ですってば! ちょっとォ!!」
そんな二匹の悲鳴が、廊下の奥へと消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます